48話 アルラウネ


「さぁ、準備は良いか?」

「うむ。いつでも行けるわい」

「リリもだいじょうぶ!」


 俺の言葉にガラハド、そしてリリも意気込んだ表情で応えた。


 これから俺達はあのアルラウネに会いに行こうとしている。


 たった一匹でいるアルラウネ。


 そしてたった一匹であの幻想を作り上げていたアルラウネ。


 俺達はこれまでで一番の警戒しながら、アルラウネに接触する事にした。


 力で対処できるのであればある程度は何とかなるが、力以外で来られたらガラハドはもちろん、俺もリリも対処するのは難しい。

 なので俺は今までで一番の強敵だと思うし、ガラハドも一番対処が難しい敵と言っていた。


 だから準備は念には念を入れて、まずアルラウネの幻覚に掛からなくなるまで耐性を得る、もしくは数秒で対処出来るようになるまで接触はしないようにした。


 それからは俺は幻覚に掛からなくなるのに2週間ほどだろうか。

 ガラハドは掛かってもなんとかなるとか言っていたが、掛からない様になったのが1か月程度。

 一番苦労したのはやはりリリで、それは3か月にも及んだ。


 自分一人が中々思うように行かない事で焦っていたが、また街へ行って気分転換させたり、上のフロアに行ってレベル上げをしたりオーク肉を食べたりと、色々と励ましながらリリの成長を促した。


 そしてようやくリリも幻覚に掛からなくなり、アルラウネの大群に一人で(と言っても近くには勿論待機しているが)行っても、掛からなくなったのを見届けた後、俺達はついにアルラウネに接触を図る事となった。


「じゃあ危なくなったら個々で転移する事。それが出来ない時はなんとか助けを呼ぶか逃げてくれ」

「うん! すぐに転移出来るようにしとく!」

「うむ。転移場所はこのフロアの拠点じゃったな」

「ああ、何か感じればすぐに転移してもいい。一人が転移したらみんな転移するようにな」


 そう言って何かあれば転移と何度も口にした。

 正直、殲滅している時に転移をと思ってはいたが、離れた場所の魔力を感知するのには集中しなければならず、激しい戦い、それも命の危険がある時にやるのはとても難しくて出来なかった。

 なので今回はそうなる前に転移をと伝えていた。


 そして数か月掛ったが、ようやく元凶であるアルラウネに会いに行く事が出来た。




 それから俺達は3人ともが手を伸ばせば触れられそうな位置に居て、歩いて一匹のアルラウネの場所へと向かっている。

 もうすでにアルラウネの大群が見えていた場所で言うと半分以上は来ただろうか。

 ここから先は来たことが無いので、これからが本当の勝負という事になる。


「リリ、異常はないか?」

「うん! なんともないよ」


 その言葉を聞き、歩みを止めずに更に目的地を目指す事にした。


「しかしほんに広いのう。この範囲を一匹でとなるとやはり信じられんわい」

「だなぁ。見渡す限りの荒野。それが本来の姿とはな」

「何にもいないねー。みんな恐れて近付かないのかな?」

「そうだろうな、きっと」


 アルラウネの幻覚は俺達だけじゃなく同じ階層にいる魔物にも効くのだろう。

 だからこの広大な荒野には虫一匹すらいない。

 なのでとてもとても静かな場所だ。


 (なぜか風も吹いてないしな)


 俺達は数十Mほど進んでは、身体に異常が出てないか確認しながら進んだ。

 耐性を得た為か、アルラウネに近付いて行っても問題は出ない。

 しかしさらに近付いて行くとリリが異変を訴えて来たので、まずは身体からアルラウネの魔力を追い出して幻覚を消すように伝えた。

 それが出来たら俺はリリの手を繋ぎ、リリには己の中のアルラウネの魔力を追い出す事に専念して貰いながら歩いて行く。


 更に俺は結界を2重3重にしてリリに纏わせた。


 結界は強固なものではなく、密度の濃い結界を習得していた。

 強固なものは外からの攻撃には強い。

 だがアルラウネの小さな魔力には効果が出なかった。

 なので俺は硬さには拘らずに、密度を増やして外から他の魔力が入って来ないようにしてみた。


 最初は上手く行かなかったが、徐々に出来るようになり、今ではかなりの物になったと思う。

 だがそれでもアルラウネの魔力は近づけば近づくほど濃密になってくるので、2重3重で張る事で対処するようにした。


 それからはアルラウネまで50Mを切ろうかという所で、アルラウネから何かが放たれたのが見えた。


 それはガラハドにぶつかり、ガラハドの身体が少しだけ後ろに後退あとずさった。


「ぬお!? なんじゃ今のは?」

「多分アルラウネの攻撃じゃないか? そこらのアルラウネとは威力が違うな」

「うむ。かなりの衝撃があった。結界を張ったほうがよいな」

「了解。俺とガラハドにも硬さのある結界を張っとく」


 そう言って俺は強固な結界を2重にして張ってみた。

 それからまた同じような攻撃が来て結界に弾かれて、地面に当たった物が落ちて来た。

 それは……


「……おいおいただの種がこんな威力かよ」

「うむ。結界がなければそこらの人間なら即死じゃな」


 種自体の大きさは他のアルラウネと変わらない。だがそれが弾丸を超えるような速度でぶつかって来る。それも異常なほどの硬さを持ちながら。


 俺達は攻撃するかと相談したが、やはり危険なので話し合いが出来るか分かるまでは防御に専念する事にした。


「それにしても種だけだな。それも執拗にガラハドのみ」

「うぬぅ……嫌われておるんじゃろうか」

「嫌うも何もないだろ」


 あった事もない奴に嫌われるも何もないと思いながらも、ゆっくりと慎重に結界を何度か張り直しながらも、歩みを止めずに進んでいった。


 そこで蔓も十数本が迫ってきて、俺とガラハドはそれを即座に斬り落とす。


 だがすぐに再生するのか、無限に襲って来るかのように蔓を出して来るアルラウネに対して、血短剣ブラッドダガーを投擲してみる。

 するとアルラウネは身体を守る葉っぱのような物で身体を覆い隠して、飛んできた血短剣ブラッドダガーを防御した。


 俺はどうするか考えた。

 このまま攻撃して完全に敵対するのか、それとも話し合いが出来るか確認するか悩む。


 隣を見るとガラハドも悩んでいるようだ。

 このまま勝てる見込みが未知な戦いをするのか。それともリリの安全のためにも交渉が出来そうならしてみるか。


 答えの出ないまま、しばらく防御に徹しながらアルラウネに近付いて行く。

 もう姿が完全に見えて、俺ならば1足飛びに近づけるかという位置まで来た。

 すると、ふと何かが聞こえてきた。


「何しに来たの?」


 唐突に声が聞こえた気がした。


「リリ、何か言ったか?」

「ううん。わたしじゃないよ」

「儂にも聞こえたぞ。女性の声じゃったな」

「ああ……ならアルラウネか?」


 近づいた事で姿がよく見えたが、髪は白く背中の真ん中程までありそうだ。

 それと眼は青いのが特徴か。

 それ以外の姿は、他のアルラウネと何も変わらなかった。


 俺は目の前に近付いてきたアルラウネを見ながら声を掛けてみた。


「今の声はおまえか? アルラウネ」

「……そうよ。何しにここに来たの?」

「俺達は下への階層へ行こうとしてるんだ。敵意は無い。階段はこの近くには無いか?」

「……あるわ。私の下に」

「なら通してくれ。おまえを倒そうとは思っていない」

「……無理」

「なぜだ?」


 それからずっと黙ってしまったアルラウネ。

 俺達はじっと待つが、何も答えようとしないのでリリをガラハドに任せ、いつでも転移出来るように準備させといて、俺に何かあればすぐに転移するように伝えた。


 それから俺はアルラウネに近付くが……


「それ以上来ないで」


 そう言って蔓を数十本出して来るアルラウネ。


「ならどいてくれ。俺達は下に行きたいだけなんだ」

「……いや」

「だからなぜなんだ? お前を倒さないと下に行けないとかか?」

「いえ、行ける。……でも私はここを離れたくない」

「だから、なぜなのか教えてくれ」

「………」


 俺とアルラウネが押し問答を繰り返すが、一向に解決の道が見えない。

 俺はなんとか敵対しない様に粘り強く話してみるが、頑なに動くことも話す事もしないアルラウネ。


 俺は耐え切れずに手に持った血剣ブラッドソードをアルラウネを倒すために使おうと、後ろのガラハドに合図を送る為に振り向こうとしたら……


「その必要はないわ」

「……何がだ?」

「私はもう攻撃しないわ」

「ならどいてくれ。俺達は先に進みたいんだ」

「……どうしても行くのなら私の試練に打ち勝ったら良いわよ」

「……試練だと?」


 アルラウネは攻撃する意思がないとでも言うように、手を広げていく。

 上半身は裸の為、胸が丸見えになるが、相手は魔物なので一切の欲情は湧いて来ない。

 それよりも訝しんでしまう。


「試練と言ったな。何をするんだ? そもそもなぜ試練を受けなければいけないんだ?」

「試練を受けるのはこの下に行くのに必要だから。内容は私の幻覚に耐える事」

「……その下に何か居るのか?」

「……それは試練を乗り越えたら分かる」


 そう言って黙ってしまうアルラウネに対して俺は考えていた。

 きっとこのアルラウネは嘘は言っていないと思う。

 だがあれだけの幻覚を作り出す奴の試練が優しい筈がない。

 俺は悩んだがガラハド達に意見を聞こうと一旦戻る事にした。


「仲間と確認する。いいか?」

「ええ、かまわない」


 その言葉を聞き、ゆっくりとガラハドの元へ戻って来た。


「どうしたんじゃ? 交渉は決裂したか?」

「いや、何やら下に行きたいなら試練を受けろと言って来た」

「しれん? なにするの?」

「なんか幻覚を見せるからそれを乗り越えろだとさ」

「……何か怪しいのう」

「だよな。けど敵対しないならそうするしかない。どうする?」

「う~む……難しいのう」

「リリはこわいから受けたくない」

「普通に怖いよな。相手も信用できないし。ただ嘘を言ってる様子はなかったな」


 数分話し合うが答えは出ない。

 だが今ここで決めた方がいいだろうと思う。

 なのでこのままでは埒が明かないので、一度俺だけが試練を受ける事にしてみた。


「おとうさん、だいじょうぶなの?」

「こればっかりは分からないな。けど受けないとどうしようもないだろう。戦っても勝てる見込みが未知数すぎるからな」

「もし駄目そうならすぐに転移するんじゃ。儂もそれを見た瞬間に転移するわい」

「ああ、リリを頼むな」


 いつでも転移出来るように常に準備をしときながら、アルラウネに向かっていく。

 何かあればすぐに転移するから、それを見たらガラハド達もすぐに転移しろと伝えた。


「話し終わった。その試練とやらをやってくれ」

「分かった。これを乗り越えたら下へ行ってもいい。約束する」

「いいぞ。けど乗り越えられなければどうなる?」

「頭がイカれて終わり」

「……つまり廃人になるって事か? 上等だ、掛かって来い」


 アルラウネの言葉に俺は不敵に口を歪めて笑った。

 どんな幻覚が襲ってくるか分からないが、やってやろうじゃないか。


 廃人になる気はないが、もしダメな時はこいつを何としてでも道連れにしようと覚悟しながら、幻覚が襲ってくるのを待った。


 そしてそれはすぐに襲って来た。

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