世界よ、これが怪獣だ!

 一週間。

 調整、情報収集、鍛錬、サポート開発。出来る限りの全てを行い、今日という一日が始まる。

 快晴の空はこれからの二人を祝福しているかのようで、大きな災害も事件も起きてはいない。会社員は電車に揉まれ、学生は成績に頭を悩ませ、フリーターや無職は将来を不安視する。

 常と変わらぬ風景を彩斗はマスク越しに空から眺めた。ズーム機能によって見える全てが昨日と変わらず、幾ら眺めても面白味が無い。

 つまらない、つまらない――嗚呼、なんと世の中は変わらないものか。

 社会の在り様が変われど、その変化は非常に緩やかだ。劇的な変化など最早この世に望める筈もなく、だからこそ二人は今日という一日を非常に楽しみにしていた。

 これから社会は急速な変化を求められる。劇的な流れは進化を及ぼすか、あるいは間に合わずに破滅に至るか。

 どうなるかは各々の国人次第。ただ、と彩斗は日本の未来が明るくなることを暫く願った。

 

「――さて、いよいよ始まるか」


『現在時刻午後十四時。 お昼ご飯を食べて皆元気が有り余っているだろうから、早速走り回ってもらうとしようか』


「最初は出る必要は無いんだよな?」


『出現から十二時間は介入禁止だよ。 先ずは現状の彼等の実力を確かめなきゃね』


 遠く彩斗の眼下で、澪は自宅から確認を取る。

 一週間の中で彩斗が投げ込んだカプセルは順調に成長した。今は岩の一部として擬態し、誰もその存在を発見出来ていない。

 含有されている物質の殆どは金属と岩石。内側は金属に包まれ、外側は岩石を凝縮して身体を構築している。単純な防御力という点で言えば脆くはないものの、決して頑強である訳ではない。

 しかし、相手を警戒させるような機能を件の怪獣は有している。巨大な二足歩行の蜥蜴が脅威だと思わせられるような強さを備え、これから日本を蹂躙する為に進撃するのだ。

 覚醒の合図は澪次第。彼女が指示を下せばそのまま怪獣は目覚め、立ち上がる。そして彼女は、その合図を軽い気持ちで口にした。

 

『それじゃ、第一話スタート!』


 撮影開始。

 そんな言葉すらも聞こえそうな彼女の声と共に、タブレットを通じて怪獣に指示が与えられる。

 最初の命令は立ち上がること。遥か海の底で眠っていた怪物はその目を開き、口を開けて何時の間にか侵入していた魚を全て追い出す。

 前腕二本を動かし、岩山の如き体躯を徐々に持ち上げる。初の動作ではあるものの、怪獣は有機物ではない。身体を慣らす必要も無く、破損が無ければ本調子のままだ。

 立ち上がった怪獣は未だ海面から出ていない。眠っていた場所が海の深い部分だったので、立ち上がろうとも露出しないのである。

 命令を遂行したので、澪は次に機能の確認の為に電気貯蓄を開始。海水を用いた疑似的な発電を行い、消滅する瞬間までを計算して溜め込み続ける。

 背中から尻尾に生え続ける歪な三角形が紫に発光を始め、タブレットに映る怪獣のステータスに充電率が表示された。

 

 十割のチャージに掛かる時間は約三分。

 そのチャージを終えた場合、全力の光線を十回は吐ける。実戦で十回も吐くことはないが、限界に挑戦するのが澪の信条である。

 チャージ終了のアラームが鳴り、澪の頬は柔和に歪む。

 後は発射ボタンを押せば口から光線が放たれ、いよいよ世界中がこの怪獣の存在を知るだろう。

 澪の指が震える。期待と興奮が入り混じり、楽しみで楽しみで仕方がないのだ。どうか面白い映像を見せてくれよと最後に祈り、発射の命令を怪獣に送った。

 途端、怪獣の頭が上を向く。蓄えた電力の一割を消費し、口から怪し気な輝きが湧き出る。僅かな間隔の後――――ついに世界初の巨大怪獣の口から極大の光線が放たれた。

 

 周囲の水を蒸発させながら一直線に空を目指し、極光とも呼ぶべき莫大なエネルギーの奔流が雲を吹き飛ばす。

 突然の事態に日本中のあらゆる観測所が警戒アラートを発した。職員達は慌てふためきながら場所の確認を行い、海から出現した光の柱に唖然と目を限界まで広げる。

 明らかな異常事態。その光から何が起こるのかを確認しつつ、政府や自衛隊に緊急の連絡を送った。

 

「おーおー、でっかいなぁ」


『これでも一割だけどね。 あの怪獣は巨大なバッテリーみたいなものだから、無理をすればもっと光線を強化出来るよ』


「あれだけでどれくらいの電力があるんだ?」


『一年間は日本全てに電力を供給出来ると思うよ。 実際に測った訳ではないから確かじゃないけど』


 日本中の重要施設群が騒ぎ始める中、呑気に二人は雑談する。

 エネルギー放出こと光線は無事に確認を終えた。であれば、次は歩行だ。澪は移動命令を送り、第一歩を進ませる。

 怪獣の後ろ脚が動く。最初は滑るような動きから、徐々に足を上げた人間のような挙動へと変化していく。生物的には爬虫類を意識しているものの、あまり深く拘ってはいないのだ。人間めいた歩き方をしつつ、腕は怪獣映画よろしく肘から九十度に曲げて突き出している。

 坂道を上るように徐々に海面から浮上を行い、その姿を衆目に晒していく。

 観測所も彩斗が見ているモノと同じモノが見えている。徐々に顔を出していく巨大生物の姿に、誰もが息を呑んだ。


「おい……俺は夢でも見てるのか」


「……そう思いたいのは解るが、現実を見ろ」


「――緊急!」


 絶叫に合わせ、皆が半狂乱に陥りながら各所に連絡を行う。

 最初は彼等の報告を聞いた者達の誰もが信じられなかったが、観測所の役割は重要だ。気象以外にも温度や湿度、果てには火山の活動状況等、担う量は決して少なくはない。

 それ故に責任も多くあり、ふざけた緊急連絡を送ればクビになる程度では済まされない。

 国民の命を左右するのだ。真面目に取り組んでいなければ信頼性など望めるべくもない。加え、観測所の面々は直ぐに現在の映像をリアルタイムで政府と自衛隊に送っている。

 出てくる怪物のサイズに観測所の面々同様驚き、即座に戦闘機の発進許可が出た。パイロット達は突然の状況に驚きを隠せなかったが、緊急の二文字によって今は取り敢えず発進せねばならないと準備を進める。

 テレビにもこの情報は伝わり、全国の家庭に緊急情報を知らせた。アラートの種類は――――数年前にミサイルが日本の近くを通った際のものと一緒だ。

 


「おお、この距離でも集音すればサイレンが聞こえるもんだな。 もっと上に居た方が良いか?」


『流石に大丈夫だと思うよ。 誰だって成層圏手前で待機している人間が居るなんて思わないだろうからね。 それと、早速テレビにも緊急速報が流れてきたよ。 外は大騒ぎだ』


「良いねぇ、思っていた通りの状況だ。 次は避難誘導かな」


『怪獣が何処まで移動するか解っていないからね。 全国で避難指示が出ると思うよ。 ……おっと、自衛隊の戦闘機が来たみたいだ』


「もうか、存外早いもんだな」


『明確な危機だからね。 命が掛かれば必死にもなるよ』


 二人が話している間にも準備は進められ、目的地に向かって機械の翼が宙を舞う。

 人類の技術によって得た翼は圧倒的な速さで現場に急行し、姿を現す怪獣の大きさを間近で見る。世界最長の建物と比較すれば流石に小さいが、それでも人間が立ち向かうにはあまりにも無謀だ。

 場所が海上であったのが唯一の幸運だったろう。本土に到着されれば怪獣の一挙手一投足によって容易に建物を粉砕される。

 それに今現在、怪獣が迫ることによって津波も起きていた。

 何処までが無事なラインかは隊員には解らない。しかし、怪獣が明確な意思で日本への上陸を目指しているのは確かだ。

 そしてそれを邪魔した場合どうなるか。

 滲む汗に不快を覚えながらも、隊員達は目を背くことはしなかった。


『各機に通達。 着陸前に攻撃を開始せよ』

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