盛沢山の衣服

 二階でプリンターが稼働している。

 製作しているのは戦闘服だ。デザインを決定し、盛り込む機能を全て選定した上で澪は設計図を描いた。

 今回彼等が絶対に必要なのは、人類がこれまで手に出来なかったスーパーマンのような身体能力。加え、彼等の姿が露見しない為の隠蔽能力である。

 敵として製作される怪獣の体長は最小でも十m。最大でも百㎞となり、それに勝てるだけの能力を付与しなければならない。

 当然の話ではあるものの、人間が体長十mの物体とまともに衝突すれば潰れるのは人間だ。人の身体は思いの外硬くはあるが、鉄の塊を跳ね除けられる程の頑強さはない。

 拳でビルは倒壊させられないし、拳銃一発で容易く死ぬ。弱点が多く存在するのが人間であって、その弱点を補う為に団結と知恵を人々は持っていた。

 ――――とはいえ、その団結も知恵も時間の経過と共に腐敗を見せている。


 人を奴隷の如く扱う者。他者の悪事を暴いて甘い蜜を吸うことに奔走する者。欺き、裏切り、都合の良い位置に収まろうとする者。

 総じて自身が生き易いと思える方法で他者を蹴落とし、落とされた側を這い上がる余地を社会は与えない。

 例え冤罪であろうとも、悪を働いた者だと言われれば人は容易く断罪の刃を落す。調べもせず、信じもせず、この人物はこのような悪事を働いたから幾らでも石を投げて良いのだと悦楽に浸るのだ。

 澪は思う。そのような人物の頭に自分が宿らなかった事実は、確かな幸運であると。

 彩斗の環境は良いものではないが、その性根は腐ってはいない。今回のマッチポンプを許容した時点で悪と言われてもおかしくないものの、その点は澪が隠蔽し切れば良い。

 彩斗は誰かを最後まで陥れようとしなかった。その為に澪を利用しても良かったのに、彼は退屈な日々を過ごすことを諦めながらも受け入れていたのである。


 だからこそ、澪はこのままではいけないとも確信していた。

 今回の出来事で彩斗自身を前向きにさせる。夢を忘れた人間に待っているのは達観だけなのだから、もっと明るく夢に向かってほしい。

 その為の協力を澪は惜しまない。自身が教科書や創作作品等で蓄えた知識で、必ず彩斗を幸せにしてみせる。

 

「どれくらい進んだ?」


「ん、今は五割くらいだね。 もう一日経過したんだけど、まだ時間が掛かるみたいだ」


「そうか。 ま、あんなもんを作るんだからな。 そりゃ時間が掛かっても当然か」


 人工脳で考えていた意識を外に向け、食料を冷蔵庫に入れながら話し掛けてきた彩斗に明るく答える。

 その言葉に彩斗は納得を示し、慣れた手付きで一週間分の食料を仕舞いこんで椅子に座った。年数で言えば短い時間であれども、密度の濃い鍛錬を続けていたお蔭で彩斗の身体は非常に引き締まっている。

 今の身体であれば限界まで商品を入れた袋を六つ持っても平然としているだろう。既に人間の中でも上位に入る身体能力を獲得しているのだが、彩斗自身が止める気配は無い。

 弛んでしまえば何処までも弛む。それで完成した身体が崩れてしまえば、待っているのは昔の肉体だ。

 断じていた彩斗の瞳の力強さを澪は思い出しつつ、手に持っていたタブレットを彼に見えるよう置く。そこに表示されているのは、丈の長いパーカーと黒のカーゴパンツだ。


「装置の実験は億分の一単位の範囲内で済ませたから問題無いよ。 全部組み込むのは苦労したけど、それに見合うだけの性能は有している」


「パーカーに黒ズボンとか、明らかに戦闘服じゃないよな」


 黒いカーゴパンツには片側二つの合計四つのポケットが付いている。見掛けは市販品のズボンと変わらないが、そのズボンを構成する全てに対攻勢防御が施されていた。

 基本的には対刃、対衝撃、対水圧の三つ。加えて場面場面によって複数の防御機能を有している。全てを着込むことで殆どの攻撃は防げるものの、あくまでもこれを装備することで身体機能が向上する訳ではない。

 パーカーも同一だ。黒地に青のラインが入った上着は夏であれば暑苦しく感じるだろう。厚手で作られた為に生地と生地の間に別の素材を挟み、そちらは緊急時に発動するようになっている。

 フードを被ることで顔を全て隠し、首に装着しているチョーカーに追加で付けられた磁石に接続。風等によってフードが脱げる事故を避け、更に金属性のマスクを付けることで身バレ回避を補強する。

 自動でフィットするように金属は液体の如く蠢き、マスクには毒対策や圧縮された酸素ボンベが内臓されていた。

 マスクの設計図はタブレットの二ページ目に描かれ、その隣には身体機能向上用のインナースーツが描かれている。残る数ページにも手袋や靴等が描かれ、その全てが完成すれば能力バトルモノのキャラクターの完成だ。


「全部完成するまで一週間だ。 その間に、ほらこれ」


「ん? ……ああ、これか」


 澪が投げた黒い板を彩斗は危なげ無く片手で掴み、その板を見る。

 サイズは掌に収まる程度。文字も色も無い完全な黒い板は一見すると何なのかと思うばかりだが、事前にデザイン画を見せてもらっている彩斗はその正体が解っている。

 

「こいつが能力発動の鍵か」


「これからインナースーツ内に組み込むモノと合わせ、それで大気操作が可能となる。 後は特製の手袋で指パッチンをすれば――巨大な火の完成だ」


 彩斗が持つのは文字通り鍵だ。

 黒い板の内部にはインナースーツに組み込まれた風の収束と拡散を促す装置を操作するシステムが入れられ、これを首にあるボックスと接続することで風に指向性を与えることが可能となる。

 彩斗と澪が想像したキャラクター案では炎の能力を行使する人間となっていた。その為、手袋の指先部分に発火用の燃えやすい素材が使われる。

 火花に風を送って炎を大きくさせるという単純な構造だが、木や葉の役割を担う延焼材が無い。その役割はパーカー内に存在する圧縮ガスが担うのだが、防御措置が無ければ爆発的な熱量によって一瞬で人体は炭になるだろう。

 偽の能力者を作るにしてはあまりにも危険が過ぎる。常人であれば即刻止めるべきで、されど二人の中にそれは無い。

 寧ろ面白いと彩斗は口角を吊り上げていた。平凡な見た目をしているにも関わらず、その口元からは狂喜しか感じられない。

 

「耐久限界は計算上、太陽に突撃して五分は耐えられるくらいかな。 水中や豪雨の中じゃ殆ど火が出せないのが問題と言えば問題だね」


「そっちは肉弾戦で何とかするさ。 因みにこの服の名前とかあるのか?」


「安直だけどアンチ・モンスター・スーツ。 縮めてAMSにしようかなって」


「良いじゃないか。 解り易い方が一々頭を使わなくて済む」


 戦闘服――AMSは今後の活動の上で欠かせないものとなる。

 今は一つだけであるが、性能試験を受けた上で基準を満たせば予備を三つ作られることになっていた。その後に今度は澪のAMSも作られることが予定され、そちらは彼女用に別の能力を付与されることになっている。

 能力の違いにより、彩斗が着る方はtype1と設定された。澪はtype2とされ、右肩にそれぞれ白く文字が入る。

 そこまで決まった段階で澪は溜息を吐いた。明らかに困っている素振りを見せる彼女に、彩斗はどうしたと言葉で語り掛ける。

 やろうと思えば脳内で互いの意思を覗けるが、彩斗はそれをしようとしない。

 あくまでも一人間として彼は澪に接し、澪もそのことを理解しているので同様に口に出す。


「性能実験に使う場所をどうしようかなってね。 公園で試すのは流石に人目が多過ぎるし、火力を上げ過ぎたらちょっとしたことで即座に火災現場の完成だ。 能力が高いのは良いことだけど、専用の場所を何処かで確保しないとぶっつけ本番で試さなくちゃいけなくなる」


「成程……」


 AMSを試せる場所をどうやって確保するか。

 火という性質上、林や森の中で実験をするのは無しだ。では何処かの施設を借りるかとなるが、当たり前であるが使用履歴が残されてしまう。

 そこから彼等の存在に何者かが辿り着いた場合、一瞬で御尋ね者だ。かといって地下に部屋を作るにしても範囲によっては他所の土地にまで広がってしまうし時間が掛かり過ぎる。

 暫く考え、彼は手を叩いた。タブレットを動かし、ネット検索で目当ての情報を探す。――そして辿り着いた情報を澪に見せた。


「人が居なくて、船や飛行機が通らないような場所。 それならこれなんてどうだ?」


「……無人島」


 砂浜と海が大きく写された画像。その下には無人島サバイバルプランと書かれた文字が大きく載っていた。

 

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