50話 見たものは

 ガラハドが語ったのは、闇の魔女の最後だった。


 闇の魔女というのは闇魔法に特化した魔法使いの事で、それは魔法の中でも特に危険視されており、闇魔法の素養がある者は厳しく管理されているという。


 それで当時、闇の魔女の報告を受けた王族が、管理する為に捕らえようとしていたが、中々捕らえられなかった。

 そこで4人の王子がいるうちの第3王子が暴走して、先に闇の魔女を捕まえて玉座の間にいた全員を殺そうとしたらしい。


 それを拒否した闇の魔女が、その王子に殺されそうになった際に、逆に魔法で王子を殺してしまったとか。


 それは王族殺しで大罪であり、絶対に死刑は免れぬものらしい。


 だが闇の魔女は自衛しただけであり何も悪い所は無い。

 そう進言したのがガラハドが主君と呼び、付き従っていた第2王子だったとか。

 その第2王子は気高く、まさに王族の象徴とでも言うような存在だったらしい。


「それがお主が殺したワイトだじゃ。あれが主君である」

「……なに? じゃあなにか? 仲間にならなければ死ねと俺に行って来たあの狂った野郎が、その気高い第2王子なのか?」

「うむ……あの方は殺された事で変わってしまわれた」


 ガラハドは蘇らせられてからは、意識がぼんやりとしていて考える事があまり出来なかったとか。

 しかしその王子が良く独り言を言っていたのを覚えていたようで。


 自分が間違っていた。

 話し合いで分かると思っていた自分が馬鹿だった。

 間違いを正さねばならない。あの愚か者どもに復讐を……


 そんな事を毎日のように呟いていたのだとか。


「儂も主君もなんとか闇の魔女を救おうと動いたが、息子を殺された国王が一切の耳を傾けることなく、一番醜いであろう民衆に見せしめる公開処刑を決め、すぐに処刑されてしまったんじゃ」


 それからは闇の魔女を庇うのは謀反を心積もりがあるとされ、第1王子と第4王子の共謀により、暗殺されてしまったようだ。


「儂も助けようと動いたが、最後には儂は立ったまま息絶えてしまってのう。そこからはなんとか生きていて欲しいと思っておったが……」


 気付いた時にはワイトとして蘇っており、全くの別人のように復讐心に駆られた醜い生き物に変わってしまっていたとか。


 そうして気高い志を持っていた王子が、殺された事で闇に落ちてしまったらしい。


 それを俺達は黙って聞いていたが、アリシアが言葉を発した。


「ガラハドさん……私のせいで死なせてしまってごめんなさい」

「いや、そなたのせいではない。儂こそそなたを守れずに申し訳が無い」

「ううん。記憶にあるアナタは最後まで私の事を思ってくれていた。処刑の時は皆がおぞましい顔で私の処刑を望んでいたけど、それでもアナタと王子は悲しそうな顔をしていて、とても印象に残っていたの。だから私が死ぬその時は、心が温かくなりながら死ねた。私を想ってくれてありがとう。それと巻き込んでしまってごめんなさい」


 そう言ってアリシアは頭を下げていた。

 それに対しガラハドも何も出来ず、すまなかったとお互いに頭を下げ合っていた。


「とりあえず興味のあったワイトの事が分かっただけよかった。それにアリシアの過去もな」


 意外な繋がりが分かってスッキリした所で、俺達は下の階層へ向かおうとしたが、アリシアが再度止めて来た。


「そんなに止めるってことはそんなにこの下には危険な奴がいるのか?」

「危険かどうかで言うと危険ではある。それも精神的に危険」

「何が居るんだ? そろそろ教えてくれないか」

「……黒いのが居るの」

「黒いの? なんだそれは?」

「……黒い悪魔、それが大量に。そう、それは全てが埋まる程大量にいるの」

「……もしかして?」


 そこまで言われて俺は気付いた。

 この世界でも黒いのかは分からないが、俺が黒い悪魔なんて言われて思い付くのは一つしかない。


「あいつか? ……それで止めてたのか?」

「そう。あれは危険」

「なんなんじゃ? その悪魔というのは」

「う~ん、もしかしてゴキ……」

「それ以上はダメ!」


 リリの言葉にアリシアが激しく叫んだ。


「そんなに嫌いなのか?」

「あれは嫌いとかそんな甘い物じゃない。見る物全てが埋まってた」

「マジか……まぁ一度入ってみて駄目なら何か考えようぜ」

「……それは危険」

「危険でも行かなきゃ攻略なんて永遠に出来ないぞ?」

「そうじゃな。黒いのが何か分からんが、下にに行かなければ何も始まらんしのう」

「……うん。リリも我慢する」


 おそらくリリも理解できたようで覚悟を決めたようだ。

 何か分かってないのはガラハドのみ。

 だがこいつは何があろうと動じなさそうだから言わんでもいいだろう。


「さぁ行くぞ。アリシアはどうする? 残るか?」

「……い…………く……?」

「随分溜めた割に疑問形だな。そんなに嫌か。……んじゃ最初は俺とガラハドが入って入り口にいる奴らを倒しとくか」

「うむ。何か分からんが掃除しといてやるわい」

「……リリも少し待ってていい?」


 女子二人はやはり駄目なようだから、一旦俺とガラハドがある程度片付けてから4人で入る事にした。


「さて、ようやくだな。何か月ここに足止めされてたんだ?」

「かなり長い時間いたのう。前世でもこんなに同じ場所で足止めされたのはないかもしれんな」

「そうか。やっぱり掛かりすぎだよな」


 俺達は今までの停滞を盛り返すように下の階層へ足を踏み入れていく。

 だが階段を下りた瞬間に……


 カササササッ カサカサッ ガササササッ


 地面を踏みしめた瞬間に周りの全てが動き出した。


 それは地面だけじゃなく壁も全ての暗闇が大量に移動した。


 俺は魔力が見えてる為か明かりを必要としない。

 だからこそ、この空間の全てが小さい魔力で埋まっているのを見てしまった。


「これは……予想以上すぎるな」

「うむ。壁という壁全てに魔力でビッシリ埋まっておるな。これはあれかの?」

「ああ、あれだ。やっと分かったか」

「なるほどのう。黒い悪魔、さすがにこの数はそう形容してもおかしくは無いのう」


 さすがのガラハドもこの数は予想外だったようだ。

 俺達には明かりは必要ないが、ここは真っ暗なのでとりあえず魔法で明かりを付けてみる。

 すると目に映る景色全てが黒い悪魔に支配されており、一体、何百万匹いるのかというような数がいた。


「うむぅ……こりゃ目で見んほうがええのう」

「だなぁ。魔力の点のがまだいいな。それに黒い悪魔、ゴキなんたらっていう風に言っているが正式名称はブラックコックローチみたいだな」


 俺は込み上げて来る嫌悪感を抑えながら冷静に鑑定をしてみたら、こいつらは攻撃さえしなけりゃこちらに反撃をしてこないようだが、一匹に攻撃するとリンクして、その周辺にいる仲間が全て襲い掛かって来るとか。


「おいおい……十分危険じゃねぇか」

「うむ。さすがにこの数が一斉に来ると身も心もキツそうじゃのう」

「だなぁ……どうする?」

「さてのう……儂は広範囲は無理じゃ。スタークはどうにかなるかの?」

「う~ん……炎系統でどうにかなるかどうかだな。まぁ油虫とも言うくらいだから火には弱いだろうが……」


 もし火が効かなく一斉に襲って来て、1匹づつ対応するとなったらまず無理な話だ。

 もしその時は階段の上に行けばなんとかなるか?

 そんな事を考えながらも、こいつらの攻撃は対して強くは無いだろうと思い、とりあえず広範囲殲滅魔法を撃ち込んでみる事にした。


「駄目なら上に速攻逃げるぞ。あとは強固な結界を張っとく」

「うむ。儂も大剣を全力で振るっとくわい」

「ああ、少しでもこっちにリンクするのを受け持ってくれ」


 さすがに全匹が俺に集られるのは辛い。

 なのでたかが知れてるかもしれないが、出来る限り請け負って貰おう。


「さぁ行くぞ。……ヴォルテックス×10! フレアボム×30!!」


 俺は結界を張ってから、魔力が底をつくかという程の魔力を練り上げ、一気に魔法を解放した。


 それは今までに放ったことのある範囲魔法とはワンランクもツーランクも上の破壊力を誇っているようで。


「やはりヴォルテックスの吸い込み効果は凄いな」

「うむ。その魔法を使える奴は中々おらんでな。よく覚えられたのう」

「ああ、この迷宮の宝箱から手に入ってな。運が良かった」


 最初はあまり使えないかなと思っていたが、こういう数が多くしかも一匹が小さく纏まっている奴らに対してはとんでもなく有効だと思う。

 おかげでこちらにリンクして来る奴らが少なく、大半がフレアボムの炎を纏ったヴォルテックスの大渦に吸い込まれ、もの凄い勢いで燃えていた。


「おおう……ここまで効果があるとは思わなかったな」

「うむ。これなら儂の出番もなさそうじゃな」


 そう言いながらも広範囲魔法を逃れた奴らが徐々に俺達の結界に集まってきて、それは数分後には目の前の結界の全てを埋め尽くさんと張り付き出している。

 近寄って来た小さく黒いのをガラハドも大剣で殺しているからか、ガラハドの結界にも集まってきている。

 俺はその景色に強烈な嫌悪感が込み上げて来る。


 (やっぱり裏側は厳しいな……)


 昆虫の裏側、それも黒い悪魔となるとそれは強烈な物がある。

 それをなんとか抑えてどうやって攻撃をしているのかを観察してみると、どうやら攻撃というよりはカリカリと食べているかのような動作をしている。


「これは……食ってるな」

「うむ。少しづつ魔力を食べとるようじゃな」


 そう、このコックローチは魔力を齧っているのだ。

 これは俺達アンデッドにとっては正直天敵と言ってもいいかもしれない。

 こんな奴らに集られたらさすがのガラハドと言えども豊富な魔力を一気に持って行かれそうだ。

 おそらく俺達は核があるわけじゃなく、魔力で身体を維持している。

 なので魔力が無くなれば存在その物が消えてしまうだろう。

 そして魔力を食べているのは音からも感じられた。


「おいガラハド。そろそろ上に行くぞ。結界がパキパキとヒビが入って来やがった」

「うむ。目の前が全く見えんがここは階段のすぐ近くじゃしな」


 そう、俺達は階段を下りてから一歩も動く事なく立ち尽くしていたのだ。

 リンクすると分かったからすぐに逃げられるようにしていたのだ。


「おお、こりゃすげぇ」


 俺はある事に気付いて驚いていた。


「む? 何がじゃ?」

「ああ、さすがこの数だ。経験値が半端ないぞ」


 おそらく数十万匹は一気に殲滅しているからだろうか。

 正直あり得ない程の経験値が入ってきており、自分の魔力が上がっているのが分かる程だ。

 もっとここに居たいくらいだが、この目の前が全て埋まってしまっているこの状況は不味いので、早々に立ち去る事にした。


「おう、戻ったぞー」

「ひいぃぃぃいい!?」


 階段を上がる途中で追い払うように潰していたら、結界中が白いような黄色いような体液でびっしょりと濡れていた。

 それを見たアリシアが悲鳴を上げており、正直悪い事をしたと思っている。


 結界に張り付いていた少数のコックローチは階段を出ようとしていたら離れていったので、きっと階層から上には出られないんだろう。

 なぜ階層が移動出来る個体と出来ない個体がいるのかは分からないが、特に不都合はないし今回は利用できそうなので良しとするか。 


 それとこのまま結界を解くとヤバそうだなんて思ってると、パリンっと割れて結界に付いていた体液が全部、俺の身体に降り注いできてしまった。


「ただいま帰ったぞい」


 そういうガラハドの結界もパリンっと割れて、俺と同じように兜に鎧に全てが体液で濡れてしまった。


「ヒィィイイイイ!!! クリーン×100!!」


 アリシアが盛大な悲鳴を上げながら魔法を放ってくる。

 すると魔法の後に身体がなんとなく光って、体液に塗れていた身体が一気に綺麗になっていく。

 だが若干肌が痛いのは気のせいだろうか? 俺の腐って剥き出しの部分がクリーンで浄化でもされているかのような気がしてくる。

 それほど強力なクリーンだ。


「たしか×100とか言ってなかったか? 魔力尽きそうだなそれ」

「わはははは! 一気に綺麗になりよったわ」


 ガラハドも一緒に洗浄されたのか、大笑いをしながら気持ちよさそうにしている。


「おとうさん、どうだった?」

「ああ、大量に居たな。そりゃもう目に付く全てにな」

「えぇ……そんなにいるの?」

「だけど大量に倒したおかげで経験値が凄かったぞ」

「え……? それじゃあ倒せばリリも強くなる?」

「ああ、間違いなくとんでもなく強くなるな」

「………」


 リリは強くなるという言葉に悩んでいるが、きっと強くなる為ならば下に足を踏み入れるだろうな。

 それくらいリリの向上心は高い。


 (あとはこの魔女がどうするかだな……)


 俺は未だに悲鳴を上げている魔女を見ながら、この後どうするかを考えていた。

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