黒幕の祝杯
『乾杯!!』
最上家の一戸建てでグラス同士がぶつかる音がした。
並々と注がれているのは赤ワイン。机に並ぶ料理は彩斗自身が作ったものではなく、スーパーで購入した寿司や肉だ。
大皿に乗せられた料理群に口を付けながら、二人は全ての工程が終了したと喜びを露にする。特に実行した彩斗の歓喜は一入であり、怪物を燃やし尽くした快感は並ではない。
戦闘とも言えぬ戦いではあった。ただ相手の攻撃を受け止め、逃走した対象を遠隔で燃やしただけだ。
それでも、あの一瞬は凡百の生活には無いものだった。非現実への入り口に立ったと錯覚するには十分で、例え全てが嘘で塗り固められても嬉しくない筈がない。
彩斗の口元は常に弧を描いている。
胸に湧く喜びの感情は澪にも伝わり、彼女も喜びながら寿司を口に運んだ。祝いの席で食べる味は彼女にとっても格別である。
「実験は無事に成功。 操縦も確りしてたし、改良してもっと精密に動かせるようにするよ」
「おう。 俺も炎の調整をもっと細かく出来るようにしないとな。 AMSの力加減は解ってきたが、突発的な状況だと全力で動きかねない」
「セーフティを付ける案はあったけど、それだと任意での解除で手間取るからねぇ」
「なんでもかんでもお前任せにはしないさ。 肉体面に関しては自分で解決するよ」
今回は全てが予定調和だった。
襲われかけた目撃者を空から助け、圧倒的な力で対象を倒す。あの目撃者は予想通りに説明を求め、それに対して彩斗は冷淡な声を意識しながら拒絶した。
炎使いの能力者という体で設定されてはいるものの、熱さを持っているのは能力だけ。口調は冷たく、今回は目撃者を早く帰す為に話したに過ぎない。
必要とあらば非情な選択をするのが彩斗のキャラだ。故に、これ以降は特に話をせずにさっさと帰る予定である。
食事の片手間に澪はタブレットを取り出す。一つのページを呼び出し、机の上に置く。表示されているのは次の予定時刻や登場させる怪獣、場所についてだ。
「次は……二足歩行のトカゲ?」
「そ。 ただし電撃を放てる体長四十mだ」
「そりゃまた、いきなり大胆なスケールアップだな」
表示された個体は体長四十mと記載された二足歩行のトカゲだ。
鋭利な黄色の牙が並び、肌は茶色。背中から尻尾にかけて棘のような塊が生え、そこに発電器官が搭載されている。
発電方法についての細かい説明もあるが、見たところで彩斗に理解出来る訳もない。素直に見るのは止め、出てくる場所についてを検討した方が利口である。
出現先は犬吠埼付近の海。海底でボディを作り、そのまま陸に浮上させる。
世界で最初に出現する怪獣ともなればもっと人の多い場所で出せば良いと考えるが、いきなり東京湾から出現するのは不自然に過ぎる。
もっと外の海からゆっくりと出さねばならず、それでは先に自衛隊が出動しかねない。
最初は誰もが怪獣の登場を疑問視するだろう。実際に監視所が発見したとして、悪戯か何かだと思ってしまうかもしれない。
しかしそれで人気の無い場所に出しては人が多い場所に到達する前に余計な被害が発生する。
怪獣だけに被害の全てがいかねばならないのだ。その調整は難しく、故に観光名所に近い場所を選んだのである。勿論他にも候補は存在するものの、一番近い位置に今回は設定している。
帰り道が近いのは良いことだ。追跡を撒く必要があるので必ずしも一番帰るのが早い訳ではないが。
「通常兵器は余程の威力じゃないと通用しないように設定してある。 砲弾だろうがミサイルだろうが完全粉砕は不可能だね」
「連続で叩き込まれた場合は?」
「高速再生を持たせた。 毎秒30%回復だから腕一本の損傷でも瞬時に回復するよ!」
どれだけ攻撃を叩き込まれたとして、瞬時にボディが回復されては完全回復は難しい。
となれば、日本を守る為に彼等は二つの可能性を模索することになる。一つは全身を粉砕する方法。もう一つは回復を促す器官だけを狙う方法。
正解は後者であるが、殺さない事実を知らない者達であれば生物的弱点を狙う。これまでにない危機の到来に人類は未曾有の恐怖を抱き、まともな選択を取れるとは限らない。
ある種の怪獣と人類との戦争だ。それが全てマッチポンプであるなど、誰が予想出来るものか。
そして、誰が命など一切掛けない戦いであると解るだろう。誰も彼も、未確認の生物が牙を剥ければ敵意を抱くものである。
「この怪獣の問題点は――というか全体的な問題として大きくなればなる程に完全形成に時間が掛かる。 回復であれば適当にその辺の土を緊急の腕に出来るけど、一度は設定された通りの素材で完成させないとシステム的なエラーが出るね」
「結構致命的じゃないか? 大きくなればそれだけ衆目に晒されやすくなるぞ」
「僕も解決したかったんだけど、こればっかりはね。 地球の資源には限りがあるからどうしても場所によって生成時間に違いが出るんだ」
海底でボディを生成するのは演出だけではない。
構築される身体が他の人間の目に届かないようにし、安全に完成を迎える為でもある。何度も海から登場すれば探査機を回されるが、その時には地面の遥か下で生成することになっていた。
それに、と澪はマグロを食べて恍惚な笑みを零す。
「ゲームでもそうだけど、戦いに勝利した側には報酬が必要だ。 僕達が直接渡したんじゃお尋ね者確定だから、その報酬としての役割も怪獣は担っている」
「……豊かな資源を内包した怪獣か。 他国の海域から発生する怪獣も倒せば貿易問題も幾分か解決するな」
「海洋生物に似た怪獣も居るからね。 魚を運ぶ怪獣を倒せば、一発で大量の魚を入手することも出来るよ」
完全生成に時間が掛かる事実はデメリットもあればメリットもある。
全てが遊びの範疇とはいえ、怪獣襲来が世界中で何度も起きれば物資不足に陥るだろう。自国第一の精神によって品目は縛られ、量そのものも抑えられてしまう。
日本であれば買い占めが多発するのは予想出来る事態だ。故にそれを解決する手段を見出さなければ、日本の経済は一気に落ち込む。
とはいえ、日本の社会は非情だ。どれだけ厳しい環境でも仕事を強要する状態はそうそう簡単には変化しない。
この怪獣襲来が変化の一助となるか。それが解るのは遥か後での事となるだろう。
可能な限り経済ダメージを抑えたやり方だが、それをするくらいならばそもそも怪獣を作らなければ良い。その思考に到達しつつも容認しないのは、やはりこの二人が二人だからである。
好きな事をする為ならば他人の事情など知ったことか。最低極まりないものの、一定の職種においてはそうしなければ成り立たない。
「明日になったら種を植えに行ってくれない?」
「OK。 ちょっと距離はあるけど午前中に向かうさ」
「お願いね。 僕は僕で設定を一部弄って――後はハッピーセットの設計図を引くよ」
「りょーかい。 んじゃ、取り敢えずは全部食べようぜ」
次の予定は決まった。
次回の怪獣出現は一週間後。場所は犬吠埼灯台近海。特撮作品に出てくるような巨大怪獣を生み出し、第一話を開始する。
計画名は安直に『初遭遇』。
人類が接触する初の大型生命体として歴史に残る怪獣の名前は
恐怖に震える一日を与え、人々にこれからの生活を不安にさせる不吉の象徴。どうかそうなってくれと彩斗も澪も願いつつ、今日は眠りについた。
翌日、朝食を口にする彩斗の耳にニュース情報が流れ込む。
謎の火災が発生。放火の可能性を鑑みて、警察は調査を開始。――周辺地域に住む方々は御注意ください。
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