仮初の平穏のような普通の日常

 朝一で電車を乗り継ぎ犬吠埼を目指し、人通りの少ない時間帯にカプセルを投げ込む。

 犬吠埼で行ったことはそれだけだ。彩斗は観光などせず、自宅近くのスーパーで軽く買い物を済ませて帰った。

 点けっぱなしになっているテレビには連日に渡って放火騒ぎに関する報道がされている。犯人は不明、目撃情報も皆無であり、火元が横倒しになった木であると推測が立てられていた。

 しかし、ニュースキャスターが語る通りにそもそもどうして木が倒れているのかが解っていない。

 倒れている以外にも折られている木も発見され、放火現場と呼ぶよりも爆発現場と呼ぶキャスターも中には存在した。燃えている箇所も極々狭く、それでいて炭化して触れるだけでも崩れる。

 炭化する程の炎が近場にあったのであれば、他の木々に燃え移っていても不思議ではない。だが実際はそうではなく、故にこの放火事件は不自然なものとして怪しまれていた。

 

 その情報を耳に入れ、彩斗は静かに頷く。

 目撃者の学生は一切を口にしなかった。噤み、また元の生活に戻ったことだろう。例え言ったとしても精神科を勧められるだろうが、怪獣騒動が頻発すれば過去の少年の発言を思い出して再度聞き込みに来かねない。

 不安要素をなるべく多く抱えたくなかった。それは少年も一緒のようで、何も言わずに事態は混迷を辿ることとなる。

 このまま真実に辿り着く人間は出ては来ない。誰が怪獣が闇夜に出て襲撃を仕掛けてきたと思うのか。

 仮に一案として考えたとして、それは1%にも満たない可能性だ。実際に真実であっても真実に思えなければ、現実は虚像に落ちる。

 悲しいかな、有り得ない事を想像するのは無駄でしかないのだ。

 仕事である限り、妄想は無用の長物。考え続けてミスを頻発するようであれば、それこそ指導が必要になる。

 

「おろ、久し振りに画面を睨んでると思ったら何してるの?」


「なに、情報収集だ」


 リビングに入ってきた澪は率直な疑問を零し、当の本人は軽く返す。

 今、彩斗が見ているのはSNSだ。有名な三つのサービスに捨てアカを作成し、放火事件について生の声を集めている。

 殆ど話題にはされていないが、近場の学校では緊急処置として早期の帰宅が推奨されていた。学校がSNSを運用する例は珍しいが、若者が多く使うサービスで直接呼びかけた方が効果が高い。

 その分だけ飾りを剥ぎ取った汚い言葉も出てくるが、流石に教員側も理解している。基本的に流すべき情報だけを流し、他人の言葉には一切返事をしなかった。

 他にも探してみるものの、放火事件に対する警察への批判の方が多い。

 見るだけ無駄とも言える情報群を見つめ、収穫は無しかと彼は溜息を吐いた。本当に情報を手にしたいのであれば実際に現地に向かうべきであり、現地の人間も此度の事件を大きくは捉えていない。

 

 やるだけ無駄。正しく時間の無駄遣い。

 解ってはいたものの、元より今の彼には余裕がある。全ての事態が発生するまでは彩斗は鍛える以外に選択は無く、その鍛錬も過度に行えば故障に繋がってしまう。

 今は所謂小休憩のようなもの。これから炎操作の為にAMSを着込み、精密性を極める鍛錬を行う予定だ。

 現状、ただ放出するだけであれば何も問題は無い。どれだけ炎を出しても火傷にはならず、ましてや熱さを肌で感じることもなかった。

 澪の作成した冷却システムは強力だ。本人曰くエアコンと同じだと語り、彩斗本人の温度管理をリアルタイムで常に行っている。

 

「そういやType2はどんな構成にするんだ? 機能に関しては特に何も言っていなかったからな」


「うん? ……そうだなぁ」


 冷蔵庫から炭酸飲料を取り出した澪は彩斗の世間話めいた質問に暫し思考する。

 Type2。Type1が成功したことで基本モデルが完成され、そのまま基礎的な部分は流用されることとなっている。主にパーカーであること、マスクを被ること等が決められてはいるものの、AMSの主機能である能力部分は決まっていない。

 Type1が炎であったことから、その反対である水ではないかというのが彩斗の意見だ。

 炎の生成は難しいが、水の生成であれば空気中に無数に存在している。水素を集め操作する方法があれば、間違いなくそれを活用した戦術の方が幅が広い。

 しかし、彼女は思考した。それはつまり、彩斗が考えるような安直な答えではないということだ。

 

「悩んでいるんだよね。 派手さでいくか、確実さでいくか」


「具体的には?」


「氷と雷。 どっちの方が良いかなぁって」


 口にした内容に、成程と彩斗は腕を組んだ。

 氷と雷。どちらが派手でどちらが確実かは予想出来るものの、二つの力は非常に魅力的だ。

 

「氷なら簡単に作れるんだ。 範囲も広く設定出来るし、妨害にも向いてる。 雷は氷よりも発生が難しくてね、例えば特定の位置に雷を落そうとすれば処理に時間が掛かっちゃう」


「その分だけ威力は保証されると?」


「一撃で全てを吹き飛ばすなら雷の方が良い。 氷だと完全凍結までにラグが出るんだ、些細な差だけどね」


 雷を採用する場合、耐電措置と位置設定が必要となる。

 耐電措置は良いにしても位置を決めるには明確な印が必要だ。澪の場合は自身のボディにある視覚情報から位置を設定することも可能だが、処理数は非情に多い。

 視覚で捉えた情報から三次元的に予測し、更には出力計算までしなくてはならないのだ。炎の出力調整以上に求められる基準は高く、その分だけ一撃の威力は破格である。

 命中すれば砕けぬ者無し。浪漫があるものの、確実性が低い能力を澪は素直に採用出来なかった。

 そちらを選ぶのであれば、彼女は氷を選ぶ。温度管理に使われるシステムを冷却のみに絞り、周辺の空気を氷結させれば位置を一々設定する必要もない。

 ただし、氷の密度が無ければ威力も当然低いまま。温度を奪う過程があるので相手に動く猶予があり、その間に予想を超える動作をしてこないとも限らない。


「あくまでも主戦力は彩斗だ。 僕の役目は補助の範囲に留めるべきなんだけど……やっぱりこういうのは楽しくってね」


「ああ、うん。 気持ちは解るよ」


 恥ずかし気に頬を掻く姿に彩斗は心底同意した。

 自分で能力を決めることが出来る。それはなんと甘美で、引きずり込まれるような誘惑だろうか。

 自分の舞台でもある澪に妥協は無い。何がなんでもこの舞台を平穏無事に落着させ、最後に笑って楽しかったと言い合う為に装備に迷いが出ているのだ。

 順当に考えるのならば確実性のある氷を選んだ方が良い。不確実性のある雷を使って事故が起きれば、もうただの演技では済まされないのだから。

 しかし浪漫を追求しても彩斗は責めない。結局はどちらを選んでも彼にとっては一緒で、故に言うべき内容も決まっていた。


「どっちもって選択はないのか?」


「あるけど、複合型ってなんだか弱そうじゃん。 たった一つを極めた超能力者!っていうのがやっぱり強く感じるんだよね」


「解るなぁ。 何でもかんでも能力を詰め込むのはご都合主義的に感じる」


「元からそういう設定なら良いんだけどね。 自身の力じゃなくて外部の力で戦うってスタイルなら複数の能力を持ってても違和感は無い」


 それは彼女の思考をより深めることだ。

 深く深く、奥底にあるものを掬い上げて彼女にとって都合の良い方を選べばいい。ただどちらでもいいよと曖昧に笑うよりも、語り合った方が納得感も強くなる。

 人は他者に相談した時点で決めていると言うが、彩斗はそうは思わない。

 相談している段階ではまだ迷いを抱えているのだ。森の中で迷子になっているようなもので、見知らぬ誰かに道を尋ねている。

 その見知らぬ誰かも迷子の目的地は解らないが、解らないからこそ一緒に探すのだ。

 それでこそ正解は見つかると彩斗は信じている。

 その日、二人の語らいは長く続いた。鍛錬の時間を潰してでも二人は話をし続け、時には意見の相違を起こしながらもタブレットにType2の道を記していく。

 彼等にも不安はある。初めての試みばかりだからこそ、万が一を想像しないことはない。――――所詮、彼等は現実に生きる人間なのだから。

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