ご注意ください。予想外です
「なんだなんだ!」
家を飛び出し、彩斗は地震の静まった周囲を確認する。
突発的な大地震。数年以上も無かっただけに気を抜き、今後起こるとしても十数年は掛かると考えていた。澪もこの事態は想定外であり、室内でタブレットを使い急いで情報を集めている。
街の状態はおよそ最悪と呼べる状況だ。舗装されたコンクリートの地面は割れ、古びたアパートや一軒家の壁や屋根が崩れている。彩斗同様に飛び出した人間は数多く、その殆どが現在の惨状を見て唖然としていた。
飛び出した身体を返し、一度室内に入る。
予想外も予想外と言うだけあって彩斗の心臓は五月蠅い程に鼓動を刻み、危機の二文字が脳裏を駆け巡っている。これがシナリオ通りであれば落ち着けるものだが、彼自身は遊びを楽しんでいるだけの人間だ。
「澪、状況はどんな感じだ!」
「千葉が震源地になってる! 震度は六強!!」
澪の声にも緊張があった。予測の付かぬ状況故にどう動くのが最善かが解らない。
彩斗自身も焦りながら思考し、頭にAMSが過った。二階に上り、自室に最初から用意されていたクローゼットを開いてAMSを着る。
このスーツは決して怪獣を倒すだけの代物ではない。炎を使わなくても純粋な怪力だけでビルを動かすことも出来る。
家の心配はしていない。この場所で危険な実験もする関係上、どうしても構造を頑強にしておかねばならない。大地震では建物は微動だにせず、現に他が崩れている中でもこの家は健在だ。
降りて来た彩斗の足音に澪は顔を向け、その姿に目を見開く。
「一先ず近隣住民の避難からだ。 俺達なら地震程度じゃ揺るがないッ」
「そうだね、僕としても観客が減るのは勘弁願いたい。 情報共有を行いつつ、僕もAMSで救助に参加するよ」
「解った。 じゃあ先に行ってるぞ」
「ちょっと待って!」
何だ、と言い出す前に澪は彩斗に物を投げる。
咄嗟に掴んで見れば、そこにあったのは液晶の付いた携帯のような代物だった。画面には時間と回数が表示され、回数には三と書かれている。そして時間は三十分のまま固定だ。
「迷彩装置だ。 首のと接続すればマスクで操作することが出来る。 三回しかないから使用には細心の注意をしろよ!」
「解った、ありがとさん!」
首にある装置に端末を接触させると、近未来感のある音が鳴った。
マスクには接続完了の四文字が並び、思考制御でオンオフを切り替えられると説明される。その端末をズボンの空きポケットに捻じ込み、一時的に私服姿に擬態して外に再度出る。
二度目になれば恐慌した人々がバッグを持って逃げ出している姿が大勢視界に入った。全員が不安な顔を浮かべつつも避難施設に向かい、今頃は各所で大量の避難民を受け入れていることだろう。
だが、中には泣いている人間も居た。必死に家に戻ろうとしているのを家族や友人が止め、引き摺るように避難施設に向かっている。
何かが起きているのは間違いなかった。――恐らく、考えられる限り最悪の出来事が。
人通りの少ない物陰を探し、擬態を解除。
人々が己のみを考えている状況だからこそ、屋根に上っても誰もレッドを発見出来ない。炎を使って飛び、一先ずは目に見える範囲で危険な状況に陥っている人間を探す。
殆どは逃げているが、やはり幾つかはその場で立ち止まっている者達が居る。望遠機能で拡大させると、下半身が瓦礫に埋まった女性を引っ張る子供二人が居た。
母親と子供だろう。何かを母親は言っているが、子供二人は涙を流して母親を引っ張っている。
彼女の上に乗っているのは瓦礫の山。元は一軒家だったのだろうが、今ではその名残だけしかない。炎の勢いを一瞬だけ加速し、子供達の横へと着地した。
『どいていろ』
「ふぇ?」
なるべく優しく子供二人の手から母親を離されさせる。
母親はレッドの姿に目を見開いていた。当たり前だ、何せ彼の存在はあまりにも有名である。連日連夜放送されるニュースに出てくる存在が間近に居れば、誰だって驚くだろう。
積木のように重なっている家は一度でも外し方を間違えれば下に居る母親を潰してしまう。ならば、その積み重なった家ごと全てを吹き飛ばすだけである。
幸いなことに付近の人間は諸共消えていた。もしかすれば瓦礫の山の中で生きている人間が居るかもしれないが、そこまで考慮してはキリがない。
今助けを求める人間だけを助ける。その意思の元、彼は拳に注ぐ力を加減して瓦礫に叩き込む。
刹那、強烈な衝撃と共に瓦礫群が一斉に後方に吹き飛ぶ。近くの建物が粉砕される音を聞きながら、残り僅かとなった瓦礫を手で動かして母親を救出した。
『加減は』
「有難うございます! 腰に瓦礫が挟まっていただけですので何とか動けます」
『良し、ならさっさと避難所を目指せ』
「はい、有難うございます。 有難うございます。 有難うございます」
何度も何度も頭を下げる母親から彩斗は視線を切った。これでこの家族は大丈夫だと判断し、ジャンプと同時に空を飛ぶ。
救える数には限界があるのを彩斗は理解している。だがこの怪獣と遊ぶ為に作られたAMSであれば、本来死に行く者達を救うことだって出来ると確信を抱いていた。そこには澪への信頼と、AMSへの期待がある。
集音で強化された耳が異音を捉えた。同時に、マスクが異常な温度減少を通知する。
発生した方向へと顔を向けると、今にも折れて崩れそうなビル二本が氷によって固定化されていた。時間経過によって溶ければ倒壊は免れないが、少なくとも避難するだけの時間を稼ぐことは出来るだろう。
誰がそれをやったのかなど解り切っている。何時の間にか首都寄りの方向に動き、彼女なりの方法で大勢を救ったのだ。
『ビル内に取り残された人達を救助した。 負傷者は居るけど全員無事だ』
「了解。 ……あの規模で氷を出して大丈夫か? お前のはまだまだ完成品じゃないだろ」
『嘗めないでくれよ、この程度ならまだまだ大丈夫。 流石に半日経過したらピンチだけどね』
「制限時間は管理してくれよ。 んじゃな」
会話を打ち切り、炎を灯して危機的状況の人間を救い出す。
瓦礫で潰されている人間が居れば拳で飛ばし、避難経路が封鎖されていれば土砂であろうと蹴り飛ばす。更には大量の物資を運ぼうとしている者達の代わりに避難所まで運び、その度に助けられた者達は驚きつつも感謝する。
中には火事場泥棒を働く人間も居たが、そちらは一発軽く殴って気絶させた。どんな時でも犯罪は犯罪だ。
澪も崩れ掛けの建物を氷結させて時間を稼ぎ、AMSの筋力で似たような真似をしていた。二人の救助活動は瞬く間に世間に流れ、画像や動画でもその姿が記録に残される。
多くの人間が彼等の事を味方だと判断した。特に助けられた人間はその傾向が強く、敵かどうか解らないと迷っている者達に自身の体験談を語っている。
救助活動を積極的に行っている自衛隊や警察隊も二人のことは承知していて、敢えて今回は見逃している。
勿論遭遇すれば接触を行うよう命令されているが、彩斗も澪も自衛隊や警察が居るような場所に足を向けることはない。余程救助が難しい状況であれば手を差し伸べるが、その必要が無いのであれば別の場所で活動した方が効率的だ。
助けては近場の避難所を教え、助けては怪我人を抱えて一緒に避難所に向かう。その繰り返しをすれば時間は簡単に流れていき、ついに活動限界を迎えた。
先に戻った澪に戻る旨を伝え、彩斗も透明になりながら家を目指す。
澪に玄関を開けてもらってから中に入り、透明化を解除して即座に緊急発電システムに接続された充電器とAMSを繋げる。
「こんなもの何処にあったんだ?」
「何時かもっと大きな物を作る時の為に製作してた。 けど、発電機を動かすには起動電源が必要なんだ。 その電力を何処から持ってくるかって考えて、仕方ないからカプセルに内臓していた分の電力を使って今は起動してる」
「正しく急造だな」
「こんな事になるのは予想してなかったからね。 けど、性能については自信がある。 AMSなら直ぐに充電が終わるよ」
その日、二人の活動は彩斗が眠気で倒れるまで続いた。
澪は彩斗を彼の自室にまで運び、布団を敷いて横にさせる。穏やかな顔で彩斗の頭を一撫でした澪は、次の瞬間には憤怒の形相へと変わった。
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