遠距離射撃による実験証明
一日が過ぎ、人々の避難は漸く収まりを見せた。
渋滞も徐々に無くなっていき、避難所にも多くの人間が既に待機している。急ピッチで設置されたテレビには多くの人間が集まり、生放送で流れる記者の言葉を一言一句逃さず聞いていた。
SNSもトレンドは怪獣関係一色。ヴェルサスへの状況説明を求む声も多いが、早乙女が答えることは一切無かった。
マグマックスは一日の間でかなりの距離を稼いだ。今後マグマックスが向かうだろうルートも絞られ、ニュースで出されたリアルタイムのルート予測はその殆どが南の地域に当て嵌まっていた。
嘆いたのは南側に避難した者達だ。乗り物が無かった者や北に来ると予測した者はなるべく自身の近くにある到達地点から離れようと南に動き、結果的にその予測は外れることとなる。
今から再度移動することは不可能だ。記者から再三にわたって避難所から出ないことを告げられ、公共機関も全て停止している。
沖縄に至っては船すらも動いていない状況だ。陸の孤島とも言える状態故に他よりも不安を覚えている。閉じ込められたようなものなのだから当然だろう。
『彩斗。 もうじきマグマックスが目的地に到達するよ』
『ああ、それは此方からでも見えている』
彩斗の姿は海上の空に在る。
通信で澪から接近の旨を告げられ、彩斗自身もマスクのズームでマグマックスの火山部分が海上に出ているのを確認した。
彩斗の背後には武装した軍用ヘリが。中に居る隊員達は上からの命令を待ちながら、二つの勢力が何時行動を起こすのかと肝を冷やしながら警戒していた。
世界で初めて、隊員達は一番間近でパーカー姿の彩斗を見たことになる。
風に揺れる黒い上着は如何にも簡単に破けてしまいそうで、それこそナイフ一本で裂けそうである。銃弾でも撃ち込めば蜂の巣にも出来てしまいそうだ。
されど、それが表面上のものでしかないことも解っていた。
先の戦闘によって上着は燃えておらず、早乙女との一戦においても非常識な攻撃を容易く受け止め、少なくとも二件の情報で破損したという報告は一つもない。
並々ならぬ耐久性は喉から手が出る程に世界中が欲しい物だ。その為ならば万金を払うことも何処の軍も承認するだろう。
彩斗の足裏からは炎がバーナーの如く噴き出している。これが飛行の原因であるのだろうと思いながら、どうやって推進力をその場で固定化させているのかは誰も理解出来なかった。
『隊長、今ならば背後を強襲出来ますね』
『馬鹿なことを言うな。 ……一度でも手を出したら終わりだと思っとけ』
新人の隊員に隊長格の人間は鋭く注意する。
殺意すらも宿らせた注意に隊員は背筋を震わせて即座に謝罪の言葉を送った。場を和ませる目的の発言だったのだろうが、その言葉はあまりにも空気が読めないものだ。
あの炎が自分達に向けば、怪獣よりも恐ろしい目に合う。純粋に燃やされるか、溶かした金属を浴びるか、燃焼で空気を喪失させての窒息死を受けるか。
それに被害は日本全国にまで及ぶのだ。先日公開された国家防衛リスト内から日本が削除された場合、怪獣の攻勢を自衛隊が止められなければ本土が蹂躙されることとなる。
国内から大批判を浴びる程度なら安いもの。怪獣が実際に暴れ出せば、自分達の家族すら死ぬことになる。
先のシデンの攻撃を見れば避難所の防備は紙のようなもの。建物は踏み潰され、光線一発で街ごと人は蒸発する。そこに嘗て人が住んでいた形跡は存在せず、誰が死んで誰が生き残ったのかも解らなくなるのだ。
だからこそ、日本を治める要職に就いた者達は迂闊にヴェルサスと接触出来ない。平和的話し合い一つでも何が彼等の気に障るか解らぬ現状、情報収集に努める他に方法が無かった。
怪獣は酷く遅い速度で日本を目指している。
基本的には顔を海面より上に向けず、火山を露出したまま歩行するだけ。何かしら特別な行動もせず、監視を開始してからは食事も停止もしていない。
一体あの身体の何処からエネルギーを獲得しているのか。発電のように人工に近い方法でエネルギーを生成している場合、何の餌も必要としない無限稼働の殺戮兵器だ。恐ろしいとしか思えない。
だが、その怪獣がついに停止した。ヘリからケーブルを伝って投げ込んだ海中カメラは怪獣が突然立ち止まる姿を捉え、地形に嵌まった訳ではないことを伝える。
場は緊張に包まれ、相手の挙動やセンサー類に目を走らせた。
だが、怪獣の内部を詳しく調べられるセンサー類はまだ人類には無い。精々がサーモグラフィや紫外線センサーといった極めて一般にも普及されている装置ばかり。
何かが起こってもセンサーが捉えられなければ初動で負ける。故に人々は目視を頼り――――突如として海面から二つの砲台が飛び出した。
『ッチ、此処から狙うつもりか!』
彩斗の大声が聞こえた人間は居ない。
されどあの砲台が不吉を告げているのは確かだ。氷柱が刺し込まれる感覚を抱いた隊長格は直ぐに砲の射程圏内に居るヘリに退避命令を下す。
砲の向きは直線だ。そのまま真横に逃げることが出来れば回避も間に合う。
砲からは不気味な異音が鳴り始め、内部がマグマの如き赤に照らされる。人間どころか建物ですら容易く融解させかねない温度で何をするのかなど、今更問うこともあるまい。
彼等はそれを知っている。人類はそれを知っている。自分達の手で開発したのだから、知らない方がおかしい。
極点まで充填を終えた砲が爆発するような音を立て、内部に作り上げた弾を放出した。
粘性の炎の塊は一直線にヘリ達の後方へ飛び、その姿を消失させる。やがて数秒の後に、巨大な水柱と衝撃を彼等は感じることとなった。
「着弾地点は何処だ!?」
「無人観測機から情報来ました! ――我々の後方二百㎞地点です!!」
「な――ッ?」
観測機は十㎞毎の等間隔で展開され、その内の数十機が水柱と衝撃に飲まれて壊れた。
しかし問題はそこではない。重要なのは、彼等の目の前に居る怪獣はその気になれば本土に足を踏み込まなくとも日本を蹂躙出来てしまうことだ。
二百㎞。それは人間の足でも、ましてや車のような乗り物でも数秒で辿り着ける距離ではない。今からでも怪獣の行く手を阻む策を講じなければ敵の遠距離攻撃の射程に収まってしまう。
本部に緊急の連絡を入れる隊長格。最初から余裕の文字は無かったが、今はそれ以上に焦っている。冷静でいなければならないと自身に言い聞かせても、寧ろそれが焦りを助長させる。
ふと、レッドと呼ばれる能力者が視界に収まった。あれはそもそも怪獣を倒せるだけの力を最初から有している本物の強者であり、身一つで今は最前線に居る。
その身体が徐々に徐々にと下へと動き、怪獣の居る海面間近まで迫る。
何をするのか。何をしたいのか。困惑の眼で見やる自衛隊を他所に、実に気楽な調子で彩斗は澪と会話を繰り広げていた。
『んで、結果はどんな感じだ?』
『誤差+-一㎞。 うーん、ちょっと正確性が無いなぁ』
『じゃあこのまま戦闘に入って俺が倒すか? それともこのまま続きを?』
『シナリオ通りで頼むよ。 遠くの沖合で戦っても皆危機感を覚えないでしょ?』
『了解了解。 それじゃあ遠慮無く』
軽い打ち合わせを経て、彩斗は腕を右腕を掲げる。
炎を纏わせ、更にそのサイズを拡大させていく。空気を吸い込んで急激に膨らむ炎を操り、やがて炎は一本の腕となった。
彩斗自身の右腕から生えるような形で出現した炎の腕は、まるで地獄の業火もかくやと言わんばかりに赤々としている。
『五秒だ』
呟き、そのまま炎の腕を勢い良く海中へ放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます