24話 迷い

 この2週間ほど、リリから文字や言葉を教わり、覚えたての魔法の練習やこの世界の情報を学んでいる時に、ふと気になっていたことを聞いた。


「リリ、一度母親に挨拶しておきたいんだがいいか?」

「えっ? ……おかあさん病気だから……」

「少しでいいだが」

「ん~…でも…」


 やはりリリは母親の事になると歯切れが悪くなる。いつもは元気一杯の笑顔なんだが、母親の事は異様に避けてる為に非常に気になる。母親に何かあるんだろうか?

 それから何日か経つが未だに紹介はしてくれない。そこで少し強引にリリの家に行けないか言ってみたら、渋々だが了承してくれた。俺はただ単に元気じゃないリリが気になっていただけで、正直そこまで深くは考えてなく、何かあるならそれを取り除いてやろうくらいにしか思ってなかったのだ。


 それからリリの連れられるままに家に入るが、人の気配がしない。母親がいるという事だったが、どこにも見当たらない。

 布団が膨らんでいるが誰かいる気配がない。洞窟で長く過ごした俺にはそこに生き物がいるかどうかくらいすぐ分かる。

 だからリリが何を隠したがっているのか分からなかった。


「はい、お茶です!」

「ああ、ありがとう」


 リリが指定してきた場所に座ると、リリがお茶を出してくれた。だが布団を隠すように座っている。

 そこから他愛のない話をしながらリリが切り出すまで待とうとしたが、いつまで経っても何か言う様子はない。

 ならばとおもむろに立ち布団に向かう。


「だめ! おかあさん寝てるの!」


 必死に俺が布団に近づこうとするのを止めるリリ。寝てるだの病気だのと必死に喚くが、構わず布団をめくる。


 布団をめくると丸めた布団があるだけだ。それを見たリリは見たこともないような悲しい表情をしていた。

 理由を聞こうとするがリリは半狂乱になり俺を追い出すようにして家に閉じこもってしまった。

 何か言う暇もなく追い出された俺はどうしたものかと考える。


 今回は俺のミスだ。何も考えずに踏み込みすぎた。だからこの後の選択は2択しかない。

 もうこのままリリに関わらないようにするか、それとも一生面倒見るつもりでリリの中に土足で更に踏み込んでいくか……

 俺は迷いに迷ったが、リリはまだ子供だ。ならばと踏み込む決意を固めた。


 それからは数日を掛け、リリと親しそうな奴らに当たり、リリの生い立ちから現在までを聞きに行った。


 まずは俺がお世話になっている宿屋の女将だ。リリについて何か知ってるか聞いてみると…


「リリと何かあったのかい? ……まぁあの事だろうね」


 どうやら何か心当たりがあるようで、「ちょっと待ってな」と言って奥に引っ込んでいった。


「お前がリリについて聞きたいって奴か?」


 奥から出てきたのは体格の良いエプロンを付けた一人の男だ。


「あたし旦那のデイトだよ。宿屋の名前にもなってるね。リリの事を聞いてみな」


 女将のビレイがそう言って来た。きっと自分よりも旦那の方が詳しいんだろう。俺は素直にこの男に聞く事にした。


「リリの家に行ったら誰もいなくてな。布団は丸まった布団が中に入ってるだけで母親らしき人はいなかったんだ」

「そうか……リリはまだ引きずってるのか」

「引きずる?」

「ああ、リリの母親はもう死んでるんだ。もちろん父親もな」

「もう両親がいないのか?」

「いないな。母親は1年位前か……父親はリリが生まれて間もなくだな……俺と一緒に冒険者をしていた奴だ」


 なるほどな。だから女将はこのデイトに説明を任せたのか。


「それで、何でリリは母親は居ると思って生きてるんだ?」

「何? …それは知らん。そうか……まだ立ち直れてなかったのか。……昔からリリは母親にべったりでな。母親のリッドはリリが小さい時からずっと働いていたから、リリはずっと寂しかったんだろう」


 それでリリは母親にべったりで、何かにつけて母親に付いて回っていたらしい。

 それが物心付くまで一緒にいたから、母親が死んでからは家から出てこなかったそうだ。

 それを心配したギルド長が無理やり家に入ったら、リリは飲まず食わずで死にかけていたらしい。

 それで急いで外に出して食事も食わせたりしたようだ。


 それからは目の前のデイトもリリを気に掛けているらしい。元々気に掛けていたが、この出来事以降は更に気に掛けており、元気になったと思っていたらしいが、それが違うと分かって悲しんだ顔をしていた。


 その後は露店の親父共に話を聞いたりしたが、詳しい話はあまり聞けず、俺は合いたくない奴の所へ行くことにした。


 次はギルド長に話を聞くために冒険者ギルドに向かう。正直行きたくないが仕方ない。

 重い足取りで冒険者ギルドに向かい受付のマリネにギルド長を呼んで貰う。

 そう簡単には呼べないそうだがリリの件だと伝えると、少し複雑な顔をして呼んでくれる事になった。


「スタークさん、ギルドマスターがお会いになるそうです」

「ああ、奥の部屋か?」

「はい、今お連れします」


 俺はそういうマリネに付いて行き、ある部屋の前に来た。


「ギルドマスター、スタークさんをお連れしました」

「入ってくれ」


 そういうとどうやら俺だけで入っていいそうだ。

 俺は遠慮なく入り、話を切り出す。


「急になんだ?」

「リリについてだ。知ってること教えてくれ」

「リリに何かあったのか? お前が何かしたのか?」


 そう言い俺を睨みつけてくる。その目は何かしていたら容赦しないと物語っているほど鋭い眼光をしていた。


「何かしたって言えばしたな」

「てめぇ! 何しやがった!!」

「家に入っただけだが」

「……家?」


 すぐに殴り掛かって来ない辺り、少しは自制できるようだ。少し意外に思いながらもリリの家での事を話す。


「……そうか……まだリリは吹っ切れてなかったか…そりゃそうだよな……」

「リリの事、それから母親が死んでから教えて貰っていいか?」

「……リッドが死んでからか」


 何やら重そうに話しだすギルドマスター。俺は黙ってそれを聞く。


 リリの両親は父親のダッドが冒険者で母親のリッドは花屋だったそうだ。

 そこでダッドが一目惚れして猛アタックの末、リリが生まれたようだ。

 それから暫くは幸せな生活だったが、ダッドが魔物に殺されてから生活が一変した。

 まだ幼いリリを一人で育てるには厳しく、昼夜ずっと働いている訳にもいかないから、最低限の生活をしていたようだが、リリが物心付いてからはリリの為と思って、そこから昼夜共に働き出したらしい。


 リッドはリリの為と思って働いたがリリはそれが寂しかったようで、どこを行くにも着いてきたらしく、一日中ずっと一緒だったようだ。

 仕事で話せない時も黙ってじっとしていたらしく、見かねたギルドマスターがリリをギルドで預かったりしていたらしい。そのためギルドも冒険者達もリリには優しいのか。


 だがリッドは無理が祟って身体を壊し働けなくなった。それでリリが幼いながらも働き出したが、薬も買えなくて徐々に衰弱。

 ギルドマスターもそれを知った頃には手遅れだったらしい。


 まぁ逐一調査して調べるわけにも行かないしな。一人だけに贔屓にしてるわけにもいかんだろう。


 そうしてリッドが亡くなったことを知ったギルドマスターが家に行くが何の反応もなく、数日が経っても音沙汰なしで、まさかと思いドアを破壊して中に入ったようだ。

 そしたら中ではリリが倒れており衰弱死寸前の状態だったようで、なんとか治療して持ち直させたらしい。

 そこからギルドでしばらく面倒を見たら元気になったから大丈夫と思って、たまに仕事を与えたりしていたとか。


「一時は危なかったが立ち直ったと思っていたが、未だに母親が生きていると縋っていたとはな……」

「まぁそれだけ母親が全てだったんだろう」

「……正直とても不本意だが……おまえさんにリリの事を託してもいいか?」

「あんたはどうなんだ?」

「俺はリリがこんな状態だとは気付けなかった……今はお前の方が必要だろうよ」


 目の前の男は苦渋の顔をしながら俺に託して来た。


「……元より覚悟は決めていたさ。家を壊すが大事にするなよ?」

「分かった。事前に役所に通達しとく。……助かる」

「気にするな」


 そうと決まればすでにリリが閉じ籠ってから数日が経っている。なので早速行くことにしようかと思ったが、先に役所に行ってからだと言われ、数時間ほど間を開ける事にした。

 その間、俺は考える。リリを家から出すのは簡単だ。だが家を出した後どうすればいいか……

 まぁある場所に連れていくしかないんだろうな。


 そう思い俺は時間になったからリリの家に行く事にした。


 リリの家は少し貧しい人達が暮らす狭い一軒家が並ぶ地区にある。そこで俺はドアをぶち壊して中に入るが、本当に捕まらないようにしてくれてるんだろうかと、ふと心配になった。

 これでもし捕まって俺の正体がバレようものなら洒落にならないからな。そうならないためにも今まで大人しくしていたというのに……

 まぁそうなったらなったでいいかと少し気楽に考え、目の前のドアを蹴破った。

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