38話 本当の
俺はこの後の展開を予想しながら、覚悟を決めてリリを見た。
そのリリの顔は強張っており、怯えた表情をしていた。
「……リリ」
「……おとうさん?」
リリは俺の事が誰か分かっていなかった。
そりゃそうだろうと思う。なぜなら俺の顔は聖水によって爛れてしまい、皮膚がないような状態だからだ。
そんな俺を見てリリは怯えており、デュラハンであるガラハドがヴァンパイアを片付けてこちらへ来ると、リリはガラハドの元へ行ってしまい、腕にしがみ付いていた。
(おいおい、
そんなネガティブな事を思いながらも今は身体を再生させる事にした。
(こりゃ結構な魔力が必要だな……)
聖水を触った事がなかったが、念のためにと買っていた聖水がアンデッドに対してここまでの威力があるとは思わなかった。
俺は身体の再生を促すが、聖水の掛かった場所は再生が阻害されているように回復が鈍くなっている。
そこで俺はリリに背を向けて聖水の掛かっている場所の肉を剥がしていった。
「ひっ!?」
後ろからだが、それを見たリリがますます怯える声が聞こえた。
だがこうしなければいつまでも再生がされないままだ。
いつかはこうなると思っていたが、こんなにも早くとはな……
それもくだらない油断をしてとなると笑えないな。
「リリ……」
俺は再生の終わった元の姿でリリの側に寄って行く。
それをリリはガラハドの後ろに隠れるように俺を見つめた。
「リリ……黙っていてごめんな……」
「………」
リリは黙ったままじっと見つめている。
「隠していたわけじゃないんだ……ただ言い出すきっかけが……いや、真実を言うのが怖かったんだ」
俺はこの期に及んで言い訳がましい事を言いそうになり、すぐに訂正した。
これ以上リリに嫌われたくないしその信頼を裏切りたくない。
「俺の事を話そう。……聞いてくれるか?」
「……うん。……しりたい」
「そうか……ガラハドもよければ聞いてくれ」
リリは頷きガラハドもゆっくりと頷いた。
それから俺は生まれた時、いや……生まれる前の事から話す事にした。
「俺はこの世界の人間じゃなかった。
俺は前世では社畜の日本人で、上からの命令に逆らえずにただただ言いなりになり、サービス残業三昧。
そんな生活をしながらも平和な日本で生きて来た。
だが世界中でウィルスによる異常事態が発生し、俺は仕事を辞めさせられた。
それを機に俺はウィルス感染が少ない安全な国へ旅行に行ったが、そこは平和じゃなく治安が悪い場所であり、銃という殺戮兵器によってその他大勢と一緒に殺された。
しかし死んだと思われたのだが、目が覚めると真っ暗な洞窟にいて、俺はこの世界に生を受けていた。
それからはとても小さな骨になっていて、そこから死にそうになりながらも何とか進化を果たして、肉体を得て陽の光を克服して今に至る。
簡潔にだがこのような説明をしていた。
「俺は人間の記憶がある。だからなんとか人のいる所へ行きたくてな。だが数か月はこの洞窟というかダンジョンから出られずに、そこにいるガラハドとその主であったワイトと戦ったんだ」
「……なんでガラハドおじちゃんと戦ったの?」
「最初はワイトと争う事になった。ワイトって奴は元はこの国の王族らしいんだが、そいつが俺を配下にしたかったようでな。俺はもう何物にも縛られたくないから断ったら戦う事になってな」
「うむ。その時の儂も体を自由に動かせなくてのう。まぁこやつとの戦いは楽しかったからいいがな」
そういって大笑いするガラハド。
そんなガラハドと俺をリリは複雑な表情で見ていた。
「そんなわけでな。こいつらと戦った後に転移石。小屋の中にあっただろ? それが何だか分からなくて触ったら外に出ちまってな。その時は光耐性がなかったから痛みで死にそうになってな。そこから何とか出来ないかと痛みに耐えて光耐性を得られたから外に出て来たんだ」
「……そっか。だから初めて会った時、あそこがガムルの大森林って事も分かってなかったんだ……」
「まぁそういう事だな」
「………」
リリは何やら考え込んでいるようで沈黙が続く。
そんなリリを思いやってかガラハドが武骨な硬い手でリリの頭を撫でている。
「ごめんなリリ……。話そうとは思ってたんだが……やはり怖くてな」
「……ううん。なんとなく感じてたの。だって手とか身体がすごい冷たいんだもん」
「そっか……」
やはり薄々は感じていたらしく素直に打ち明けてくれた。
そりゃ良く手を繋いでいたからな。こんな熱の一切無い手で握られて気付かない訳がないか。
俺はどうか気付かないでくれという思いでいたが、無駄だったようだ。
「……おとうさんは人間に対して敵意とかないの?」
「特にないな。他のアンデッドは分からんが俺は特に人間を見ると、襲いたくなるとかそういうのはない」
「うむ。儂も特にないのう。これは前世の記憶があるからかもしれんの」
俺は特に人間を見て思う事もなく殺戮衝動も無い。
それはガラハドも同じようだ。
「リリ……こんな俺だけど、これからも一緒に居てくれるか?」
「……うん……うん」
そういってガラハドから離れて俺に近寄ってきて、ゆっくりと抱きしめてくれた。
「ごめんなさい……おとうさん、ごめんなさい……」
「なぜリリが謝るんだ? 黙っていた俺が悪いんだ」
「ううん! わたしが悪いの! だっておとうさんは私を助けてくれたのに、溶けた顔見たら怖くなっちゃって……」
「いいんだ。あれがなければ俺がリリを殺していたかも知れない……お礼を言わなきゃな」
そう言って俺はありがとうと伝えた。
それに対してリリは……
「うん! 無事でよかった! ……私もありがとう。何度も救ってくれてありがとう!」
「いいんだよ。……リリはこんな俺でもいいのか? これから人間に追われたりするかもしれない。俺に着いてくると大変な旅になるかもしれないんだぞ?」
「……うん。だいじょうぶ! おとうさんとなら辛くてもだいじょうぶ!」
「……そうか」
俺はそう言うのが精いっぱいで涙が出ない顔をしわくちゃにしながらリリを思い切り抱きしめた。
そのあまりの強さにリリが「おとうさんいたいよ~」と苦しがっていたが、俺は力を緩めることなく抱きしめ続けた。
「ほれ、リリが苦しがっておるぞい。いい加減やめい」
しばらくそうしていたらガラハドからストップが入った。
それにハッとしてリリを見ると少し顔が赤くなっていた。
「わ、悪い……大丈夫か?」
「うん……ちょっと苦しかったけど嫌じゃなかったから!」
「……ありがとな」
そう言って俺はリリの頭を優しく撫でた。
「しかしよく聖水を掛けようと思ったな?」
「うん……なんかそうした方がいい気がしたの」
「そうか……直感スキルが働いたのかもな」
「たぶん?」
コテンと首を傾げるリリが可愛くてまた頭を撫でていた。
「しかしほんとにおぬし達は仲がいいのう。儂の孫も元気じゃろうか」
ガラハドは遠くを見ながらそんな事を言っていた。
「おぬし達なら大丈夫だと思っとったわい。それよりもスタークがこんなに慕ってくれてるリリを、何をそんなに怯えておるんじゃと思っておったわ」
「いや、怯えてたというよりは……多分、自分が化け物だって受け入れられなかったのかもな」
自分のその言葉が真実のような気がしていた。
俺はこの世界に化け物として生まれてから考えていた。
なぜ俺はこの世界に生まれたのか。それもなぜ化け物としてなのか。
それを受け入れるのを拒否していたのだろう。
この世界では鏡が少ない。だから自分の顔を見る機会が極端に少ない。
そういう事もあり、肉体を得てからは自分は人間になれたんじゃないかと勘違いしようとしていたのかもしれない。
頭では化け物だと理解している。だが心はずっと拒否していたのだ。
しかしこれからは、この化け物の身体を受け入れていこうと思う。
なぜならリリがそんな俺でも受け入れてくれたのだから。
きっと俺は最初からリリに惹かれていたのかもしれない。
そしてなぜリリに初めから惹かれていたのか、それがようやく分かった。
あの初めて会った時、そして俺の手を握り締めてくれた時から、こんな俺を拒否しないで居てくれたと感じていたのだろう。
だから俺はリリを大切に思い大事にしたいと感じていたのだ。
「リリ……改めて、これからもよろしくな」
「うん! わたしもよろしくね、おとうさん!!」
その言葉を聞いて俺達はごっこ遊びなんかじゃなく、ようやく本物の家族になれたんじゃないかと思えた。
「いいのう……儂も入れて欲しいのう」
そんなガラハドの言葉をスルーして、俺とリリはゆっくりと抱き合っていた。
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