9話 巨人

 俺はマッピング機能がある地図を見ながら探索を続けていた。

 これは便利なんてものじゃない。

 1階層を探し回るだけで数日掛かっていたのに、これを使ってからは2日で探索し終える事ができた。


 そして5層目にたどり着いたとき、そこは俺には天国のような場所だった。

 そこはほぼすべての敵がオークで埋まっており、ほかには人型のゴブリンとオーガくらいしかいない。

 強敵はオーガとそれとハーピーなどがいるが、その数は正直出会ったら運が悪いという程、その数は少ない。


 そんな所で俺は嬉々としてオークを狩りに狩りまくっていた。

 なぜなら肉体が欲しいからだ。そして肉を食いまくれば肉体を得られると本能が告げている。

 正直ゴブリンだのコボルドだのは肉が少なすぎた。

 特にゴブリンなんぞは俺と変わらんだろというくらい皮と骨しかなく、皆痩せこけていた。

 だが特に異常がある個体は居なかったので種族の特性なのだろう。食べられずに痩せているといった事ではない感じがした。


 だがオークは違う。こいつらは丸々と太っていて、見た目からして豚人間。

 とても旨そうに見えた。

 そしてここはダンジョン。いくら狩っても沸きに沸いてくる。どこから出てくるのかというくらい沸いてくる。なので俺はここで進化するまで狩りまくり喰らいまくってやろうと決めた。


 そうして俺は休む暇もなく狩りまくった。そして喰らいまくっていると、大きな音を立てながら何かがこちらにやってくる。

 この音はオーガではない。それよりももっと大きな物だろう。


 俺は魔剣を構えながら神経を集中して来るのを待っていた。


 そうして大きな音を立てながら壁から現れたのは…


 で…でけぇ!?


 そこには巨人と言うのに相応しいほどの体躯をした人間が現れた。

 いやこれは人間の形をした魔物だ。

 体に内包された魔力がそれを物語っている。

 俺は一瞬のうちに鑑定スキルを使った。

そこには…


 ……オーグルだと??


 オーグルはオーガと同じだと思っていた。だがこの世界ではオーガは日本の鬼に近い姿形をしており、オーグルは鬼というよりは巨人。

 オーガが体長2mとしたならば、オーグルは優に5mは行っている。


 こいつがこの階層の階層主かもしれないな…

 今までは階層主らしい奴はいなかった。だがここはちょうど5階層。そういう意味では階層主が出たとしても不思議ではない。


 しかしこんなでかいやつに勝てるか?

 今まではこの魔剣のおかげで楽に勝ててきた。だがここまででかいと剣を届かせるには相当骨が折れるだろう。スケルトンだけに…

 なんて思っていると、その見た目と違い素早い動きでこちらに敵意を示し猛烈に迫ってきた。


 このエリアが1階層と同じで壁が灰色のレンガ状になっているが、幅がやたらと広かった。

 こんな奴がいるんじゃこれくらい広いのも納得できる。

 俺は自分に有利に戦える場所へ誘導するように逃げていく。


 逃げる途中に何匹もオークが出てきたがすれ違うタイミングで一刀両断にしていた。


 ああ、あの肉が勿体ない…なんて思いながらも意外と冷静だなと思っていた。

 あの巨体で少しは臆するかと思ったがそれ所か心が躍っている。

 俺は魔物になってからか好戦的になってしまったようだ。

 今はそれを好ましく思いながらオーグルが来るのを待ち受けるにいい場所が見つかった。


 ここは少し入り組んだ場所になっており、巨体を振り回すには少々狭い場所だ。

 ここでならあいつを殺れる。そう確信し迎え撃つ。


 まずは距離を測ろうと防御に徹するが、やはりデカすぎる。

 腕を振るうだけで遠距離からの攻撃になり、その威力は壁をガンガンとぶち壊していく。

 ヤバイな…この調子で壁を壊されると、こいつに有利な地形に変えられてしまう。

 そう思い腕をすり抜けてなんとか後ろに回り込んだ。

 そこで少し広い場所で距離感を慣らすためにここで戦おう。


 そうしてオーグルのぶん殴りや蹴りなどを交わし、片腕両腕で捕まえようとしてくるが、距離を測り交わしていく。

 ここでも勝てそうだと攻撃に移るが、攻撃するということは隙ができるという事。

 俺は何度か直撃を受け壁に叩きつけられてしまった。


 だがこいつを倒さなければ先に進めないと思い、今までの戦いを見直す事にした。

今までは相棒の魔剣のおかげで一刀両断してきていた。そのために剣技が上がらずにここまで来てしまっていた。

 ならばと命を懸けた荒治療として、ここは魔剣じゃなくファイアナイフに変更してみる。

 一撃ではなくちまちまと削っていくことにした。

 だが普通のナイフならば倒せる気がしないが、ファイアナイフは切ればそこが燃え、さらに体にも燃え広がる魔剣だ。

 こいつならばちまちまやっていても、いずれ致命傷になるだろうと思い、さらに剣技に磨きを付けるために覚悟を決める。


 俺の変化に気づいたのか、オーグルが怒り狂いながら巨体に似合わぬ速度で攻撃をしてくる。

 今までは恐怖が勝ち、距離を取りすぎ剣を振るってもほとんど当てられなかった。

 だが今度はナイフだ。さらに距離を詰めないとさらに当てる事すら出来ない。

 だが命を懸けなければ腕なんて上がらないと、恐怖に負けずに踏み込んでいく。

 軽くだがかすらせることができた。そこから小さな炎が現れオーグルを傷つけていく。


 小さな炎だがオーグルはかなり痛がっており、さらに怒りが増して襲い掛かってきた。

 炎を見てみるが既にもう消えているらしく、薄皮を切った程度では炎が小さすぎてすぐに消えてしまうようだ。


 ならばと避けることに集中しながら更に斬り付ける。

 こいつはかなり良い訓練になるな。受ければ一撃で吹き飛ばされる威力と緊張感。それが俺の剣技を昇華させてくれる。

 何度も何度も避けながら少しづつ斬り付ける。それを繰り返す。

 俺もそうだがオーグルも疲れを知らないかのように、延々と攻撃を繰り返す。

 これは疲れを知る体だったら、すでにこの世にいないかもしれない。

 そんなことを思うとこの骨の体に生まれて良かったのかもしれない。


 だがそろそろ別の意味でタイムリミットが迫ってきた。

 それは俺の魔力が尽きそうだということだ。

 常に身体強化を掛けているからか徐々に魔力が減る。今まではそれでも時々は休めたりすれば、魔力がいつの間にか回復したり、魔石を食べたりで回復していた。

 だが長時間動き続けるともなれば、さすがに魔力が底を尽きそうだ。

 魔力完全回復ポーションがあるが、これはかなりのレアアイテムだろうから、使わずに倒したい。


 どうする? 一旦引くか? 逃げ切るのならば俺の方が速度は上だ。逃げ切れるだろう。

 だがここで引いてしまうと何かを失うような予感がしていた。

 それは気持ちなのかはたまた違う何かなのか…


 ならばと俺は前に出る。この魔力が尽きる前にこいつを倒しきる!

 そうと決まれば俺はさらに踏み込み、一線の見切りをするかのように、暴風のようなオーグルの攻撃を骨に触れるかどうかでギリギリに避けていく。


 それは死の恐怖と隣り合わせ。だがそれがなぜか心地良い。

 麻薬をやったことはないが、こんな感じなのだろうかとふと思う。

 俺はそれに溺れないようにしながら、オーグルの全ての攻撃にカウンターを合わせ、骨が薄く当たる程ギリギリに避けながら、深く踏み込み切り裂いていく。


 オーグルの顔が真っ赤になり憤怒に染まるが、俺が会心の攻撃を繰り出すと遂には巨大なオーグルの右手を斬り飛ばした。


 あまりの激痛にオーグルが叫び声をあげ右手をの無くなった腕を左腕で掴み天に向かって伸ばす。

 その一瞬の隙を尽き、今度は右足の後ろに滑りながら回り、アキレス健を斬り付けた。


 これで機動力を奪った! と思ったその瞬間、一瞬の気の緩みでオーグルの手の無くなった右腕が俺の体にぶち当たってきた。


 壁にあり得ない速度で叩きつけられ、俺は両腕が砕け散ってしまった。

 腕を犠牲にしたからか上半身は無事で、下半身は装備をしていたおかげかこちらも無事に動く。

 だが腕をなくしては勝つことは出来ない。


 俺は死を覚悟する。

 ただの一瞬の油断。それがこんな結末になろうとは…


 だが俺の心は燃え滾っていた。それは自分への不甲斐なさの怒りか、はたまた死を賭した激闘への喚起か。


 俺は痛みで暴れまわるオーグルの隙を見て落としていたナイフを足で空中に放り投げ歯で捕まえた。

 そして未だに消えぬ炎に暴れるオーグルに向かって駆け出す。


 オーグルが俺に向かい無事な左手で殴りに来るが俺は飛び上がりオーグルの顔に迫り鼻と鼻がぶつかる程に接近し、その咥えたナイフを振り抜く。

 それはオーグルの目に直撃しダンジョンをつんざく程の叫びをあげる。

 俺は構わず今度は後ろから左足のアキレス腱を切り裂き完全に機動力を封じ込める。


 ジタバタと激しく暴れまわるオーグル。俺はそれを冷静に観察し隙を見てファイアナイフで斬り付ける。


 戦っていて不思議だった。完全に有利なはずのオーグルよりも腕を失った俺の方が洗練された動きが出来ている。

 これがゾーンか? などと思いながらも目の前の強敵に意識を集中する。


 目が炎に包まれているからか、切り裂かれた目と反対の目も瞑っている。

 それを好機とし、更に猛攻を仕掛ける。


 限られた手段しか持てないが、それを思う存分に振るい、5mに迫る巨体に深々と傷を付けていく。


 俺は運が良い。このファイアナイフによって腕やらを斬り落とさなくても、何度も斬ることによって炎がどんどんと増えていく。

 それにより今では全身に炎が回り、段々とオーグルの動きが鈍ってきた。

 隙あれば顔や首にも斬り付けていたから、炎によって呼吸もしづらくなってきたのだろう。


 あとはもう離れて見守っていれば炎が勝手に焼いてしまい、オーグルを焼死させるだろう。


 だが俺はそれを良しとせず、動きが鈍り炎に包まれたオーグルに近寄り、心臓に向け根元まで深々とナイフを突き刺す。


 きっと心臓には届かないだろうが、その突き刺さった炎の熱で心臓を焼くように、徐々にオーグルの目の光が消えていった。

 完全に動かなくなったオーグルを見て、俺はこの激闘が終わったと感じた。


 思えば俺は武器に助けられてばかりで、その武器をまともに扱えていなかったのではないかと思わせられる戦いになった。


 ならば俺はこの武器達に相応しい実力を付けようと決めた。


 そうして俺の戦いが終わり次はこのボロボロになった体を癒すために、オーグルの肉を貪り喰った。

 全身が焼けているからか焦げた部分もあるが、歯ごたえが抜群だ。

 舌がないため味は分からないが、歯ごたえはオークの生肉よりも断然こちらの方が好きだ。


 そうして夢中になり貪っていると、目の前に久しく見ていなかった物が見えていた。

 ようやくか…と思いながらも心が躍った。


 そう、新たな進化先だ。


 そこには…


【進化条件をクリアしました。進化先を選べます。どちらを選びますか?】


剣士屍体ソードゾンビ亜種・アナザー ←

屍喰鬼グール

骸骨将軍ジェネラルスケルトン



 この3つが進化先の候補のようだ。


 俺は悩んだ。

 更なる力を付けるならここは骸骨将軍ジェネラルスケルトン一択だ。

 だが俺は肉体が欲しい。そうなると屍喰鬼グール剣士屍体ソードゾンビ亜種・アナザーとなるが…


 だが今はもっともっと剣技に磨きを掛けなければこのままでは駄目だ。

 種族特性の「剣技の極意」に頼っているだけではこれ以上の進歩は望めない。

 だからと言ってそれを捨てるというのは、今の境地に達するまでに更なる時間が掛かるだろう。

 ならば一択しかない。


 そうと決まれば早いとこ進化しよう。俺は残ったオーグルの肉を魔法袋に詰め込み、安全な場所をオートマッピングの地図で確認し、そこへ向かう。


 更なる力を手に入れるというのはなんと心躍る事だろうか。

 これなら人間に生まれずに良かったのではないかとすら考えてしまう。


 そんな事を思いながら俺は安全な場所に着き、横になるとそのまま目を瞑る。

 起きた時にどんな体になっているのか。期待に胸を高鳴らせながら進化を選び、眠りに付いた。

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