31話 守るもの

 ギルドから出ると丁度リリが戻ってきていた。


「よし、ならあそこへ行くか」

「あそこ?」

「ああ、両親の墓だ」

「え? なにしに?」

「歩きながら教える」


 俺は時間がない事を言い、そのままさっさと街を出て小高い丘へ行く。

 その道すがら、スタンピードが起きた事、そしてそれを率いているのがドラゴンゾンビという事を告げると、リリは驚愕した顔で立ち止まってしまった。


「……おとうさん、それ本当なの?」

「ああ、本当だ。少し魔物共を減らしてきたが正直ほとんど意味ないだろうな」

「それで家の物を纏めるように言ってたんだ…?」

「ああ、それに今からリリに結界を張って貰おうと思ってな」

「結界…?」

「ああ、結界だ」


 俺はきっとこの丘にも大量に魔物が押し寄せると思う。そうなるとリリの両親の墓も粉々になってしまうだろうと思い、せめてもの抵抗に結界を張ろうと思った。


「リリ、これを読んでみろ」

「なにこれ? ……これって」

「ああ、最高硬度の結界のやり方だ」

「ええ!? なんでおとうさんがこんなの持ってるの?」


 なぜ持ってるかなんて言える訳もないので話題を反らす。


「その結界で両親の墓を守ってやれ」

「……うん、わかった!やってみる!」


 リリはとても素直にそう頷いた。まさか殺した相手が元王族でワイトになって等と色々と厄介な事は聞かせない方がいいだろう。


 そうしてリリの両親の墓に着いてからは、リリがワイトの研究資料を参考に結界の練習をして、結界の強度を上げていく。


 それは術式が複雑だったり魔力が多く必要だったりと色々と制限はあるが、時間の無い中、リリはなんとか自分なりに工夫しながら結界を強固にしていく。

 俺から見ても結界の強度は十分な物を感じさせた。

 その強度は今まで使っていた結界の5倍はあるだろうか。

 そしてその上から更に俺もワイトの研究資料を読んで覚えた結界を張っていく。


「え!? おとうさんも結界使えるの!?」

「ああ、その資料を読んだら出来た」

「やっぱりおとうさんはすごい!」


 キラキラした目でこちらを見上げて来るリリ。だがこれは俺が凄いというよりもワイトが意外と結界術を詳細に書いていたのが大きい。そしてそのやり方は闇の者ならではのやり方もあって、俺とも親和性が高かった。

 若干だがリリが今まで使ってた結界とは違う感じがするんだよな。

 言うなれば闇結界だろうか? 魔物を寄せ付けない効果がある。

 それは書物にあった魔物を滅する聖属性の結界とは違い、なんとなく寄り付かないようにする感じだろうか。だから俺もこの結界の側にはなんとなく居たくない感じがする。


 そういえばワイトの小屋の近くには腐屍体ゾンビ共も近寄ってなかったな。

 きっと小屋の中や外でうろつかれるのを避けたかったのかもしれないな。


 そんな事を思いながら、俺はリリの結界の上に二重にするように結界を張った。

 リリならきっと俺よりも結界を使いこなせるだろうと思っている。

 将来が楽しみだと感じた。


 そして俺はリリにある提案をする。

 これは受け入れられるか分からないが、受け入れて貰わなければ生死に関わるので、若干緊張しながら伝える。


「リリ……ある場所で避難しないか?」

「え? ……どこ?」

「……ダンジョンだ」

「えっ!? ……ダンジョンで?」

「ああ、きっとここよりは安全な場所だ」

「……ここじゃダメなの?」

「多分この街は壊滅する」

「っ……ほんとなの?」

「ああ、壊滅しなくとも、それに近い位には破壊されると思う」

「……じゃあ私の家も?」

「多分な……きっと魔物共に壊されるだろう」

「だからお墓に結界を……なら家に結界は?」

「家に結界を張る時間もないし、もし張ってるのがバレたら我も我もと押し寄せて来る。そして張ってくれないとなると今度は罵倒し始めるぞ。そうなると家を壊された奴らの鬱憤の矛先はリリに向くだろう。俺はそれを容認は出来ない。だから家は我慢してくれ」

「………」


 それを聞いたリリは酷く悲しそうな顔をしている。

 そりゃ生まれてずっと母親と育った思い出の家が壊されるのは嫌だよな。

 だからといって守れないどころか、家を破壊された住民に自分が殺される可能性すらある。なら最低限のお墓のみを守って避難するしかないだろう。


 正直リリがどうするのかは分からないが、出来るだけリリには生きて欲しい。

 そう思いながらリリの答えを待つ。


「……うん。……おとうさんの言う通りにする」

「いいのか? お墓のみしか守れないのは仕方ないとして、ダンジョンの中にいる事になるし、その時俺は側にいてやれないぞ?」

「……うん。家は……悲しいけど我慢する。それにダンジョンが安全なら大丈夫。おとうさんは戦いに行くんでしょ?」

「ああ、俺は行かざるを得ないな」

「ならおとうさんが安全と思える場所で待ってる」


 リリはそう言いながら俺を見上げて来る。

 その瞳は少し潤んでいるが、力の籠った良い瞳をしている。

 とてもいい子だなリリは。

 そしてリリは口を開く。


「おとうさん……約束して」

「いいぞ、何をだ?」

「うん……絶対に帰ってくるって。もうわたしを一人にしないって約束して!」

「ああ、帰ってくる。……約束だ」


 俺がそう口にすると、おとうさんと言いながら飛び込んでくるリリ。

 それを抱きしめて再度口にする。


「俺は帰ってくる。リリに寂しい思いはさせない」

「うん……うん!」


 そうしてしばらくの間、抱き合っていたが、時間がないので俺は早速リリをダンジョンへ連れて行く事にした。


「もう行くけどいいか?」

「うん! でもどうやって?」

「こうやってだ」


 そういうと俺はこの場所に転移の目印である血の塊を置き、リリを胸に抱きながらワイトの小屋へ転移を発動する。


 次の瞬間にはしっかりとリリと共に小屋の中へ転移をしていた。


「っ!? ……え?ここって……?」

「ここはダンジョンの安全な場所だ」

「……え? …ええ!?」


 一瞬で目の前の景色が変わり、小屋の中に居るのに驚いた声を上げるリリ。


 そりゃ転移を経験した事ないとそうなるだろうなと思いながら、離れていたので成功するか分からなかったし、リリも一緒に行けるか不安だったが無事成功した事に少し安堵しながら、リリの頭に手を乗せて落ち着かせる。


「俺は転移能力を身に着けたんだよ。少し前にな」

「…………」


 リリは呆然として俺の顔を見上げているだけだ。

 丁寧に説明する時間はないからざっくりとだけ説明して、少し外を見せる。

 その間凄い凄いと興奮していた。

 だが外を見たらどうなるか少し不安が走る。


「っ!? ……ここって」

「ここはダンジョンの墓地エリアだな。リリも感じると思うがこの周りには結界があるだろう?」

「……うん、感じる」

「それがアンデッドを寄せ付けないんだ。試しに結界ギリギリまで行ってみるか」

「…………」


 リリは恐怖の表情を浮かべながら俺の手を取り着いてくる。

 俺は念のために手に血剣ブラッドソードを装備しながら結界のギリギリまで行くが、アンデッドはこちらを見ようともせずに呻きながらフラフラと歩いているだけだ。


「予想していたがやはり大丈夫だったようだな」

「……うん」


 更に確認の為に結界の外に出てみると、早速1匹がこちらを襲って来た。

 そして結界の中に入るが、それでもこちらを認識して結界の中にまで入ってくる。

 そこで俺は手に持っていた血剣ブラッドソードで首を斬り飛ばして身体ごと結界の外へ放り出す。


 腐屍体ゾンビはすでに事切れていたが念のために結界の外に蹴り出した。


「あれだな。結界から出て見つかったらダメなようだな」

「うぅ……こわいよぅ」

「あれだ。結界を自分に張ればこの程度の腐屍体ゾンビになら負けないから。それに逆に腐屍体ゾンビに結界を張ってしまえばいいんだ」

「ええ……出来るかな?」

「ああ、試しにやってみな」

「う、うん……」


 リリに結界から出ないで近くにいた腐屍体ゾンビに結界を張ってみるように指示した。

 そして腐屍体ゾンビに結界を張るリリだが、殊の外ことのほか、上手い事出来たようで、腐屍体ゾンビは結界から出れずにその場で歩く動作をしている。


「そうだリリ。試しに結界の中の腐屍体ゾンビを消滅させてみたらどうだ?」

「え? ……どうやって?」

「ん~……例えば結界を球体にして縮めて潰す感じか?」

「う~ん……やってみる」


 俺がそう言うなりすぐに試すリリ。

 それをあっさりと結界の形を変形させ、球体状にしてみせたのだ。

 やった事の無い結界の形状変化を難なく成功させて、それをそのまま潰すように小さく小さくしていく。


 リリが結界に集中しているからか、腐屍体ゾンビが小さく潰されて中々にグロい感じになっているが気付いていないようだ。

 それが良かったのか、腐屍体ゾンビが見えなくなるまで小さくなり、最後に結界がパンッと音が鳴り弾けて消えて、あとには魔石だけが残っていた。


「やった! おとうさんやったよ!」

「ああ、よくやった」


 飛び込んでくるリリに素直に称賛の言葉を送り、これならこの場所に置いても大丈夫だなと思った。

 基本ここには強い魔物は出ない。 出るのはアンデッドのみで、それも弱い腐屍体ゾンビに多少強い屍喰鬼グールだけだ。


 一応、屍喰鬼グールも釣ってきて結界で倒せるか試させたが問題なく倒せたので、魔力に気を付けながら倒させてみる事にした。

 そうして1時間ほど試したが、魔力が尽きたので念のために魔力完全回復ポーションを一滴飲ませておいた。


「リリ、一応この結界から出なければ大丈夫だから、ここに居てくれよ」

「うん……どのくらいで戻ってくるの?」

「分からん。だが街まで二日で来る可能性がある。そうなると三日から四日くらいで一度は戻れるだろう」

「二日で街に来て一日で街を守れるか放棄するかって事?」

「ああ……強力な援軍がなければ多分、街は放棄するだろうな。それまでどれだけ減らせるかって所か」

「……うん……絶対帰って来てね?」

「ああ、約束する」


 そう言って最後に抱き合って、リリに魔法袋から食料を念のために1週間分以上は出して、それらを水魔法で氷を作り小屋の隅へ保存しておいた。


「ああ、そうだ。リリで試しておこうと思ったんだ」

「なになに?」

「これを作ってみたんだ」

「これ……ペンダント?」

「ああ、これを付ければきっと転移出来ると思う。やってみてくれ」


 俺はそう言って事前にこのダンジョンの宝箱から出て来たペンダントの宝石の部分を取り外して、俺の血を固めた物を宝石の代わりに付けた物をリリに渡した。

 そして小屋に血の目印を置き、小屋からリリと一緒に出て来た。


「使い方は俺の魔力を意識してそこへ転移しようと念じてみてくれ」

「まりょく……」

「ああ、感じ取れたら念じながらペンダントに自分の魔力を流してみてくれ。今のリリなら出来る筈だ」


 俺がそう言うとリリは真剣な顔をして目を閉じて集中する。

 そして一言小さく口にする。


「転移……」


 するとその姿が消えていなくなった。

 それから少しして小屋の中からリリが出てくるのを確認した。


「おとうさん! すごいすごい!」


 興奮しているリリは俺の手を取りながらぶんぶんと振り回す。

 そりゃ転移なんて高度な事が出来たら嬉しいよなと思いながら、話を進める為にリリを宥めながら俺は説明する。


「そのペンダントを身に着けていれば、いつでも転移出来ると思う。まだ検証が少ないから分からない事もあるが、俺の魔力が辿れるなら俺の元に来ることも出来ると思うぞ」

「そうなんだ! なら離れてても大丈夫だね!」

「ああ……だが転移場所になるように俺の魔力が含んだ血を目印にした場所がいくつもあるから、間違ってそっちに行かない様にしないとな」

「え? ……じゃあもし間違ってそこに行ってたら危なかった?」

「ああ、だが目の前の小屋の中に目印を置いたのを見てただろ? だから大丈夫と思ってな」

「そっか! 確かにそこにあるのを見てたから他の場所に意識が行かなかった!」


 余計な事を言うよりはと目の前の事に集中させてみたが成功したから良かった。

 万が一失敗して違う所へ行っていたらかなり危険だったが、大丈夫だろうとリリを信じてみた。

 あとは色々と検証したいがこのスタンピードが終わってからだな。


「とりあえず結界とこの場所への転移を使えば安全だから、暇かもしれないけどここに避難していてくれな」

「うん……おとうさんも気をつけて行ってきてね?」

「ああ、危なくなったら転移で逃げるから大丈夫だ。では行ってくる」

「うん! まってるね!」


 そう言うリリの頭を一撫でしてから俺はリリの両親が眠る小高い丘に転移した。


 それからギルドへ行きザジル達が戻るのを待っていたら、すぐに戻ってきて状況報告をしてくれた。


「おお、戻って来たか。どうだった?」

「ああ、こりゃやべーな。マジでスタンピードだ。それもドラゴンゾンビも確認できた」

「……何という事だ。まさか本当だとは……」


 絶句した表情のギルドマスターだが、すぐに表情を引き締めた。


「それで、どの程度で来そうだ?」

「多分だけど、そこのスタークが言っていた通り……2・3日で辿り着くと思う」


 そう言うコリーの言葉に周りの冒険者達がどよめいた。


「それは間違いないのか?」

「ああ、ミランダに空から確認して貰ったから間違いない」

「ええ、頑張って3人で少しだけだけど飛んで確認したわ。……残念ながら本当よ」


 そういうミランダにギルドマスターがまたも苦渋の顔をした。


 それからしばらく黙っていたが何かを決心したようで、それを口にする。


「仕方ない……あれを使う。あの方ならなんとかしてくれるだろう」


 そう意味深な事を言うギルドマスターに全員が注目した。

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