日本恐慌
緊急速報。
その題名で出されたSNS上の情報に人々は恐怖を抱いた。
新たな怪獣の出現。現在位置と進行ルート、到達地点が記された画像は確かにヴェルサスの公式アカウントが出したデータ群だ。脅威の範囲内に居る者は早々に荷物を纏めて避難を開始し、範囲外に居る者は市の要請によって避難してくるだろう者達の為に案内や物資を準備する。
警察や自衛隊も緊急で動き出し、日本は一瞬で世界が一番騒がしい国となった。
諸外国も怪獣が進路を変更して向かってくるとも限らない。杞憂になることを祈りつつも軍隊を派遣して海岸線での防衛を開始し、その全てをネット越しに見ていた澪の口元は邪悪に歪む。
「やっぱこれだよね」
「俺達の本業ですから」
気楽な会話であるが、二人によって日本は恐慌に支配されている。
その自覚がありながらも楽しんでいるあたり、やはり二人は生来の悪者だ。隠し事が発覚すれば最大規模の懸賞を掛けられたお尋ね者として世間に追われることになるだろう。
そうならない備えはしてはいるものの、何事も予想外はあって然るべき。今回の怪獣も限り無く遠隔で操作しているのでまず二人が黒幕であるとは気付かない。
マグマックスが日本の本土を踏むまでには最大で四日が掛かる。重装甲、重武装といった男のロマンを搭載させたが故に、中々どうして速度が遅い。
純粋な速さではシデンの方が上だ。だから多少のもどかしさは感じるも、それを補う機能がマグマックスには搭載されている。
今は目標地点に到達していないのでマグマックスは何も行動を起こさないが、そこに着けば自動で亀は準備を行う。
予測した限りでは到達までに一日が必要で、新たな騒動が起こるなら明日の昼過ぎ。明日の遠足を待ちわびる子供のような気持ちで二人はマグマックスの視界を眺めていた。
今回、彼等が迎撃する位置は日本の間近としている。
海中では炎は使えず、氷の床を使おうにも深度の高い場所ではマグマックスに潜られるだけだ。一応は日本の本土を目指している設定上、明確に潜り抜ける隙があればマグマックスは潜り抜けなければならない。
「陸から十㎞。 そこが戦闘区域だよ、戦えば解るけど存外近いから気を付けてね」
「解ってる。 そもそもお前の操作で陸に上がることはないだろうに」
「僕が出来るのはそれっぽい動きだよ。 より自然体に見せるには君が一番頑張らなきゃね?」
了解と間延びしながら言った彩斗も解っている。
マグマックスが上陸することはない。そうなる前にレッドこと彩斗に殺され、レッド最強神話の贄となる。だが、そうなる為に人一倍動かねばならないのも事実。
何でもない場所でマグマックスが躓けば不自然に感じるだろうし、レッドの軽い攻撃で怯むのもまた不自然。全てにおいて全力で演技をするからこそ、偽物は本物と誤認されるのである。
騒然となるあちらこちらを他所に、二人は再度予定を詰めていく。どのような立ち回りをするか、どれだけの被害なら許容するか。全てを決めるその様子は滑稽な支配者にも映っただろう。
「父さんッ、母さんッ、準備出来た!?」
「ああ、もう大丈夫だ!」
場所は変わり、早乙女家。
避難するに当たり、一度の震災によって彼等は必要な装備を理解していた。夏服と冬服に、消耗の激しい水、更に自分達で消費する目的の食料類。手回し発電機では効率が悪いのでソーラー発電が可能な発電機も購入し、全員がリュックを背負っている。
重量物は車の後部に詰め込み、リュックに入れられる限りの物は詰め込んでいる。中には私物のモバイルバッテリーも含まれ、ガソリンの続く限り国内中を走り回れるだろう。
早乙女兄妹は先に両親を中に入れ、自分達は荷物が積載された後部座席に座る。チャットアプリで避難する旨を伝えはしたものの、彩斗達から連絡が来ることはなかった。
解っていたことだ。別段気にするようなことも無く、父親が最後の確認を促して車を発進させる。
なるべく普通の道路は使わず、遠回りで怪獣の範囲から離脱する予定だ。道中は決して平坦なものではないことを理解しつつ、なるべく全速に近い勢いで車を飛ばした。
道中では先の彼等同様に荷物を詰め込んでいる人々が居た。中には三tトラックを自前で用意した者も居たようで、他の家族の分も含めて一緒に積んでいる。
そんな光景を抜けていくと、当たり前と言うべきか渋滞に嵌まった。
「っち、なるべく狭い道を抜けたんだがな……」
「何処もかしこも車だらけ。 抜けられそうな場所が無いわ……」
早乙女達が目指すのは北にある親戚の家だ。既に父親が連絡を入れ、了承を貰っている。年末や夏休みには親戚一同とも顔を合わせているので早乙女兄妹も親戚の顔を覚えていた。
田舎も田舎。車が無ければ不便極まりない程の過疎地であるが、その分家のサイズは格段に大きい。親戚の家族は父とその息子だけなので、早乙女一家が移り住んでもまだ余裕はあった。
両親共に仕事は休みだ。震災時と同様の扱いとして落ち着くまでは特別休暇とし、他の社員も今は別々の手段で北へ南へと避難している。
「レッドさん達から電話は無いか?」
「今はまだ。 あっちは実働だから今頃は怪獣の傍に居るかも」
「そうか……そうだな。 あの人達だけが頼りなんだ、過度に連絡は送るなよ」
「解ってる。 俺達に出来るのは避難指示をSNSで定期的に流すことくらいだ。 ――あの人達なら勝てるよ」
怪獣は今回が二回目。一回目も、早乙女だけが体験した襲撃も、その全てを彩斗は圧倒していた。
単純な腕力で、暴力的な炎で、敵の攻撃をものともせずに討伐する。憧れているからこそ、早乙女の心には確信があった。必ず勝てると。
その言葉を聞いた父親も首を縦に振る。息子が信頼するのであれば信じなくて何が父親かと。
男同士の友情めいた感覚に女性陣は割り込む隙が無く、けれど確りと前を向いている様に奈々と母親は苦笑した。
大丈夫、大丈夫だ。この家族に万が一が起こることはない。如何に他者とは異なる生活をしても、根底にある家族愛が無くならない限りは皆で支え合える。
本来の道程を三倍程の時間を掛け、ゆっくりと車は進んだ。
他が緊迫な雰囲気を漂わせる中、彼等だけは何時も通りの関係を継続出来たのである。やがて親戚が待つ家に車を止めた家族一行は家に住む面々に感謝をしながら荷物を部屋に運び込んだ。
四日という期間は短いようで長い。携帯の回線は緊急時のものも含めて込み入り、SNSを開こうとするだけでも多くの時間を必要とした。
スーパーやコンビニの商品も残らず買い占められ、今だけは個人店の商品すらも買い尽くされている。それは個人店を経営する側としては降って湧いたような利益かもしれないが、少なくとも次が入荷出来ない限りは新たな利益は望めない。
工場も輸送トラックも停止し、物流は完全に分断された。最早、この国から怪獣の脅威が消失しない限り元の平和は有り得ない。
「兄貴、テレビテレビ!」
「どした?」
荷物を置き、リビングで全員が固まっていると奈々はテレビを指差した。
その方向に顔を向けると、そこには海上を飛ぶヘリに搭乗しているニュースレポーターが映し出されている。場所は怪獣出現地域からは離れ、民間の記者が接近出来る限界範囲だ。それ以上接近すれば付近を飛び回る自衛隊から注意が飛ぶか、強制的にヘリを戻されるだろう。
女性記者と思わしき人物はライフジャケットを羽織りながらもその下は私服だ。事がどれだけ重いのか理解していないのが丸解りである。
何の為に避難指示を下したのか。呆れながら見ていると、記者が口を開けて現状の説明を開始した。
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