25話 新たな関係
俺はリリの家のドアを蹴破った。
中にリリらしき人がいるのは気配で分かる。だからあまり強くすると中のリリに当たるかもしれない。 なのであまり飛び散らない程度にドアを蹴る。
そこそこの破壊音と共に良い感じの壊れ具合で、ドアを外に放り投げて家の中に入る。
そこには布団にしがみ付いたまま、ピクリとも動かないリリの姿があった。
俺はギルドマスターが以前は衰弱死寸前でという事を言ってたのを思い出し、すぐさまポーションを魔法袋から取り出し、リリに近付く。
リリの身体を起こすが意識はないようだ。そしてやはり身体は衰弱しており何も食べず飲まずの状態という事が分かった。
それから俺は持っていたポーションをゆっくりとリリの口に近付け、器官に入らないようにゆっくりゆっくり飲ませた。
最初は少し咽たが、徐々に飲めるようになり、か細い呼吸から普通の呼吸に変わるのを感じ安堵した。
このまま死なれたら俺が殺したようなものだからな。対価を支払っているとはいえ、死んでしまったら寝覚めが悪い。
だから俺は踏み込むことにしたし、この判断は正解かはこの後分かるだろう。
それからはリリを俺の宿屋に連れ出して、起きるまで見守っていた。
その間、リリを連れ去ったと噂されたが、ギルドマスターが手配していた事から騒ぎになる事は無かったと後から聞いた。信用はしてなかったが助かったと思った。
そしてリリを連れ出して1日と少し。
ようやくリリが目を覚ました。その第一声が…
「……お…か……さん…?」
それを聞いて色々と考えていた言葉があったが、何も言えなくなってしまった。
だがもうここまで来たのだ。リリの強さに掛けるしかない。
「違う。お前の母親はもう死んだ」
「え? ……スタークさん?」
「そうだ。俺はお前の母親じゃない」
「……おかあさんの夢を見てたの」
「そうか」
そりゃ夢にも出てくるだろう。死んで一年も経つのにずっとその体無き存在に縋りついて生きてきたんだからな。
俺はリリが意識がちゃんと戻り話せる事を確認して、母親について教えて貰う事にした。
「わたしのおかあさんはね…」
リリが語ったことは大体が聞いていた事と同じような内容だ。だがリリの思いは聞いているよりも遥かに大きい。
元々この地区は子供が多いが、亡くなる者も多く、リリは物心付いた頃には幼馴染などは少し会わないうちに軒並み亡くなっていたようで、その子供ながらの恐怖から母親と離れたくないと思ったらしい。
それからは常に母親といるようになり、仕事に出ていてもそばにいる。それが当たり前になった。
だが母親が病気になり、今度はリリが働きに出るが、リリは常に家にいる母親の事を考えるようになり、仕事中はいつも母親の事を話していたようだ。その仕事は街の中の仕事、宿屋だったり露店だったり様々で、冒険者ギルドもリリに出来そうな仕事があれば回してくれていたらしい。
リリはその人々の優しさを感じ取っていたが、やはり母親が一番で、そこに縋って生きてきた。
だが幼いリリでは大したお金を稼ぐことは出来なく、薬なんて買えるわけもなく母親の病態は悪くなる一方で、ついには亡くなってしまう。
その事実を受け入れられなくて、家から出れずいつしか意識を失っていたようだ。
それをギルドマスターが助け出してくれたらしい。
葬儀は冒険者ギルドが開いてくれたらしいが、それを受け入れる事は出来ず、母親が生きていると思っていつもと同じ生活をしてたら、なんとなく母親が近くに入てくれるような気になって、それからはまた母親の偶像に縋って生きてきたようだ。
「わたしも分かってたの……これじゃダメだって。 でも……」
リリは頭では理解していても心が拒絶していて、それをズルズルと引きずってここまで来てしまった。
なら俺はリリは頭で分かっているならと、事前に聞いていたある場所にリリと一緒に向かう事にした。
「リリ、一緒に来てほしい場所があるんだ。歩けるか?」
「うん…大丈夫。でもどこ行くの?」
「来ればわかる」
俺はそれ以上何も言わずに、少しフラつくリリの手を取りながら歩いて行く。
まずは心配していた宿屋の主人と女将のデイトとビレイが駆け寄ってきた。
「リリ! 大丈夫なのかい?」
「うん……ごめんねおばちゃん」
「ばか! 謝るやつがあるかい!」
それからは気付かなくてごめんと、言わなくてごめんとお互いが謝っていた。
それからはいつでも食べに来なと言い、俺が内緒で朝食分を払っていた事を暴露され、リリに見つめられ、俺は少し気まずい顔をしながら早々に宿を後にすることにし、今度は露店などを順に歩いて行く。
そこでは親父さんたちがリリにいつも通り声を掛け、そして最後に冒険者ギルドに行くことにした。
ずっと待っていたのか受付嬢のマリネとギルドマスターがすぐにリリに駆け寄ってきて、色々と話し掛けていた。
やはりお互いが謝り合う光景が見てとれて、冒険者達からも何か困ったことがあれば遠慮なく頼れと言われて、リリははにかんだ様な笑顔を見せていた。
それから俺はギルドマスターとマリネからお礼を言われ、俺は役所の報告に対し感謝を告げ、冒険者ギルドを後にした。
「どうだ? お前の母親以外にもリリを思ってくれてる人は沢山いるんだぞ」
「うん…」
「それはリリが今までしっかりと働いて生きてきたから、皆もリリを思ってくれてるんだ。それを母親しか居ないと思っちゃだめだ」
「……うん」
俺の言葉は届いているだろう。だがまだ足りないと感じ、当初予定していた場所へ向かう事にした。
街から出て少し歩く。そこは街のはずれにある小高い山の上だ。
そこにはこの街で亡くなった人々のお墓が並んでいた。
「ここって…」
「そうだ。お前の両親が眠っている場所だ」
「……」
俺がわざわざここに連れてきたのは現実を見せる為。もう亡くなってしまった両親はここにいるという事をきちんと理解させる為に連れてきた。
頭で分かっているならそれを更に理解させる、それで心がそれに引っ張られていくのではと思ったのだ。
「リリ、お前の思っている両親はここに眠っている。お前の心にもいるだろうが、それは思い出だけだ。 両親が自分達の思い出だけで生きていて、前に進めない今のお前を見たらどう思うんだろうな?」
「……分かんないよ…」
「きっと悲しむんじゃないか? いつまでも忘れないのは嬉しいと思う。だがそれが全てに思ってしまって、いつまでも自分たちが生きているような生活なんてして欲しくないだろう。お前は未だに薬も買ってるんだろう?」
「……うん」
「ならそんな高いだけで無意味な物を買うよりも、自分の為に少しでも使ってほしいんじゃないか? お前の両親はそんな薬よりも、ちゃんとここに来て花の一つでもくれた方がうれしいんじゃないか?」
「………」
「お前はここに一度も来てないだろう?だからこれだけ汚れてるんじゃないのか? お前の大切な両親の墓が」
リリは俺の言葉を黙って聞いており、目の前の両親の墓を見つめていた。
その墓はきっと数年は放置されており、石はコケが付き、その周りには花の一つもなかった。
誰かが花くらいは上げてる可能性もあるが、それも今は見当たらない。
「人が死ぬという事は2度あるという。一度目は体が亡くなる事。そして二度目は人々の記憶から無くなる事。この墓というのは人々の記憶に残す為の物でもあるんだ。お前の両親を
「…………」
リリは何も答えずただただ両親の墓石を見つめていた。
俺はこれ以上は言う事はないと、静かにリリを見守る事にした。
それからどれくらい経ったか。出てきたのは昼頃だと思うが今ではもう陽が傾き出した。
その間、リリはじっと墓石を見つめたままだった。
俺は日に照らされて焼けそうな肌を新しく買っていたローブに隠しながら、じりつく肌に耐えながら、じっとリリが動くのを待っていた。
それから陽が落ち暗くなろうとする頃、ようやくリリがこちらを見上げた。
俺はその瞳を見てもう大丈夫と直感した。
その瞳には力強さが込められ、明確な意思が感じられた。これから母親の幻影に縋って生きようとする者の目じゃないと誰もが分かるほどの力強さがあった。
「スタークさん、ありがとう」
「いいさ、子供は大人を頼ればいいんだ」
「うん! これからはちゃんと前を向いて歩いて行くよ」
「ああ、それがいい」
「なら……頼ってもいいの?スタークさん」
「ああ、頼れる物は頼ればいい」
そこでリリが眩しいほどの笑顔を向けてきた。
リリが一呼吸置いてから何か言いだした。
「スタークさん、ありがとう……これからよろしくお願いします」
「ああ……え?」
「ふふっ……これから一緒だよおとうさん!」
「お、おと……?」
「ふふっ。だって頼っていいんでしょ!」
お父さんと言われて若干慌てている俺を置き去りにして走りながら振り返った。
その笑顔は更に眩しく弾けんばかりの輝きに満ちていた。
俺はそれが見られるならと、リリの気の済むまで付き合う事にした。
いつか俺の事を知られるその時が来るまでは、その笑顔を守って行こうと思いながら……
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