35話 決別と因縁
ガラハドにユルブローに一度戻る事を伝え、転移する事にした。
「ではな。2・3日したら戻る」
「うむ。しかし2・3日したら戻るという事はここはユルブローから1日程度の場所なのか?」
「いや、違うな。つい最近、楽な移動方法が身に付いてな。行くぞリリ」
「はーい!」
そう言ってリリの手を取り転移を発動する。
場所はあの丘で良いか。
それから一瞬でガラハドの前から消えて見せた。
次の瞬間にはかなりの範囲がボロボロにされたリリの両親が眠る小高い丘の墓地にいた。
「……やっぱり結構壊されたな」
「うん……でもおとうさんのおかげでおかあさん達のお墓は大丈夫みたい!」
「ああ、よかったな」
リリの両親の墓の前に行くと、そこは若干結界が傷付きヒビが入っているが、それでも未だにしっかりと結界が張られていた。
「実は結界が耐えきれるとは思わなかったんだが、意外といけるもんだな」
「うん! おとうさんの結界すごい!」
俺の結界だけじゃ危なかった所を見るとリリに結界を張らせて良かったと思った。
ただまぁここは丘になっているからそんなに魔物は来ないと思ったんだが、予想通りだったようだ。
それよりもここがそこそこ破壊されてるという事は、街はかなりの被害がありそうだと想像が出来る。
「じゃあリリ。街に行くが覚悟はしとくんだぞ」
「……うん。だいじょうぶ」
健気にも強がるリリだが、その顔は強張っている。
それも仕方のない事だろう。生まれ育った街が破壊されているなどと考えた事すらないだろうからな。しかし現実を見なければ始まらない。ならばさっさと行く事にする。
それから歩いてユルブローの街へ向かうが、街へ行く途中の道は酷い有様だった。
街の外壁はほとんど壊れており、森の木々も倒され粉々だ。
よほどの数の魔物が押し寄せて来ていた事が分かる。
「おとうさん……これ全部魔物が?」
「ああ、数万居ると言ったろ?それが来たらこうなるだろうな」
「………」
あまりの惨状に言葉を失うリリ。だが街の中に入るとさらに酷かった。
住民の家はボロボロになっており、とても住める状況じゃない。
だが避難は出来ていたのか死体は殆どが魔物であった。
「住居は壊れてるが人間は死んでないな」
「……うん……よかった」
それからは街の奥へ行くが次第に無事な住居が増えてきた。
思ったよりも街の前半部分で食い止められたのか、街を見て回ってみたが1/3程度が全壊、そこから半壊、森から一番奥の部分は無事に残っていた。
1千人にも満たない程度の街だがそこそこ広いせいか道も広く、冒険者も戦いやすかったのだろう。
それ故に街に入って来た魔物も退ける事が出来たのではないだろうか。
ある程度街を見て回ったら状況が理解できた。
そこで無事とは言えないが、そこまで損壊の酷くなかった冒険者ギルドに行く事にした。
そこでは戦っていた冒険者達が集まって様々な指示を出しあいながら
「今は入るのをやめとくか」
「おお! リリ! 無事だったか!」
人の多さに入るのを止めようかと思ったら声を掛けた人物がいて、そちらを見るとそれはギルドマスターだった。
「魔物が来る前にリリを探したんだが居なくてな。お前が連れて行ってたのか?」
「ああ、どうせ街にも来るだろうと思ってたからな。先に安全な場所へ連れて行ってた」
「そうか……まぁ無事だったならいい。しかしお前は戦わずにリリと逃げていたのか?」
「いや、リリを送った後、雑魚共の掃除をしてた」
本当はドラゴンゾンビと戦ってたが、言うと面倒な事になるのは判りきってるので誤魔化しておいた。
「ところでもうスタンピードは完全に収束したと考えていいのか?」
「ああ……街は結構な被害が出たが、飛竜部隊や他の街の冒険者達が頑張ってくれたしな」
「じゃああのドラゴンゾンビも倒せたのか?」
「倒せたらしいな、今報告を受ける所だ」
「そうか」
そう言って落ち着いたら全ての冒険者にも報告があるだろうと言い、実務に戻っていった。
その背中を見送った後、今度はリリの家へ行く事にした。
「とりあえずリリの家を見に行くか」
「うん……無事かなぁ」
「………」
俺は何とも言えずに黙るしかなかった。
リリの家は街の門から近かったからな。きっと駄目だろう。
最初に見に行っても良かったが、それだとショックがデカいだろうと後回しにしていた。
それでもいつかは見に行かなけりゃ行けないので、気が重いが今から行く事にする。
「………」
リリの家に着くとやはりそこには無残にも壊されてしまっていた家の残骸があった。
それ見てとても悲しそうな顔をするリリの表情がとても印象に残った。
「リリ……大丈夫か?」
「……うん……おかあさんの思い出の場所が壊れちゃった」
何かを耐えているのか少し震えている体を俺は抱き寄せた。
「リリ……悲しい時は泣いていいんだぞ。我慢するな」
「うん……うん……おかあ…さん……うわぁあああん!!」
ずっとこの場所で育ち、死んでからも大好きな母親との思い出を頼りに生きてきたリリにとって、この場所はこの世のどれよりも大切だっただろう。
だが壊れてしまった。本当なら結界で守れば良かったのだろうが、さすがにこの家だけが無事だと後々災いの種になる。
避難場所から戻った身勝手な奴らが、なぜ自分たちの家もやらないのかと大勢押し寄せるだろう。
そうなるとリリが被害にあう可能性が高いし、この街すらも嫌いになってしまうかもしれない。
それは家が壊れるよりももっと酷い事だろうと思う。
リリには悪い事をしたがそれでもここはリリの精神力に掛けるしかない。
「落ち着いたか? リリ」
「……うん。もう大丈夫」
しばらく泣いていたリリだが、ようやく泣き止んできた。
この場所では誰も来ない。だからいくらでも大声で泣けた。
それからリリが落ち着くのを待ち、これからの事を話す。
「リリ……これからどうしたい?」
「………」
抱きしめたままのリリは何も答えない。なのでリリの口から自分がしたい事、そしてこれからどうするべきかを聞く為にじっと待った。
「……おとうさん」
「ん? なんだ?」
「……わたしね」
「ああ」
「……おとうさんと一緒にいたい」
「……そうか」
そう言うとリリが不安げに俺を見上げた。その瞳は潤んでおりまた泣きそうな表情をしている。
「おとうさん……だめかな?」
「……駄目なわけないだろ?」
「……じゃあ」
「だが俺はこの街から離れるぞ。それでもいいか?」
「……うん。……それでもおとうさんと一緒にいたい」
「そうか……なら大歓迎だ」
「おとうさん!!」
そう叫んだリリがまた涙を流しながら更に強く抱き締めてきた。
リリがこの場所から離れられるとは思わなかったが、きっちりと気持ちを切り替えて今を生きようとしたようだ。
それを俺は嬉しく思いながらリリを受け止める。
しばらく抱き合っていたが、これからこの街を出ないといけないから色々と準備をしないとな。
特に食料だろう。俺やガラハドは魔力を取ればいいが、リリはさすがに肉だけだと駄目だろうな。
なので森で採取したり近くの街から食料を買って来ないとな。
「もう大丈夫そうだな。この街から離れる事になるが大丈夫か?」
「うん、おとうさんがいるなら大丈夫!」
「そうか……たまにはお墓に行ってやろうな」
「うん!」
リリはとても良い顔で笑顔を向けて来る。その笑顔をなるべく守りたいと思った。
それからはギルドマスターにだけでも伝えようと冒険者ギルドに行くと、どうやらお偉いさんが来ているようで、冒険者ギルドが静まり返っていた。
そこで受付嬢のマリネに話を聞くと、「あの飛竜部隊が来てるんですよ!」と、興奮気味に話した。
「そうか……飛竜部隊が来てるのか」
さっき言ってた報告を受けるというのは飛竜部隊からだったのだろう。
それなら色々と話しているんだろうと思い、万が一にも俺が魔物という事をバレたくないので、マリネに伝言を託す事にした。
「そうですか……出て行っちゃうんですね」
「ああ、悪いな。復興を手伝えなくて」
「いえ、それは大丈夫です。王都で色々と手配してくれるそうなので。でもリリちゃんはここから出て行っても大丈夫?」
「うん! おとうさんと一緒だから!」
「そう……分かったわ。元気でね?」
「うん! マリネさんも!」
「ええ……それではリリちゃんの事はギルドマスターに伝えときますね」
「ああ、よろしく。ではな」
「はい……あの! ……リリちゃんをよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げるマリネ。それを見て、リリは本当に冒険者ギルドの面々に愛されていたんだなと感じた。
「リリは任せろ。ユルブローも復興する事を祈ってる」
「はい、こちらはお任せください」
そう伝えた後は、伝言を任せリリと共に街を出る事にした。
「おとうさん、もう街を出ちゃうの?」
「ああ、正直復興を手伝ってもいいが、俺とリリが居た所でたかが知れてるからな。なら無駄飯食らいはいない方が復興も早く進むだろう」
(本当は飛竜部隊のトップの奴らが来てるらしいから、万が一にも会ってしまい、俺が
リリには悪いが俺の事情を優先してしまった事を心で詫びる。
「あの家はどうするの?」
「あの家は借家だったろ? なら家主がなんとかするだろ」
「そっか、なら早くガラハドおじちゃんの所へ行こ!」
「今更だがリリはガラハドの事が怖くないのか?」
「うん! 最初は怖かったけど、わたしに何かしようというのがなかったし、話してるとあの身体だけど人間臭くて面白かったから!」
「まぁな。人間臭いというよりはジジ臭いがな」
そう言うとリリが少し笑う。
リリが怖くないなら良いかと俺は街外れに行き、周りに誰も居ないのを確認してからあの場所へ転移した。
その頃、冒険者ギルドのギルドマスターの部屋では……
「うぬぅ……よもやあの時のドラゴンが蘇って来るとは……」
「ええ、以前にギルドマスターになる前のあなたと一緒に、倒したはずのガムルの大森林の奥地にいた地龍が、こうやって蘇って来るとは予想外でした」
「最後は深い谷に落ちていったんだったな」
「はい。あの谷はデーモンスパイダーやハーピー共が大量にいて、調べる事は出来なかったですからね」
「ちっ……谷に落ちる前に仕留めきれなかったのが悔やまれるな。今回の事、礼を言うアレクセル」
「いいんですよ。あのドラゴンはあなたと一緒に倒したものでしたから。ならば飛竜部隊の責任でもありますからね。だからこそあなたはこんな小さな街に残る事にしたんでしょう? 元Sランクのガルフさん」
「……さぁな」
そうぶっきらぼうに話すガルフだが、その顔は過去の清算を出来たことでいつものしかめっ面がやや抑えられていた。
「では魔物も全部倒せたので、復興はこの後に来る者たちに任せて戻ります」
「ああ、助かった。シャレード王には礼を言っといてくれ」
「了解。ではまた」
そう言って帰っていく飛竜部隊隊長のアレクセルと他の隊員達は、颯爽と魔物を全てなぎ倒して帰っていったのだった。
それを見守っていた一人の女性がいた。
「もうここに留まる理由もないですね。どうしますか?」
「……それはお前もだろうマリネ」
「はい。リリちゃんもスタークさんへ着いて行ってしまうみたいですしね」
「何!? ほんとか!? ……うぬぅ……リリが決めたのか?」
「ええ。無理やりな感じは一切なかったので自分の意思かと」
「……ならいい。あいつならそうそうにリリを死なせないだろう」
「本当にリリちゃんが好きなんですね。それに随分スタークさんを買ってるようで。それでこの後はどうしますか? もうギルドマスターは辞めますか?」
「リリは孫のような存在だったからな……それに俺はそんなに簡単に今の職を辞せない。だがただの受付嬢のお前はどうするんだ? 侯爵家令嬢のマリネ殿?」
「……私も結構長くここに居ましたから……なのでしばらくは居ますよ」
「お前の親父がやるといったガムルの大森林の調査をしたが、最奥の地で地龍の最後を見とれなかったからと、お前が残る事は無いだろうに」
「いいんです。領民は全て大切ですからね。不安はずっとあったんです。だからあなたも残ったのでしょう? ギルドマスター」
「ああ、ずっと不安はあった。だがようやく解放された。あとは復興したら余生を考えるさ」
「まだ早いですよギルドマスター。Sランクのその力はちっとも衰えてないじゃないですか」
「あのドラゴンが来た時の為に鍛錬はして来たからな。だがやはり衰えた。これからは好きに生きる」
「ええ、そうしてください。私も全てが終わったとお父様に伝えてきます」
「ああ、早く行って安心させて来い。もうすぐ復興部隊も来るからな」
そういって全ての禍根を清算し終えた二人の顔は、とても晴れやかな表情をしていた。
これはスターク達が知らない、もう一つの物語であった。
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