妖精と魔王

 三人が帰還した後、アラヤシキはそのままエンジンを停止。

 ミンとトップ三人の計四人が外へと出て、三人に遅れる形でフォートレス社の生産基地にまで移動した。

 基地には無数の人間が居る。その殆どが取材を目的とした記者団であり、空にはカメラを携えたヘリが辺りを飛び回っていた。

 機体を見せ付ける形で基地に収容したのだ。当然注目は集めるもので、更にそこに四人のヴェルサスの人間が居れば騒ぎは拡大の一途を辿る。

 無数のフラッシュが焚かれ、先程の戦艦や機体についての説明を記者達から求められる。


 報道は生放送され、今この瞬間にもお茶の間にも流れて止まらない。

 ヴェルサスは皆が顔を隠していなかった。揃って整い過ぎた顔を晒し、下手なアイドルグループでは間違っても太刀打ちなど出来はしない。

 記者の波は目的地までの道を妨げ、まったく退いてくれる気配は無かった。何が何でも話してもらうと意気込み、生半可な言葉では言う事を聞いてはくれないだろう。

 真実を希求する姿。あるいは、自分の利益を追求する姿。

 初めて見る人の様にミンは眉を顰める。綺麗なものではないと事前に聞いていたが、彼等の必死が彼女には醜く見えた。


「道を開けろ。 これよりフォートレスの渡辺が配信にて説明を始める。 話はその後でも構わんだろう」


 バゼルが力強く告げるも、本当に言ってくれるかどうかなど誰も解らない。

 

「軽くで構いません! 先程の船について一言でも良いのでご説明を!!」


「あのロボットは何なのでしょうか!? フォートレスは此処を生産拠点と説明していましたが、基地があるなどとは言っておりません! 納得出来る理由をお願いします!!」


「……騒々しいな」


 短く、レッドが口にする。

 その言葉には確かに、隠しようがない程の苛立ちが含まれていた。配信にて説明はすると語っているのに、彼等は過剰なまでに情報を引き出そうとしている。

 今この場には殆どの報道局の人間が居る。誰が聞いたとて情報が巡る速度に差異は無く、ならば配信で言っても変わらない。

 確証が欲しいというのか。ヴェルサスの人間が言ったのだという、避けられようがない事実を。

 それを求め、集めた情報から専門家でも呼んで意見を聞くのだろう。武力を持つことの危険性。一企業だけが力を持つことの不公平さ。

 

 僅かな頻度で敵は現れたというのに、彼等はそんなことよりも不平等である事実にメスを入れたくて仕様がないのだ。

 だからレッドは思う。邪魔で邪魔で、どうして貴様らは事の方向性を歪めたがるのかと。

 必要なのは今後の怪獣対策だ。懸念をあげつらうよりも先に市民の暮らしや物流の確保、怪獣打倒に向けた開発や製造に意識を向けるべきであり、日本はフォートレスが居るお蔭でハードルは幾分か低い。

 様々な法に抵触しているとはいえ、この状況で杓子定規的な対応をすれば地獄を見ることになるだろう。最悪、他国がフォートレスを誘って居なくなってしまう可能性もあるのだ。


 そこまで考えるのは難しいかもしれない。

 しかし、現状が間違いであることは解る筈だ。それが解らずに言葉を募らせるだけであれば、そもそも相手にする価値すら有りはしない。

 レッドの苛立ちを受け、一番に反応するのはフローだ。

 彼の感情はダイレクトに彼女に伝わる。感情の規模が大きければ大きい程、彼女も幾分か影響を受けるのだ。

 今回はレッドの苛立ちに最初から同意であるが故に、慈悲も無い。

 空気中の水分が氷結していく。元から寒かった気温がマイナスにまで下がり、民生品の防寒具では寒さを完全には防げない。

 

 記者達は空に浮かぶ氷柱を見た。彼等に向かうような形で生成された氷の槍は、彼女の意思一つで全て射出される。――その数、約五百。

 明確な害意を前に、記者達は揃って恐怖に屈した。如何に利益を追い求めても、死への本能的な恐怖は拭えない。

 ヴェルサスは人を殺さないと市井の間では半ば常識として流れているが、それを証明する材料は何一つとして有りはしなかった。

 精々が過去の彼等の対応くらいであり、直接何かを言われた訳ではないのだ。


「道を開けろと言っている。 お前達の耳は音を正しく認識出来ない程に腐っているのか?」


 苛立ちは何もフローやレッドだけではない。

 バゼルとてつまらぬ対応は嫌いだ。力が無い癖に突っかかっても何も手に出来ないというのに、彼等は保証されていない安全を盲信して突撃する。

 死を意識したことがないから。社会的に殺人は悪だと定められているから。

 大多数の前でそのような真似をしないという考えもあるだろう。兎に角、自分は絶対に安全だと何故か思っているから無茶をする。


「話すべき事柄は全て話そうと告げているのに、お前達は自分のことだけしか見えていない。 ――実に不愉快だ。 自己愛に酔っているだけの屑共め」


 金の為、地位の為。揃って共々下らない。

 金があれば生活は安泰だろう。地位があれば仕事が無くなる懸念も存在しなくなる。

 けれどそれは、日々の安寧あってこそ。

 金が必要ではない世の中になったらどうだろう。地位が意味を成さぬ世界になったらどうだろう。そうなれば、残るは人間性や技術によって成り立つ世界だ。

 自己愛に酔っているだけの者が件の世界で生きていけるとは思えない。

 バゼルから放たれる凶悪なまでの殺意の奔流。触れた瞬間に気絶していく面々に、遠くに居た者達は揃って足を動かして離れていく。

 五分もすれば無数に倒れた人が並ぶ土地が出来上がった。倒れた人を避けるように歩めば、基地近くに居た記者達も慌てて離れていく。

 そして記者団が居なくなると同時に、彼等の所為で塞がれた道からフォートレスの社員部隊が六人現れた。


「対応をしていただき、誠に申し訳御座いません。 此方で対処すべきだったのですが……」


「気にするな。 お前達も基地への侵入を防いでいたのだろう?」


「公になったことで複数の部隊で基地周辺を巡回していました。 人気の無い場所から潜入を試みた記者は既に捕縛してあります」


「対応はそちらに任せよう。 では、行くとするか」


「っは」


 レッドの落ち着き払った行動に、隊長であろう男は頭を下げてから案内を始める。

 周囲は五人の社員で固め、特に面倒な輩が居なくなったことでフローの氷も姿を消す。下がっていた温度も徐々に元に戻り始めるが、このまま記者達が気絶した状態では外の温度で凍死しかねない。

 レッドは自分達が基地に入った段階で巡回中の部隊と協力して気絶した人間を基地の一室に押し込めておけと命令し、彼等は素直に従い作業を始めた。

 

「さて、少々手間ではあったがこれで予定を進められるな」


「配信場所は格納庫だ。 機体の紹介も兼ねているからな」


「さてはて、世界はどうなっていくだろうな。 ミンよ、お前はどう思う?」


「どうもこうもないでしょう」


 道を進みながらバゼルは質問し、ミンは当然とばかりに目を瞑る。

 そして再度目を開き、先頭を歩むレッドを視界に収めた。その堂々たる佇まいに表情を少し緩め、彼女の中の決定事項を口にする。


「レッド様が求めた結果を私達が引き出すだけです。 世界の変化など、私達にとっては些細なものでしかありません」


「……くくッ、そうだな。 その通りだとも、ミン」

 

 妖精の言葉に超越者の一人は恐ろしい笑い声と共に肯定する。

 世は全て一人の男の意思のままに。そうならない世界になど、何の価値もありはしない。

 忘れてはならないが、ミンも澪からの設定を受けている。

 どんなに落ち着き払った常識人めいた姿をしてはいても、彼に全てを捧げる狂信者であることは変わりようがないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る