時は金なり、光陰矢の如し
何かをすると決め、その為に必死になると流れる時間は大きく変わる。
夢を追う人間であれば数十年の期間が酷く短く感じ、焦りとの戦いが始まるのだ。それは最上・彩斗も変わらない。
二十代の半ば。年を重ねれば重ねる程に夢は達成されるのかと胸の中で焦りが渦を巻いている。毎日の鍛錬に、材料集め、資金集めに製作と時間が足りないことばかり。
一日の内二つを平行して作業しなければまるで進まず、ナニカは焦る彩斗に度々落ち着きを促していた。
全ては予定通りに進んでいる。もう直ぐで全ての材料は揃うんだ。だから君が焦る必要はどこにも無い。
彩斗はナニカの言葉を聞く度、解っていると返した。焦っているのが自分だけであることも、世間は自分達の行いを歓迎しないことも、全ては解り切っていた。
妹である百合が順調に出世していたのも影響を与えているのだろう。最初の時とは異なり、彼女は今や新人スターとして各テレビ業界でも引っ張りだこだ。
新曲も多数販売され、彼女の為のイベントも開催され、テレビで彼女を見ないようにするには古風を好む放送局を選ぶしかない。
その放送局とて、視聴率稼ぎの為に彼女を起用することが度々あった。故に彼が彼女を見ない期間は長くはなく、必然的にその躍進が目に映ってしまう。
焦りを募らせた彩斗は鍛錬を終えて家に帰る。数年の歳月によって室内は彼にとって見慣れたものとなり、冷蔵庫の中身も多くなった。入れておいたお茶を一気飲みし、二階にある一室の扉を開く。
そこには防音が施された広い空間があった。家具の全てが存在せず、置いてあるのはノートパソコンと室内の三分の一を占有する機械の机があるばかり。
机の上に置きっぱなしになっていたパソコンの電源を入れ、そこで漸くナニカが言葉を送り始めた。
『まったく、君は今日も焦っているね? お蔭で予定を一部前倒しにする必要が出たじゃないか』
「う……悪いな。 お前の言葉も解ってるんだけど、こういうのは中々消えなくてな」
『まぁ、急いだ方が早めに事を起こせるのは確かだ。 だから当初の予定とは違うものを今から作ろうとしているんだからね』
モニターに表示されているのは設計図だ。
ただしそれは兵器ではない。ナニカの予定通りであれば今頃は武器やスーツの設計図を描いていた筈なのだが、それよりも前に急ぐ必要が出てきてしまった。
現在、あらゆる作業において彩斗の肉体は必要不可欠である。ナニカの指示に合わせて彼は動き、その所為で十全に鍛えることが出来ていない。そして、鍛錬の時間を用意していることで開発の時間も少なくなっている。
焦りの原因は単純に人手不足。故にそれを解決する為、ナニカはゆっくりと時間を掛けて彩斗を動かした。
設計図に描かれているのは人間だ。正確に言えば人形であり、これを作ったところで彼等の力になりはしない。彩斗の目を通してナニカはその人形の設計図に不備が無いかを確かめ、十分経過した後に別のファイルを出させる。
出てきたのは、首に巻くチョーカーと片側面に付く機械の別設計図だ。これと人形はセットであり、二つ揃わなければ彼等の助けにはならない。
チョーカー側は未完の状態だ。大部分は完成しているものの、細かい部分はまだ終わっていない。
『チョーカー部分は後だ。 先に人形から作るよ』
「おう、漸くコレを使う日が来たのか」
彩斗の目線がパソコンから外れる。
機械仕掛けの机を触り、完成するまでの苦労を思い返した。
金を貯め、鍛錬をした後に待っていたのは材料集めと設計図の作成だった。有償の使い易い作成ソフトを購入し、最初の内はどうやって使うのかと二人揃って四苦八苦したのだ。
如何に設計図を引くと言っても、元々のソフトの使い方までナニカは十全には知らない。二人でネットの海を漁ったり、公式の説明を見ながらなんとか使い方を覚え、その上で完成したのが机だ。
しかし正確に言えば、これは机ではない。一種の巨大なプリンターであり、知っている人間が見れば即座に3Dプリンターだと察することが出来る。
横縁に取り付けられたステンレスの枠組みはサーボモーターの道となり、モーター部に取り付けられたノズルから樹脂を排出してデータ通りに形を構成していく。
樹脂は特殊だ。ナニカが指示した通りに作ったので彩斗は知らないが、樹脂でありながらも鉄を超える硬度とゴムのような柔軟性を獲得した極めて反則的な代物である。
『作るのは体毛の存在しない女性体だ。 従って、完成した後に調整をしてから毛髪等を製作する』
「服は取り敢えず男性用で済ませたぞ。 完成までは確か一日だったか?」
『予定ではね。 じゃ、始めようか』
樹脂をセットし、設計図をプリンターに読み込ませる。
本来は3Dモデルを読み込ませるのだが、三面図があればそれでも作れるようにシステムを構築している。大部分を既存の3Dプリンターから抜き取ったが、今やその原型はまったくと存在していなかった。
読み込んだ機械は独りでに動き出し、ノズルから独特な臭いの漂う樹脂を排出する。換気扇を回して臭いを外に追い出してはいるが、それでも臭い自体は発生し続けているのでまったく消えない。
その様を暫く眺め、パソコンに表示されている残り時間が一日であることを確かめてからチョーカーの調整に入った。
指示に従いながらの作業であるので彩斗自身が考えることは少ない。操作方法自体は解っていても、内容の詳細を理解していなければまったく意味が無いのだから。
「にしても、女の身体で良いのかよ? 性別が無いとはいえさ」
『なに、これも考えあってのことだ。 それに男二人暮らしっていうのはむさ苦しいって言うしね?』
「そんなもんかね。 俺はお前とならどっちでも大丈夫だと思うけど」
『それについて同意見だ。 今更男か女かで対応が変わることは無いさ』
雑談を兼ねて疑問を口にすれば、ナニカは冗談交じりに答える。
本来、予定であれば女性体となることはなかった。男性の身体を作り、後方からのサポートに徹する予定だったのだ。
それが変わったのはこれまでの生活で多少なりとて意識の変化が起こったからか。大筋とは離れないようにしつつ、ナニカは遊びを入れ始めた。
その第一弾が女性体の採用である。他にも複数の案があり、そちらも順次投入する予定だ。
遊ぶからには全力で。ナニカの提案に彩斗も乗り、こうして製作は始まっている。人間一人を作り上げるのは元来常人には不可能の域であるが、生きていないことを条件に含めれば多少なりとて可能に近付く。
とはいえ、膨大な時間を要するのは事実だ。数年で完成する目途など立つ筈も無く、この速度で製作にまで至っているのは異常である。
知性においては間違いなくナニカは世界一位だ。最初から疑ってはいなかったものの、実際にその様を見せ付けられるとこれまでの生活はナニカにとって退屈であったのだと思わせられた。
企画書を作成したのも、ナニカにとって退屈凌ぎでしかないのである。
自分に理解出来ている範囲で面白おかしい世界を夢想し、それが偶発的に採用された。だから今、ナニカはやる気を漲らせて彩斗を動かしている。
謂わば情熱。謂わば願望。――なら、その夢を手折るのは彩斗の意思ではない。
一日が過ぎるのは彼にとってあまりにも早かった。チョーカーを何とか完成まで漕ぎ付け、残った時間を睡眠と食事と鍛錬に費やしたのだから。
早朝の六時。何時ものようにベッドの上で起きた彩斗は、その耳で完成を知らせるベルの音を聞いた。
一瞬で覚醒した彼は急いで二階に登り、プリンターがある部屋の扉を開ける。
そこには全裸の女性が目を閉じながら、呼吸もせずに横たわっている姿があった。
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