怪物演戯

 紅蓮に燃え盛る炎の腕を固めているのは高出力の風だ。

 風が金型となり、型に炎を流し込んで形と成す。故にこの腕に接触しても直接燃えはしない。水の入った袋を外から触っても濡れないようなものだ。

 この状態でなら海中にも炎を潜り込ませられるも、その維持は最大で十秒。無理をして風を操作しているが為に、消費するエネルギーも尋常では済まされない。

 だが、完成された腕は正しく化け物の腕だった。その熱量を傍で感じなくとも、自然に距離を取ってしまう程に。

 桁が違う。質が違う。兵器という括りに嵌め込もうとするには、あまりにも彩斗が作り上げた腕は生物的過ぎる。別の意識を持っているかの如く鋭い指は時折痙攣し、流れる炎は血流のようだ。

 

 その腕を作り上げて何をするのか。突撃させた腕は海中に潜り――次の瞬間には悲鳴と共に亀の身体が海から宙に引き摺り出される。

 炎の手で掴まれた身体は解放を求めるように四肢を動かすも、宙に浮いている所為でまるで意味が無い。このままその腕で潰すのかと皆が思ったが、炎の手は自衛隊達の居る方向とは反対に投げ飛ばした。

 遠くまで投げられた身体は盛大な水飛沫を上げて再度海中に叩き付けられる。攻撃ではなく距離を取ることを優先したのは、一先ず日本から引き離したいからだろう。

 

 亀の速度は遅いが、その分だけ大きな射程を有している。戦闘をするにせよ、あの亀相手に接近戦をするのも無謀だ。

 身体がひっくり返っている内に隊長格は通信機で彼等の後方に居る潜水艦に指示を送る。内容は単純明快、魚雷攻撃による撃破ないし損傷だ。

 確実に倒せる保証は無い。いや寧ろ、倒せないと思うのが普通だ。以前の戦闘でもミサイルが怪獣の装甲を一部破壊することはあっても、致命傷となる傷を付けることは出来なかった。今回もそうなるだろうと考え、突然ヘリ内に警告音が鳴る。

 

「何だ!?」


「巨大な熱源反応。 発生源は不明体二号です!!」


 サーモグラフィに映る怪獣の身体が末端まで赤く染まる。そして、轟音と共にひっくり返った火山が小規模な噴火を起こした。

 マグマを噴き出しながらひっくり返った状態で海中から姿を現し、空中で回転して元の状態に戻す。実に器用な動きであるが、そんなことを感心している場合ではない。

 今度の亀は海中に潜り込むことはなかった。四本の足を動かして泳ぎ、砲門を各ヘリに向けている。火山は赤々とエネルギーを生み出し続け、明らかな臨戦態勢を取っていた。

 顔もヘリに居る自衛隊達に向けられている。明らかな敵意を込めた唸り声が戦域一帯に響き渡り、それが戦いの合図なのだと誰もが思わされた。

 

 時間稼ぎをする必要は無い。此処で戦う限り、亀はこの場に釘付けとなる。

 それは日本にとって都合が良い状況ではあるものの、隊員達にとっては地獄だ。悲鳴を歯を食い縛りながら耐え、一斉に無反動砲や機銃のトリガーを押す。

 マズルフラッシュと共に出てくる弾、弾、弾。人体を千回は粉砕する威力を持つ攻撃は、その端から弾かれる。

 機銃は怪獣の肌に弾かれ、爆発は表面に小さな火傷を作るだけ。その火傷も即座に修復され、まるで意味を成さない。

 その間を縫うように彩斗は近付き、全力の拳を亀の頭部に見舞う。鈍い音と共に亀の身体は僅かに後退したものの、そこまでだ。

 亀に痛痒は無く、睨む眼は彼に固定された。

 

『来いッ』


「Vaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 けたたましい声と共に開いた口で彼を噛み砕かんと頭部が伸びる。

 攻撃を避けるように頭部から甲羅へと走り、比較的柔らかい部分に拳と蹴りを叩き込む。小さな衝撃波すら伴う一撃は聞いている者に威力の程を知らしめるが、やはり亀には何の影響もない。

 シデンとは純粋な防御力が違う。誰もがそれを察した瞬間、火山が活動を起こす。

 小規模とはいえ、火山は火山。噴火と共に流れ出るのはマグマと岩石群だ。灰は出ず、降り注ぐ一撃一撃は通常の火山よりも幾分か小さい。

 それでも人間を、ヘリを接近させないようにするには十分。火を吹かせて距離を取る彩斗の目前に合わせ、亀は肩を動かして既に充填の終わった弾を吐き出した。

 

 粘性のマグマを纏った岩石を視認すると同時に腕をクロスさせるも、暴力的な破壊の塊に防御など関係無い。

 防御を引き剥がす勢いで激突を起こし、そのまま彩斗の身体は遠くへと飛ばされた。マスク内ではAMSの破損状況が伝えられ、主に腕部にダメージが集まっている。

 されど、そのダメージは軽微。音速で叩きつけられた岩石を受けてもAMSは土に汚れるばかりで破れはしない。衝撃もその殆どを後方に流されたことで骨が折れることもなかった。とはいえ、スーツ越しでも感じた残りの衝撃で腕に痺れが走ったのは事実。

 そのまま彼の身体は飛ばされ、最終的には海面に岩石と共に叩き付けられた。

 

 水中の深くで止まり、即座にマスクは酸素を流し込んで外部をシャットアウトする。幾分か身体が濡れはしたものの、呼吸は出来るし凍えることもない。

 温度調節機能も大丈夫だ。急速で温風が流れ、濡れた身体を乾燥させていく。その間に水中を出て、腕を突き出して炎を噴出させて飛ぶ。


『中々スリリングだった……!!』


『全力で飛ばしたからね。 セーフティ無しのジェットコースターの味はどうだった?』


『最高だな! もういっちょ受けたいくらいだ』


 痺れる腕を何度か振るい、怪獣の居る場所まで一気に戻る。

 マグマックスは彩斗を飛ばしたことで狙いをヘリに向けていた。砲撃を無差別に放ち、殆どのヘリは止まることを許されない。

 中には噴火時の軽石が命中したことでコックピットが操縦不能になった。振り回される機体を前に搭乗者達は必死に近くの固定された椅子を掴み、落下が終わるのを待つ。

 海面に叩き付けられた衝撃で数秒程気絶するも、流石は鍛えられた人間と言うべきか直ぐに目を覚ましてヘリのドアを開けて脱出した。

 後は別のヘリに救助してもらえればと考えるも、そもそも今は亀のターンだ。救助も攻撃も許さぬ状況では満足に相手を観察する時間もありはしない。

 

「振り回されるぅぅぅぅぅ」


「黙って耐えろ!」


 新人の叫びに即座に注意するも、ベテランの軍人たる隊員にも余裕はない。

 しかし、何事においても終わりはある。噴火の勢いは減り、動作も落ち着いたものとなった亀は静かな唸り声を漏らしながら海中へと潜っていく。

 遥か下まで進んでいく亀の姿はやがて暗闇に消え、カメラにも映らなくなった。

 彩斗が辿り着いた後には波の立つ海と沈んでいくヘリと――――海面で何とか顔を出している兵士の姿。救助活動が始まったヘリを無視しつつ、彩斗は態と耳に手を置いた。まるで誰かと会話をしているように。


『目標消失。 位置の確認を』


『了解、観測機で調査する。 五分待て』


 呟き、背後で音がした。

 ヘリの眼下には今更到着した潜水艦が居て、ゆっくりと浮上を開始していたのだ。入口を外に露出させた潜水艦はその場で停止し、ヘリと同様に救助活動に精を出す。

 この分では自衛隊は暫く動けないだろう。その間に早乙女に怪獣の画像を送っていた無人観測機を持ってきてもらうよう澪に頼んでおく。

 此処までは予定通り。逃げるに適する状況を用意して、一旦マグマックスを戦域から離脱させた。探そうと思えば即座に発見されるだろうが、時間稼ぎなんてする必要はない。

 救助活動をしている間に亀は日本の近くに出現する。その時こそが本当の戦いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る