溢れる金と溶ける金
「一、十、百、千、万…………五千万。 マジかよ」
仕事の無い休日。
前日に家に帰ってから寝ずに、彼はあることをし続けていた。
ナニカの主導の元、目標達成の為に彼等が先ず考えたのは資金の獲得だ。何をするにせよ、飛んでいくものはある。今後は会社を辞めなければならないので資金集めは絶対だ。マッチポンプ用の資金に生活費、仕送り金を全て稼ぐのは容易なことではなく、これまで通り過ごすだけではまるで足りない。
資金を多く稼ぐには転職ではあまりにも遅かった。故にナニカが出した結論は、投機によるギャンブルめいた稼ぎ方だ。最初は彩斗は全力で拒否の姿勢だったが、ナニカがデモトレードで百勝一敗という好成績を叩き出し続けた。
ナニカは数学的な思考とデモトレード内の社会的動きを予測して金を出し、その成果によって彩斗は考え方を変更。実際にこれから先は更なる賭けを要求されるのだから、こんなところで負け犬になる訳にはいかないと口座を開設した。
開設した直後に入れた資金は預金の八割である八百万。万が一全てを無くしたとしても次の職を見つけるまでの金だけを残し、後は全てをナニカに任せた。
結果は、やはりデモトレードと同じものだ。
リアルタイムで社会情勢を見て、ナニカの中だけにある複雑な数式が幾つも展開され、半ば未来予知めいた予測の果てに何回もの勝利を引き寄せた。
彼の拙い予測は全て裏切られ、反対にナニカの出した予測だけは当たっていく。
口座残高は恐ろしい早さで膨大な額を蓄え、約三日で八百万が五千万へと増大。これまでの職場での我慢が何だったのかと思う程、ナニカは呆気無く稼ぎ切ってみせたのである。
これだけあれば何でも買えるだろう。一生働かなくても良い程の額ではないが、数年は働かなくても良い生活をすることが出来る。
実際に普段使いの口座に振り込めば、その時点で税金の計算もしなくてはならない。
約束された苦労が来年には待ち受けていると思うと少々の頭痛がやってくるが、ナニカにとってはこの金額は大したものではない。
『驚くことでもないさ。 それよりもっともっと稼いで、一ヶ月で百億を目指すよ』
「百億!? ……お前、それで何を買うんだよ」
『何って、勿論機材さ。 周りにある物を見てみなよ』
言われ、彩斗は周囲を見渡す。
あるのは中古のノートパソコンに、ガラス製の背の低い折り畳みテーブルに、折り畳み式のベッド。風呂場の傍には型式の古い洗濯機が置かれ、台所にある調理器具もセール品の安物ばかりだ。
端的に言って、生活するだけしか此処では出来ない。何かを作る道具は無いし、そもそも材料すらも無い。
何もかもが無いのであれば、一から全てを用意するしかないだろう。その為の資金がコレであり、そして今日稼いだものは未だ一部でしかない。
最終地点は百億。そしてナニカの計算によれば、全てを準備し切った後に残る金額は僅かなものだと思っている。
遊びに節約の概念は無い。遊ぶからには全力で、何の後悔も残さない方が良いものだ。
『百億だと言ったけど、継続の為ならもっと必要だ。 相手も作らなきゃいけないし、此方の装備一式も作る必要がある。 今回は戦闘をメインに据えたお話だからね』
「ロボット系は収納面積が大き過ぎるからな。 人間大に収めないと管理するだけでも大変だ」
『かといって創作系のお話なんてやっても現実に寄っているから冷めやすいし、異世界系みたいな世界を作るなんてロボット系をやるよりも無謀だ。 ある程度現実から離れていて、その上で現実に近い位置。 ――まぁ、必然的にこうするしかないよね』
今回のナニカが提示したシナリオは能力バトルものだ。
平和だった日本に突如として巨大怪獣が出現し、人々を恐怖の底に落とし込む。その出現した怪獣をこれまた突然現れた特殊な能力を持った人間が倒して、厳しい世界が幕を開ける。
人間は殺さない。殺した方がリアリティがあるが、あくまでもこれは遊びだ。大量の人間の未来を変えることになると解っているが、それでも二人は苦痛だらけの世界で癒しの一時が欲しい。
とはいえ、物語を開始する為に必要な物は本当に膨大だ。金を起点とし、最初の一歩目として巨大な一軒家を買わねばならない。
その家を買った後にナニカが思考の海から紡ぎ出した超技術を現代に生み出すべく、道具や材料を揃えねばならなかった。
大前提が無謀であり、その上で更に無謀を重ねる。
そうでなければ現実は早々に変えられず、結局何時もの日常を過ごすだけ。この追い詰められたかの如く感じる瞬間に、しかし彩斗は不思議な感覚を抱いていた。
「それにしても、なんだ。 妙に気分が高揚しているな」
五千万という一生手にすることはない金額を手にしたからだろうか。
それとも現実は破壊出来るとナニカの成したことで実感したからだろうか。
胸に熱いものが流れている。期待と喜びが混ざった高揚感はこれまでの人生の中で果たして何回感じただろうか。少なくとも、中学生になってからは一度も感じたことがない感覚だ。
楽しくて仕様がない。次はまだかと騒ぎ立て、どうやれば収まるのか解らなくなっている。その感覚はナニカにも確かに通じていて、だから的確に答えを提示した。
『嬉しいね。 君がそこまで喜んでくれるなんて少し考えられなかったな。 そんなに明日が待ち遠しいかい?』
「明日? ――ああ、そうか」
嵌まったような感覚があった。
この高揚は明日への希望だ。楽しいことなどないと、退屈しかないと、そう断じていた明日に明るいものが差し込んだと彩斗の心は確信を抱いた。
胸の中で大部分を占めていた淀みは一掃され、内側には爽やかな風が吹き込んでいる。その風は何時までも彼の胸中に留まり、常に心を浄化し続けるだろう。
答えを手にして、彼はナニカに胸の中で真摯に感謝した。――俺を救ってくれて有難うと。
彼の抱いていた淀みは何時か命を蝕んでいただろう。家庭環境による歪みは精神に影響を及ぼし、果てに腐り果てた男になっていたかもしれない。
過剰であるだろうが、ナニカはこの瞬間に彼にとって命の恩人にもなったのだ。
「どうすればいいかな。 どうすりゃ、お前にこの恩を返すことが出来るんだ」
『なに、一緒に遊んでくれたらいいんだ。 最後まで踊り続けて、これからも笑ってくれればいい』
「そんなもんで良いのかよ。 何だか悪いな」
恩人に返すものとしてはあまりにも彩斗には都合が良過ぎた。
遊べと言うなら何時までも遊ぼう。共にこの遊びを完遂して、最後には笑って終わりにする。それこそが二人の人生を豊かにするもので、ナニカが求める最良の結果だ。
そろそろ休憩は終わりだとナニカが言い、彩斗もおうと投機に使うツール画面を見る。
相変わらず彩斗には出てくる情報の数々が理解出来ないが、彼の目を通してナニカが分析を行う。次々に入る指示に合わせて金を投入していき、一気に増加していく資金に心臓が小刻みに震えた。
五千五百、六千、六千五百、七千……一億。日を跨ぐ度に額は膨大になっていき、仕事にも余裕が生まれていく。停滞していた男は常人を超える速度で進んでいき、その影響は社内でも有名になる程だ。
皆が彼の一挙手一投足に注目した。視線の増えた状況に彩斗は首を傾げるばかりで、察していたナニカは口にしない。どうせこの会社に長く居ることはないのだから。
予定よりも少々遅れ、二ヶ月で目標の百億は突破した。証券口座に入っている額がバグでも起こしたように増え、その内の一部を自身の口座に移して早速買うべきものの購入に向かう。
足取り軽く目指した先は不動産。
物件を求め、ナニカの意見を取り入れながら意気揚々と扉を開けたのだった。
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