忘れるなかれ、妄想とは否定されるものだ

 加速されていく打鍵音が大型3Dプリンターの傍で鳴る。

 午前一時の夜中の室内にそれはよく響いたが、打ち込んでいる張本人はそんなことなどお構いなしに作りたい物を作り上げていく。

 澪の表情は普段の穏やかさとは無縁だった。般若が如き形相は相対すれば思わず顔を逸らしかねない程で、誰も見ていないからこそこんな顔を浮かべていても許されている。

 原因は極めて単純だ。予定とは異なる緊急事態により、物語を進行させることが一時的に中断されてしまった。今のままでは怪獣が現れても満足に防衛は出来ず、必然的に外国に目を向けねばならなくなる。

 しかし、それで外国ばかりに怪獣を出しては日本の事が疎かになるのは自明の理だ。澪にとってはどうでもいい国ではあるものの、彩斗の為を思えばこのまま放置することなど出来はしない。

 

 本質的には善人寄りである彩斗は、AMSの力を使って救助活動に専念した。

 澪自身も手助けはしたが、その内面は非情に複雑だ。観客が減るのは彼女の本意ではないとはいえ、彩斗と彼等はまったくの無関係。幾ら死んでも胸が痛まないもので、特に此度の出来事は完全に偶然である。

 シデンが暴れたという事実そのものはあるが、あの程度で地震が起きるのであればもっと頻繁に地震は起きていただろう。地中深くで活動する怪獣を作ったのであれば原因の一つに数えられるも、作っていない以上は一切関係が無い。

 予想外。予定外。故に――不愉快極まりない。

 盤上が揺れて進んだ駒がバラバラになったのだ。元通りにするのは不可能であるし、無理に普段通りにすれば歪みが生まれる。その歪みから何が起きるのかは予測出来ず、つまり台本の変更が求められた。


「ああ、クッソ。 これだから現実ってヤツは嫌いなんだ……ッ」


 髪を掻き上げ、歯軋りの音を立てる。

 物語の中であれば全てが必然であった。作者の想像通りに仕組まれた予想外が発生し、登場人物達はそれを乗り越えていく。

 現実が介入する余地は無く、だからこそ非現実は邪魔されずに発生するのだ。だが、その非現実を少しでも表に出せば現実側が簡単に押し潰そうとする。

 お前の出る幕は無いと、そもそも分野が違うと締め出すのだ。夢の達成を阻害する現実という悪果には唾を吐きたい程で、だからこそこんな程度で負けるものかと指を走らせる。

 

「今あるパーツで、今ある機材で、無茶でも何でも押し通してやる。 負けるつもりはねぇぞ」


 口調が荒くなりながらも正確性は失われない。

 疑似脳がフルで稼働し、彩斗の脳味噌に保存された設計図を液晶の中に描いていく。

 現状、元通りにするのは難しい。彩斗の携帯を拝借して情報を眺めていると、既に死傷者だけでも三桁にまで上っている。行方不明者も数多く、経済も一気に落ち込んでしまった。

 折角の投機も切り捨てる部分が生まれ、その分は完全に損である。放置していたお蔭で然程大きな傷とはならなかったものの、新たなポイントを見つけるまでは金銭はゆっくりとしか増えない。

 そして、復興とは時間を掛けて進むもの。その復興が完全な形で解決することはなく、数年もの時を掛けても放置されたままな区画が残されていた。

 

 避難所に居る者達が安息するには、衣食住の全てが満たされていなければならない。

 思い出などそっちのけだ。少なくとも澪にとって思い出の残る地など一切存在しない。ある意味この家が思い出の宝庫と言えるかもしれないが、手放そうと思えば簡単に彼女は手放せる。

 図形と図形が重なり、長さが記載され、必須素材が決定されていく。

 彼女が作っていたのは複数サイズに対応した超大型3Dプリンターだった。現人類が調達可能な素材のみで作れるプリンターを用い、再度建築するのだ。

 そして崩れて瓦礫となった場所を掃除する為の選別と吸引装置を作る。

 構造としては掃除機が近いが、一度吸い込んだ物を選別して再生資源として使う。何に使うかは人類に任せるが、彼女は出来ればそのままプリンターの素材に使ってほしかった。

 

「選別内容は任意で決められるようにして、大量の選別が必要な場合の保管容器の配置や装置の分岐方法を作って――――伝えるのは動画にしようか」


 二枚の大規模設計図をこのまま企業に送りつけたとして、一笑に付されるだけだ。

 誰が考えたのかを明確にし、注目を集め、人々に是非作ってくれと願わせる。その為にはレッドという役者と、もう一人別の役者が必要となる。

 炎の能力者と氷の能力者の存在はSNSで一番の話題となった。助けられた者が自発的に情報を発信したお蔭で、より彼等が味方であるという意見も強くなっている。

 動画サイトに載った災害時の対処動画はこの時であれば需要があるのだ。その場で最速で立て直しを図れる情報が提供されれば、さて何人が食い付いてくるだろう。

 動画サイトを見るのは日本人だけではない。外国の人間も見ていて、何れ似た状況になった際に役に立つだろう。そのまま設計図を見せる訳ではないが、接触を図ろうと考える者が出てくる筈だ。

 澪としては態々接触をしたいとは思っていない。自身を危険に晒すような真似は彩斗とて容認しはしないだろう。


「それでも、これで少しでも遅れを取り戻せるなら」


 やらない事実は無い。

 設計図が完成すれば次は動画作りだ。紹介に必要な台本を作り、彩斗や自身の立ち位置や流れを作っていく。

 編集ソフトはフリーで十分だ。金を掛けて作るのは何となく澪は嫌だった。そして早朝になるまで全ての準備を終えた彼女は、その足で朝食を作り始める。

 ガスは通っていない。水道も無しだ。事前に冷蔵庫には電源を供給しているので機能しているが、それ以外は全て停止している状態である。なので作れる物は殆ど存在せず、ヨーグルトやハム等を直接食べるしかない。

 後はパンくらいなもの。米はあるので電源を繋げば炊けるものの、今は空腹を満たすことが優先されてはいない。澪は食べずとも問題無いが、彩斗の腹を満たさなければ活動は不可能だ。

 

 上階から足音が聞こえ、寝惚け眼の彩斗が降りてくる。

 首を振って眠気を弾き飛ばそうとしていたが、完全に覚醒するまでは時間が掛かるだろう。椅子に座った彼の机の前に飲み物と総菜パンを並べると、ゆっくりと咀嚼を始めた。

 

「状況は、どんな感じだ……」


「一先ず避難所は落ち着いているよ。 皆不安だろうけど、慣れていると言えば慣れてるから」


 日本は地震大国だ。

 過去の大地震も記憶に残っている人間の方が多い。過去の教訓からマニュアルも恵まれ、他国よりも地震で慌てることもないので一日あれば落ち着いてしまう。

 勿論、ストレスは溜まるだろう。如何に静かになったとはいえ、ずっと続けば文句も噴出する。

 彩斗も頭を何とか回転させてそれを理解した。突発的な出来事とはいえ、日本人は静かになりやすい人種だ。目立つことを嫌っているというか、慎みを是とする風潮がある。

 騒がしさを嫌うが故に、大人しくなるまでの時間も早いものだ。現状が落ち着いたままであるのなら、今すぐ大きな事件が発生することはないだろう。


「で、夜なべして一つ案を用意したんだ。 落ち着いている間にそれをしたいと思ってる」


「どんな案だ?」


「これを見てくれ」


 タブレットに移した情報を彩斗は見て、驚きに目を見開く。

 何せこれは、当初の予定とはまったく異なる出来事。そして、大分危険を孕んだ内容になるのだ。既に表舞台に出たとはいえ、動画まで作って注目を集めようとするのは考えていなかった。

 だが、内容は一考の余地があるものだ。澪の見せた技術は既存の技術力で十分に作成可能であり、非現実の域を出てはいない。デザインを気にしないのであれば同じ建物を高スピードで何軒も建てれるのは、こんな時であれば魅力的だろう。

 反対意見は間違いなく出る。誰であれ己の好みはあるもので、量産品のような品物を嫌悪するのはよくあることだ。

 しかしそれでも今は誰であれ採用する。その未来が彩斗には見えている。

 だから、彼女の案に彩斗は乗った。そうする以外に他に方法は無いと、彼もまた理解していたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る