49話 試練
俺はガラハドとリリを少し離れた場所に待機させ、アルラウネが与える試練を受ける事にした。
「準備は良い?」
「ああ、やってくれ」
試練を乗り越えられなければ廃人になるという。
なら俺はなんとしてもそれを乗り越える。
だが万が一の事があるかもしれない。その時はどんな手を使ってもこのアルラウネを道連れにしてやろうと思いながら、試練を待った。
そしてそれは唐突に起こった。
目の前の景色が一瞬で変わり、幻覚が掛けられたという事が分かった。
「……なんだ? 真っ暗だな」
俺は何も見えなくなった中で聴力を研ぎ澄まし眼にも魔力を宿し、嗅覚も強化するが何も感じられない。
それから暫く経つが何も変化が起きずにいた。
「ははぁ。さてはこの暗闇の中で長時間過ごせと?」
俺はアルラウネがこの暗闇で過ごさせて発狂させるつもりなのだろうと判断した。
前世の知識では、真っ暗闇で音もせず何も感じない状態だと数時間で発狂する奴が出るとか。
だが俺には効かなそうだ。
なぜなら……
(この世に生まれてすぐに真っ暗闇の洞窟で、命を懸けて戦っていたのだからな)
俺は心に余裕があるからか、どうやって一瞬で幻覚を掛けたのか考えていた。
そのまま己の中にある魔力を感じ取る事にする。
だが何も感じられない。
(凄いな……己の中すらも感じ取れないのか)
そのあまりに強力な幻覚に俺は恐怖よりも好奇心の方が優っていた。
もしこの試練を超えて下の階へ行けるのであれば、ぜひ仲間になって欲しいと思う。
その交渉に命を掛ける価値はあるだろう。
だがそれはこの幻覚を乗り越えてからだな。
そしてそう思いがら数年が経った気がした。
(感覚ではもう数年は経ってるように思えるが、実際は10分とかだったりしてな)
俺はあのまま己の中に存在する魔力を感じ取る事をずっと試していた。
それは俺の魔力だけじゃなく、俺の中にあるであろうアルラウネの魔力も感じ取るようにしている。
だがそれが一向に感じ取れない。
本当にそのまま数年が経っているようで、まるでアルラウネに立ったまま木にされているような気さえしてくる。
(改めて分かったが、この世界というかベビースケルトンになったせいか、精神がぶっ飛んじまったな)
昔の俺はここまで精神が強くは無かったと思う。
前世は暗闇にずっといるなんてした事はなかったので、今回のような事に耐えられたかは分からないが、恐らく耐えられはしなかっただろう。
だがこの世界でベビースケルトンという、動きが遅く溶かす事しか能の無いスライムにも劣る最弱の存在に生まれた事で、俺の精神がイカレた事がこの暗闇の中でも耐えられている原因かもしれない。
色々な事を考えながら、とにかくこの状況を打開する為に暴れたり
なので今はずっと魔力を探る事だけをしている。
だがそれは成果が出ていない。
ただただ無駄に時間だけが過ぎている。
そんな時、何かが聞こえてきた。
カサカサッ
「……何か聞こえたか?」
カサッ カサッ
「……やっぱり聞こえたな?」
それからはその音がどんどんと近付いてきて、何かが身体に触れる感触がした。
そう感じてからすぐに身体中を何かが這う感触がして一瞬だが大いに暴れてしまった。
(暗闇でふいに触られると驚くものだな……)
心に余裕を持っているが驚くものは驚くから仕方ない。
しかしこれが幻覚だと分かっているので、段々と冷静さが戻ってきて、今では身体中に虫のような物が這っているが気にならない程になっていた。
それからそれがしばらく続くが、何も反応を示さないと、次は目の前が真っ白になった。
その次の瞬間には、記憶の中にあったオフィスにいた。
(おお? ここは……懐かしいな。俺が以前クビになった会社のオフィスだ)
特に今となっては思い入れも特にないが、懐かしい風景に思わず反応を示した。
それからは会社の同僚だったり上司だったり様々な人が出てきたが、俺が思ったのは……
(よくもまぁこんなに顔を鮮明に覚えてたな。思い出そうとしても思い出せない程興味がなかったのにな)
あの頃は人の顔なんて覚えてないような感じで仕事だけに集中していた。
そのくらい社畜になっていたのだが、意外にも前世で知り合いの顔を覚えていた事に不思議な感覚になっていた。
その後も次々と前世の出来事が目の前にやってきて、腹が立つような事柄が映像として流れていた。
しかしそれを俺はまるで昔のビデオでも見ているかのように、ただただボーっと眺めていた。
(へぇ……お? ここは俺が死んだ時じゃないか?)
前世の終わりの映像が流れた所で俺は一番の反応を示した。
俺はそれを真剣に眺めた。
なぜなら俺を殺した奴を見てやろうと思ったからだ。
しかしそれを見つける事は出来なかった。
(悔しいな……ただの銃乱射した奴の流れ弾に当たって死んだのか)
それを残念に思いながらも、今は前世でも持つ事が出来なかったリリという大切な存在を持てたから良いかと、軽く流していた。
それからはまた真っ白な空間になり、そのリリが出て来た。
「お? 今度はリリか……どうせリリが死ぬか俺を殺そうとするんだろ?」
その言葉通りにリリが俺に迫ってきて抱き着いてこようとする。
俺はそれを笑顔で受け入れようとするが、そこでリリの顔が恐ろしい顔に変わり、俺の首に噛みついてくる。
(おお、なんかヴァンパイアに噛まれた時を思い出すな)
大切なリリが怖い顔で噛みついて来ているが、何も感じる事もなく、リリが怒ると怖いなーなんて思っていた。
それからも前世で起きた事や今世での事などが様々にリアル体験してるように感じるが、特に発狂するでもなく、むしろ楽しんでそれらを見ていられた。
「(あなたは色々おかしい。普通じゃない)」
不意にアルラウネの声が聞こえた気がした
俺は心で思念を送るようにアルラウネに応えた。
「俺が普通じゃないのはもうこの世界に来てから分かってる事だ。他に何かないのか?」
「(最初の暗闇でもう最初の試練は終わった。そして次の虫が最後の試練)」
「ん? なんだ? もう終わってたのか?」
「(もう終わってた。だけどあなたの反応があまりに鈍いから追加でしてただけ)」
「そうか。お前は俺の記憶を色々と見れるのか?」
「見れない。ただ過去の記憶で嫌な事を蘇らせているだけ」
そんな事を言ってくるアルラウネ。
なんだ、俺の過去を見れてたら面白い反応があったかもなと思いつつ、もう終わってたなら幻覚を解いてくれと思ったが、この状況が面白いし訓練にもなるから、もう少し続けるように頼んだ。
「なんか少し掴みかけてるんだ。もう少し続けてくれ」
「(ほんと頭おかしい。あなたに何やっても無駄。好きにしたらいい)」
「お、ありがとな。ならもう少し頼むわ」
そんな事を言いながら俺は己の中の魔力を掴んで、この術を自力で解こうと続行を望んだ。
きっと俺がこの幻覚で発狂しなかったのは、前世での知識、それと今世での経験が合わさっていたからだろうな。
だから怖いという事もなく、若干身体を這い回っていた虫に対して驚いた事くらいだろうか。
それも
そんな事を思いながらも、ようやく己の中にあったアルラウネの魔力を捕まえた。
「よし! ようやく捕らえたぞ。おいおい、まだこんなに小さく出来るのかよ。そりゃ見付からんわけだわ」
あのアルラウネの大群の時の幻覚の魔力も小さかった。それがこのフロア一帯に充満していた。
だが今回のは更にその1/10程度にまで小さくなっており、アルラウネの次元の違う力に驚愕するしかない。
しかし俺は掴む事が出来た。
なら後はこれを追い出すだけで良い。
(そうだ……そう。ゆっくりこの大量にあるアルラウネの魔力を脳から追い出せ)
時間を掛け脳に入っていたアルラウネの魔力を追い出した。
すると真っ暗だった景色に光が入り、目の前に一匹のアルラウネが見えてきた。
脳から異物を追い出したことで現実が見えてきたようで、後は身体にあるアルラウネの魔力の主導権を奪うだけだ。
それは最初は苦労した。
さすがあのアルラウネの大群を一人で作り出していただけはある。
中々に主導権が奪えないのだ。
それに焦る事なくじっくりと奪うように主導権を己の物とし、魔力を自分に変換していく。
それらを全て己の物に変換出来た頃に、アルラウネに語りかけた。
「ふぅ……。終わったぞ。もう試練は終わりか?」
「……私の負け。あなたの好きにすればいい」
「お、なら好きにするわ。お前の名前はなんて言うんだ?」
「……名前なんてない」
「そっか。なら俺達の仲間にならないか?」
「え……? なぜ?」
「そりゃこんなすごい魔法が使えるんだ。お前が仲間になれば頼もしいだろ?」
「……私が怖くはないの?」
「確かに怖いな。だが味方になるんだったら正直ガラハドなんかよりも頼もしいしな」
ガラハドも頼もしいが、武力以外が皆無なので、今はガラハドよりもアルラウネの方が良いと感じてしまった。
だがアルラウネは渋い顔をしていた。
しかし俺は見逃さなかった。ガラハドの名前が出た時に少しだけ表情が変わった事に。
「……仲間になってどうするの?」
「そりゃこの迷宮を攻略したいな。あとは外に出たら特に予定は無いから旅をするくらいか」
「この迷宮を攻略できると思ってるの?」
「攻略出来るかどうかじゃない。攻略するんだよ」
「………」
俺の言葉にアルラウネは沈黙してしまう。
しばらく待つが答えが出ないようなので、俺はリリ達を呼ぶ事にした。
「おお、ずっと動かずにいたから心配したぞい。もういいのか?」
「おとうさん、だいじょうぶだった?」
「ああ、なんともないぞ。もう下へ行ける事になった」
俺が動かなくなっていた時間は1時間かそこららしい。
それが何年にも感じたのだから、やはりこのアルラウネの幻覚は恐ろしいの一言だ。
それから俺に何が起こっていたか話して、今はアルラウネを勧誘中と伝えた。
「……デュラハン。あなたは記憶は?」
「ああ、あるぞい。儂はシャレード王国の王国騎士団長をしていた記憶があるわい」
「王国騎士団長……やっぱりガラハドはあなた?」
「うむ。そなたは儂を知っておるのか?」
「直接じゃないけど知ってる」
「そうか。ならそなたも前世を持っているという事じゃな?」
「………」
(このアルラウネは都合が悪くなると黙るのかね?)
それは自分の前世があると言っているような物なのだが、それに気付いているのかいないのか。
ただそれを聞いて納得がいった。
この異常なまでの強力無比な幻覚魔法を使えるのは、前世があったからだと分かった。
そして前世を覚えているのならば、このアルラウネも外に出たいと考えているのではないだろうか?
そう思いアルラウネと色々と話をする事にした。
「アルラウネ。お前が何者でもいい。下に行かせない理由も特に聞きはしない。けどお前は外に出たくはないか?」
「……出たい」
「なら一緒に出ようぜ。俺達はお前が仲間になってくれるのであれば、お前を外に出してやろう」
「……どうやって外に出るの?」
「そりゃ企業秘密って奴だな。だが間違いなく外には出してやるから安心しろ」
「そうだのう。儂らはもう何度もここから出ておるからな」
「うん! 少し前も街に行って飴を買って来たんだよ!」
リリはアルラウネが怖くないのか楽しそうに話していた。
それを見聞きしたアルラウネはゆっくりと頷いた。
「それは仲間になるってことで良いのか?」
「……うん。よろしく」
短い言葉でそう呟くアルラウネは、元々こんな話し方なんだろうなと思った。
口数は多くなく、物静か。だからこそこんな所に一人でずっと居れたのかもしれない。
「ところでアルラウネは前世があるなら名前もあっただろう? 教えてくれないか?」
「……アリシア」
「アリシアか。良い名前じゃないか」
「うん! とても素敵なおなまえだね!」
仲間になった事で少しは態度が軟化したのか、名前を教えてくれた。
しかしガラハドはその名前を聞き、一人黙っていた。
「ガラハド?」
「……もしや、闇の魔女か?」
「っ……違う」
「……そうか。そなたには済まぬ事をした」
「……謝ってももう遅い」
「そうじゃな。じゃが今はお互い意識がある。謝罪くらいは受け取ってはくれぬか」
「………」
何やらガラハドはアリシアを知っているらしい。
それをガラハドに聞くと少しだけ話してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます