EX5 ユルブロー防衛戦

 各街から集まって来た約1千人の冒険者達が一人の男の話を黙って聞いていた。

 その千の視線を一身に受けても動じない強き漢。

 その男は元Sランク冒険者のガルフという名のギルドマスターだ。


「お前達! よく集まってくれた! ここには数万の魔物共の群れがやって来る!!」


 そう言ってガルフはゆっくりと1千人の冒険者を見渡した。


「怖気づいている者もいるな。そういう奴は街の防衛をして貰う。だが勇敢な者達は街の外に打って出て貰う! この街は防衛用に作ってはいるが、長年何も起こらなかったので古い外壁のままだ! きっと耐え切れはしない。ならば! こちらから打って出ようぞ!!」


「「「「おおおおお!!!!!」」」」


 怖気づいた者は黙り、勇敢な者は最強の一角であった元Sランク冒険者のガルフの言葉に声を高らかに上げた。


 「各街から来た者共の事は、そのリーダーの判断に任せる! だがビビっている奴を外には出さないようにな! ……俺か? ……俺はもちろん前線に立つ!!」

「「「「おおおおお!!!!」」」」


 ここに集まった者では最高でSランクのミレイという女冒険者が一人。

 その他はAランクが数十人しかおらず、それ以下が数百人だ。

 元とはいえSランクの力を誇っていた冒険者であったガルフが街に留まっていると、とてもじゃないが数万の魔物共が数を減らせずに街にやってきてしまうだろう。


 それでは守れないとガルフは自ら前線に出る事にした。


「マリネ、街中の指揮は各街のリーダー達に任せるが、お前もどんどん口を出せ。俺が伝えとく」

「はい、かしこまりました。お気を付けて……なんて言っても無駄でしょうね」

「気を付けていたらユルブローが滅んでしまうからな」


 そう言って不敵に笑うガルフの顔は、今まで見た事も無いような獰猛な顔をしていた。


「よし! では今から1時間で編成を終わらせろ! それから魔法部隊と近接職を交互に配置する。攻撃は最初に魔法部隊の広範囲魔法を撃ちこんだら魔法部隊はすぐ戻れ! その後は街の防衛にいけ! 近接職は魔法が消え次第突撃するぞ! 俺の後に続いて来い!!!」

「「「「おおおおお!!!!」」」」


 そのガルフの言葉にすぐに編成が組まれ、ガルフも指示を出し1時間が立とうとした時、この場所での唯一のSランク冒険者であるミレイがガルフに声を掛けて来た。


「む? どうしたミレイ」

「いえね。私はさっさと前線に行こうかと思ってね」


その姿は短いショートカットの髪に水色の綺麗な髪、防備の薄い鎧に下はヒラリとなびく短いスカートを履いており、爽やかな笑顔の眩しい、少女を卒業した大人を思わせる女性だった。


「お前に指示できる奴はこの場には居ないからいいが、何かするのか?」

「何かって程じゃないんだけど、前にスタンピードを経験したらね。上位種、特に指揮を執ってるキングとかロードとか名が付く奴がいると、すぐに包囲網を突破してきて防衛側が厄介そうだったから。私が先に行って潰しとこうかと思ってね」

「……そうか。Sランクに言う言葉じゃないが気を付けろよ? 感謝する」

「いいわよ。たまたま近くにいただけだしね」

「何しに来てたのか聞いても良いか?」

「今更ね。単純に放浪の旅よ。この大陸をぐるっと見て回ってたの。そしたらたまたまスタンピードが発生してね。ウキウキでここに来ちゃったってわけ」

「……やはりSランクはイカれとるな」

「失礼ね。貴方ほどじゃ無いわ。戦斧鬼のガルフさん?」

「よく知っておったな風姫のミレイよ」

「ふふっ。貴方の話は有名だもの。一対多に得意で一人で砦を落としたとか一人で千匹の魔物の群れに突っ込んで全滅させたとか他にも……」

「もういい! 無駄話をしてないで早よ行ってこい」

「まぁ怖い。ふふっ。では行って来るわ」


 思わぬ話が出てつい怒鳴ってしまったガルフ。

 それを物ともしないで二つの名の通り、風の様に一瞬で見えなくなるミレイをガルフは頼もしいと思いながら見送った。


「そろそろ時間だ! 用意は良いか!!」

「「「「おおおおお!!!!」」」」


 その声に無事に編成は終わったようで少し安堵したガルフは、再び気を引き締めて号令を出した。


「ではいくぞ!! 突撃ーーーーー!!!」

「「「「おおおおお!!!!」」」」


それからユルブローの街の門を出て行き、予定通りに魔法部隊が魔力を練りながら歩いて行く。


 だがもう少しでガムルの大森林の始まりが見えてくるという所で、地揺れが起こってきており、これから来るであろう数万の大群を早くも予感させた。

 そして先行していた斥候が戻ってきてガルフに伝えた。


「ギルドマスター! あと15分でこの周囲一帯に魔物がやってくる!!」

「よし! ご苦労!」


 それを聞きガルフは歩みを止める様に指示を出した。

 そして……


「ようし、止まれーー! 魔法部隊、広範囲魔法の準備始め!!」


 その言葉に一斉に魔法部隊が呪文の詠唱を始める。

 それはあちこちから言葉が紡がれて、辺り一帯に高密度の魔力が高まっていった。

 それを確認したガルフはベストのタイミングでゴーサインが出せるように神経を尖らせる。


「ギルドマスター! ちらほら魔物がやって来たぞ!!」

「まだだ! 魔法部隊を守ってやれ!!」

「おいまだかよ!?」

「もう来てるぞ!!」


 ギルドマスターの号令が不安なのか声を荒げる奴らが出て来た。

 だがガルフはまだゴーサインを出さない。


 それを不安げな冒険者達が見つめるが、颯爽と現れたミレイが一言伝えた。


「何やら魔力が高まったのを感じて戻って来たわ。魔法で同士討ちされちゃ困るもの。それに近くにいたリーダー達は粗方倒したわよ」

「「「おおおおお!!!」」」


 それを聞いた冒険者達は一斉に声を上げ、不安な心を打ち砕いていく。


「お前ら聞いたか! リーダーはまだまだ来ない! 魔法部隊を雑魚くらいからは守ってやれ!!」


 そのガルフの言葉に冒険者達が己を鼓舞し魔法部隊達の前に出る。


「魔法部隊たちよ! 俺たちが守ってやるから安心して呪文を撃つのを待ってろよ!」

「そうだぜ! 早漏は嫌われるからな!」

「ちげえねぇ!!」

「「「わはははは!!!」」」


 調子の出て来た冒険者達にミレイが微妙な顔をする。


「ねぇ、さっきまで怖気づいていたの? なんで?」

「俺が魔法を撃つのを待たせていたら魔物が少しやって来てな。それでよ」

「はぁ…雑魚ほど迷惑ね。勇敢な者だけしか連れてかないって貴方が言った意味が真に理解出来たわ」

「まぁな。雑魚は肉壁にもならないどころか足を引っ張るからな。居ない方がいい」

「そうね。でもそろそろ来るわよ」

「ああ、そろそろ撃たせる。魔法部隊! 用意は良いか!!」


 ガルフの言葉に魔法部隊は黙って頷くのみだ。

 とても集中しているのが見てとれた。


 そして今にも森を超えて魔物共が一斉に押し寄せようとしている時だった。


「ようし! ……今だ! 放てーーーー!!!」


 その言葉にこれ以上は無いというタイミングで、大量にいる魔法部隊から次々と広範囲魔法が放たれた。

 それは見渡す限りの森から出てくる魔物共を一斉に覆い尽くし、風に炎にと渦巻いており、風が炎の勢いを増し、その炎が新たに風を巻き起こしと相乗効果でもって見る者の言葉を失わせるほどの圧巻の破壊力でもって魔物共を喰らい尽くしていく。


「凄い威力だな……」

「ええ、前のスタンピードの時よりも良い威力の魔法ね。指揮官が良いからかしら?」

おだてても何も出んぞ。近接職は準備しろ!!!」

「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


 目の前の圧巻の魔法を見て気分が最高潮に達しているであろう冒険者達に、更に声を掛け準備をさせる。


 徐々に魔法が弱まっていき、目に見える範囲の魔物は居なくなったのを見て、ガルフは声を張り上げる。


「魔法部隊は街に戻って防衛を! 残りは俺に続け!!」

「「「「おおおおお!!!!!」」」」


 その言葉に魔力を使い果たして座り込む者に手を貸すなどして、魔法部隊が街に戻っていく。


「ではいくぞ! 続けーーーーーー!!!!」

「「「「おおおおお!!!!!」」」」


 そのガルフの言葉に一斉に冒険者達が焼き払われた森に突撃していく。


「やれやれ……やっぱり冒険者は暑苦しいわね。だから集団行動には向かないわ」


 そんな事をいうミレイは自分一人が最後になるのを見届けてから、突風のような速度で森に入っていった。


 そこからの冒険者達と魔物達の鬼気迫る戦いは後世に語り継がれるような戦いであった。


 特に暴れ倒した者の一人は、戦斧鬼と言われた元Sランク冒険者のガルフであった。


 ドワーフがと思える程の太い腕から放たれる超巨大な戦斧を振り回し、一振りで数十の魔物を一気に殲滅していく。

 逸話いつわたがわぬその暴れっぷりは、一人で千匹の魔物を全滅させたというのも頷ける活躍をしていた。


 時折放たれる戦斧からの地面への叩きつけは、周囲数十メートルの全てを弾けさせる程の威力を誇っていた。


「がはははは! 掛かって来い雑魚共! 全部ぶった切ってやるわ!!」


 近くにいた冒険者は巻き添えにされたらたまらんと、皆一様に魔物ではなくガルフから逃げ返っていた。


「特にゴブリン共!! いつしかのリリの敵だ!!!」


 それは見かけた魔物の集団に向かっていたが、特にゴブリンに向かっていく鬼の姿にゴブリンだけでなく、他の魔物も恐れ戦いたという。



 そしてそのガルフと同等の活躍をしたのがSランク冒険者のミレイであった。

 こちらは一対多は苦手としていたが、それでもSランク冒険者の実力は確かなもので、風姫の二つ名に相応しい風の様に通り過ぎた後には全てが切り裂かれて崩れ落ちる魔物達。


 特に凄まじい活躍は、上位種の魔物をことごとく葬っていった事であろうか。


 目に付く上位種を目掛け、風魔法を見に纏い颯爽と冒険者達の危機に駆け付け一瞬で葬りまた次へ。その姿に希望を与えられ、そして心を奪われた者も多かったという。


「雑魚共は他に任せて、私は強い奴らだけ倒せばいいわね。……フォースウィンド」


 そう言ってミレイは風魔法によって自身の敏捷性を極限にまで上げ、次々と上位種を葬っていった。



 一人で大量の魔物を屠るガルフと、冒険者達が皆、苦戦し命の危機に瀕している時に駆け付けるミレイの対照的な二人により、このスタンピードによる死者は歴史的に見ても少ない程だったという。


 そしてそれに追撃するように駆け付けた飛竜部隊も見逃してはならない。

 飛竜と人間が一騎当千の力を持つ猛者の集団で、飛竜の吐き出す火炎で敵は瞬く間に数を減らしていった。

 そしてその上に跨っている竜騎士も様々な魔法や剣技を放ち、飛竜に劣らずの魔物を屠っていく。


 その活躍にさらに攻勢を強めた冒険者達が己の力以上に魔物を葬っていき、ある者は限界突破を果たしランクを上げる事も出来たとか。


 それから殆どの魔物が倒された後は飛竜部隊によって元凶であったドラゴンゾンビが倒され、ユルブローの街で初めての未曾有の危機は、最小限の被害に食い止められたと言っていい程の戦いで幕を下ろした。


 後にガムル戦記と呼ばれ、後年、語り継がれるこのスタンピードを突破した者達は、皆一様に出世をしたのだとか。


 そして一番出世したのは他の誰でもないガルフその人であった。


 自分が逃したであろう地龍の尻拭いを終わらせたガルフは、また冒険者に戻り各地を巡った。

 そこで様々な人々を助け、後年は元々組んでいたパーティーの女性と結婚し生涯を共に過ごしたいう。

 そして自分の娘が誕生し、その名前をリリィと名付け大切にしたのだとか。

 Sランク冒険者の娘も同じ血を引いているのか、その娘もまたSランク冒険者と言われたとか言われなかったとか。


 こうしてユルブローのスタンピードという未曾有の危機を終わらせたが、しかしその実態を知る者は極僅かな者しか知らなかった。


 長年、王家ですらも手を出せなかった森、それをただ一人の侯爵家の不用意な「ガムルの大森林を調査せよ」という一言で始まったとはだれも思わないだろう………

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