30話 スタンピードの原因

 まさかのお仲間がこのスタンピードの原因だと分かり、一瞬言葉が詰まる。


「これは何のドラゴンだ?腐 ってるってことはゾンビか? ……ドラゴンゾンビだと?」


 ドラゴンの種類は分からないが、目の前の強大な存在はその内包された途轍もない魔力量に、まるで自分が王者であることを誇示しているかのように悠然と歩いている。

 それはまるで大量の配下を従えながら、歩く道全てを滅ぼすように。


「なるほど……こいつがスタンピードの原因か……ずっと大森林の奥から歩いてきやがったんだな?」


 俺はそう当たりをつけて戦うかどうか迷っていた。

 その見上げる巨体は全長30mはあるだろうか。

 戦えばきっとどちらかが死ぬ。そして俺が死んだらこれを知らせる者がいなくなり、きっとユルブローが滅ぶだろう。

 だが戦わなければ人は助かるだろうが街自体は滅ぶ。そしていくつかの街が滅びながら誰かがこいつを倒すのを待つという感じだろうか。


 なら……


「やっぱり俺がやるしかないよな。いや……ただ単に俺がやりたいだけだな!」


 俺は自分の中に燃え滾る強者への殺戮衝動を抑えきれないというように、限界を超える身体強化を施し、一気にドラゴンゾンビに迫っていった。


 その俺を遮るように大量の魔物が俺に襲い掛かってくるが、俺は大量の魔力を使うのも厭わずにヴォルテックスとフレアアローをいくつも放ち、雑魚共を纏めて殲滅する。


 そして生き残った魔物は血銀十剣ミスリルブラッディソードで遠隔操作して殺し尽くし、俺自身はドラゴンゾンビを屠る事に専念した。


 俺を視認してもまだ敵と思っていないのか、何も反応を見せないドラゴンゾンビに向かって、俺の血剣ブラッドソードを叩き込む。

 だが強固な鱗に弾かれて、薄っすらと細い線が入っただけに終わってしまう。


「おいおい……硬すぎるだろ」


 俺は余りの硬さに手が痺れるのを感じるが、何度も剣戟を放っていく。

 だがそう簡単にダメージを与える事が出来ないのか、ドラゴンゾンビは未だに悠然を歩みを止めない。


「ちっ……なんだか負けた気になるからやりたくなかったが仕方ない」


 分かっていたがドラゴンの鱗は硬すぎた。なので俺は腐っている部分に血剣ブラッドソードを思い切り叩き込んだ。


 グギャァァアアァアア!!


 今まで悠然と歩いていたドラゴンゾンビが悲鳴を上げる。

 ようやく攻撃が通ったのも束の間ドラゴンゾンビが歩みを止め、そこで自分を傷付けた者が誰なのかを確認し、殺意の宿った眼をこちらに向ける。


 その眼は弱い者が見ただけで死に絶えそうな程の凶悪な眼をしており、俺も一気に警戒感を引き上げた。

 そして一瞬の動作が見て取れ、俺は本能に従って少し離れた場所へ急いで転移した。


 その直後、爆音と共に俺の目の前の森が一直線に木々が地面ごと消し飛んでいき、一体何が起きたのか分からなかった。


 俺はドラゴンゾンビの魔力を辿りその場所へたどり着くと、悠然と歩くドラゴンゾンビの直線状が全て消し飛んでいた。

 その直線は数百mから数kmはあるだろうか……


 ドラゴンゾンビの口からいくらかの煙が出ている事から、口から光線のようなドラゴンブレスを吐いたのだろうと予想した。


「これは……予想の遥か上を行く威力だな……」


 正直甘く見ていた俺はこいつをどうするか再度考えた。

 このまま街に戻り早々に避難させて逃げるか、それともこいつとこのまま戦うか。


 俺は一瞬の内に判断し覚悟を決めた。


「いつでも転移出来るようにしながらこいつを殺してやろう」


 俺はこの惨状を見ても当初の予定を変えることなく殺す事にした。


 正直ドラゴンブレスを避け損なったら何かを考える暇もなく一瞬で死ぬだろう。

 だからその対策をする必要がある。


 俺は高速でドラゴンゾンビと戦いながらブレスを回避する方法を考えていた。

 そこでドラゴンゾンビの背中の腐っている部分の肉の中に、俺の血の塊を埋め込み、ブレスが来たらそこへ転移する事にした。

 なぜなら転移した場所がブレスの直線状であったならば転移しても意味がないからだ。

 なのでこいつの背中であれば絶対に大丈夫なので、その場所へなんとか埋めるようにした。


 ドラゴンゾンビの攻撃方法は正直少ない。牙や尻尾がメインだ。

 それしかないのがゾンビになった故か種族故なのかは分からないが。


 それにブレスも連発出来ないのかあれ以来使って来ていない。

 だがその牙も尻尾も威力が桁違いだ。周囲にいる巻き込まれた魔物や木々は粉々になっている。

 尻尾の攻撃を受けたゴブリンキングなんてプリンを地面に叩きつけたかのようにパンッと弾けてしまった。

 俺はそれを見て背中に猛烈な汗をかく感覚に襲われた。

 

 それでも俺は怯まずにドラゴンゾンビの牙や尻尾を避けながら、腐った部分を執拗に斬り続けていくが、再生能力も高いのか斬ったそばからすぐに再生していく。


 きっともう数百は斬り付けているが、出会った時と変わらずの姿でいるのを見て、俺はどうにかこの状況を打開する術を考える。


「ちっ! ……腐ってるところ以外は鱗が硬すぎる。薄く線が入るだけで効果がない。腐った所を斬ってもすぐに再生する……どうすればいい?」


 俺は3度目のブレスを必死に転移で避けて背中に乗った時に思いついた。

 現状足りないのはこいつを殺しうる破壊力だ。

 俺には剣と少しの攻撃魔法しかない。これでは当然殺しうるに足りない状況だ。

 ならばとこの何度でも再生する腐ったドラゴンを喰らう事にした。

 このドラゴンは多分、地龍という種族だろう。若干だが亀のような姿に似ている。


 本来なら強靭な力と強固すぎる鱗で傷すら付かず、全てを消し飛ばすブレスを放つ魔物の中でも最上位に位置するであろうドラゴンだ。


 だが幸いなことにこいつは今は腐っており、その防御の部分が弱点になっている。

 現に鱗は駄目だが鱗が無い所はやすやすと血剣ブラッドソードで切り裂けている。

 それだけが救いだ。

 ならば……


「このドラゴンの肉体に宿った膨大な魔力を喰らってやろう」


 そしてそれを糧に身体強化を施し、身体が壊れようがこのドラゴンゾンビの肉体をぶち壊す。

 このドラゴンゾンビの再生力を上回る破壊をしなければいつまで経っても勝負は付かないだろうと思い、さっそく実行に移す。


「俺は屍喰鬼グールだからな。腐った物を食べても腹を壊さないのが救いだな」


 そんな事を思いながらドラゴンゾンビの腐った部分の肉を引きちぎり喰らう。


 やはり多少は痛いのであろうドラゴンゾンビは、降り落とそうとするが、俺は執拗にしがみ付き再生していくそばからまた喰らう。そしてこちらも身体が壊れる程の強化を施しながら拳を握り締め、ドラゴンゾンビに叩きつけていく。

 その威力は一撃でドラゴンゾンビの身体が周囲1mは弾け飛ぶほどの威力を誇った。

 だが俺の腕がその一撃で粉々にぶっ壊れる。なので連発する事が出来ない。

 俺の腕が壊れては再生させて何度もこいつの身体を破壊していく。

だがドラゴンゾンビも黙ってやられるわけではなく、尻尾で背中を打ってきたり、寝転がって俺を潰そうとしたりしてきた。


 俺とドラゴンゾンビ、どちらも身体が壊れては再生し壊れては再生しと、これを幾度となく繰り返す。


 背中を俺に攻撃させない様に血銀十剣ミスリルブラッディソードで尻尾や牙を牽制しながら背中を拳で抉っていく。

 牽制の為に使っている血剣ブラッドソードを牙や尻尾で壊されたら、その都度すぐに再生させてまた斬り付けていく。それを何度も何度も繰り返す。


 それからはもう俺の身体がドラゴンの血や肉で作り替えられてるんじゃないかと思う程、こいつの肉や血を貪り喰らっている。

 だが無限かと思う程の魔力でもって瞬時に肉体を再生するこのドラゴンゾンビに、これじゃ時間だけが無駄に過ぎていくと思った俺は一旦退避する事にした。


 なぜ退避するかと言うと現状こいつを倒しうる手段がない事と、ドラゴンゾンビに着いて来ていた魔物が全部ユルブローに向かってしまったからだ。


 俺とこいつが戦っていたのは数時間だろうか。その間に俺の周りというよりはドラゴンゾンビの周りには破壊の限りを尽くしたかのように、全てが更地と化しており、魔物も全ていなくなっていた。巻き込まれた魔物以外は、全ての魔物がユルブローへ向かっていってしまっているのが確認できる。


 こいつが、そして他の魔物がなぜユルブローに向かってるのかは分からない。

 だが間違いなくユルブローに向かっているし、このままでは確実に滅ぶ。

 なので俺はドラゴンゾンビの背中にタップリと血を固めた印を再度埋め込み、いつでもこいつの元へ来れるようにして、急いでユルブローに向かう事にした。


 ドラゴンゾンビは俺が離れたのを確認すると、悠然とまたユルブローへ歩を進めていく。

 それは何を考えているのかは読み取れないが、きっとその体が腐っている事に関係するのだろう。

 だが俺には分からないので、目の前の脅威を何とかする為に、急いでユルブローに向かった。


 俺はもっともユルブローに近い場所へ転移する。まだその場所は魔物が到達はしていなかった。

 だが着実にこちらに向かっているのを感じる。


「こりゃ明後日かその次の日には到着しそうだな……さて、どうするか」


 冒険者ギルドに伝えるのは良い。だがその後をどうするか。

 リリをどうにかした後に俺はドラゴンゾンビと戦う予定だ。 だがどこに逃がすかが問題だ。


 さてどうする……


 俺は色々と考えながらユルブローへ駆けて行く。





「ギルドマスターはいるか」


 急ぎ街に戻りその足で冒険者ギルドに行き、すぐにギルドマスターを呼びつける。

 俺が街を出てから5日は経っているだろう。転移がなかったらもう2・3日は掛かっていただろうから危なかった。

 その前に転移がなかったらドラゴンゾンビのブレスで死んでたかもな。

 きっとそれは間違いではなかっただろうなと思う。


「おとうさん!」


 そんな事を考えていると、リリがやってきた。


「リリ、ただいま」

「おかえりなさい!」


 勢いよく飛び込んでくるリリ。

 それを周りの冒険者達は微笑ましく見守っている。

 だがその顔がすぐに悲痛な顔に変わるだろうなと思いながらリリを抱きしめた。


「リリ、家に帰って荷物を纏めてくるんだ」

「えっ? なんで?」

「後で話すから」

「う……うん」


 いつになく真剣な俺にリリはすぐに行動を移す。

 丁度その時にギルドマスターがやってきた。


「おう、戻ったか。森で凄い音がしてると聞いたがどうだった?」

「スタンピードだ。すぐに逃げ出せ」


 俺の言葉にギルドマスターだけじゃなく周りの冒険者達もギョッとした顔をする。


「どういう事だ? なにがあった」

「大量の魔物がいた。数万はいるだろう。この街に向かってるぞ」

「なに!? 確かか? ……嘘ついても意味ないしな……どの程度で来そうだ?」

「多分2・3日だろうな」

「なに!? そんなに短いのか……」


 予想でしかないが、4日は持たないだろうな。速度自体はそこまで早くはないが、一直線で向かってきているからな。

 それらをギルドマスターと一緒に冒険者達が集まっているこの場所で話す事にした。


「原因はある一匹の魔物だ」

「なんだそれは?」

「そいつはドラゴンゾンビだ」

「ドラゴンゾンビだと!?」

「おいうそだろ!?」

「おまえ嘘だったらただじゃ済まないぞ!?」


 喧しくも俺の言葉に冒険者共がざわめき出す。

 それを一喝する者がいた。


「静まれ!!!」


 そのたった一言で周りの冒険者が黙ってしまう。中には失神する者までいた。


「ギルドマスター、やはり上で話した方が良かったのでは?」

「そうだな……冒険者の出番かと思ったが詳細を聞いてからの方が良かったか」

「あなたが本気で怒鳴ったらそりゃ倒れる者も出ますよ。元Sランク冒険者なんですから」


 受付嬢のマリネのその言葉に、今度は俺が息を呑んだ。

 強いとは思っていたがまさか最上位に位置するSランクまでになっていたとはな…


「悪かったな。よし今からでも上に行くか」

「そりゃないぜ、俺にも聞かせてくれよ」


 そう言ったのはAランクパーティーのリーダーであるザジルだった。


「ザジルか……騒いだ奴らを放り出すなら話してもいいぞ」

「オーケー。なら決まりだな。おい話してくれ」


 ザジルはすぐに了承して俺に続きを促す。

 俺はこいつらがいいならと続きを話した。


 スタンピードの原因はドラゴンゾンビ。そして配下は強力な魔物が様々にいる事。

 その数も数万はいる事。そしてガムルの大森林の魔物の殆どがこちらに向かっている事。

 俺が見た感じた事を正直に全て話した。


 (まぁドラゴンゾンビと戦ったことは言えないがな)


「うぬぅ……何やら凄い音が森からしてると聞いていたが、まさかドラゴンゾンビとは……これは住民を逃がすしかないな。さすがに街に辿り着く前に殲滅は出来んだろう」

「ああ、無理だな。街を壊滅させないようするのが精いっぱいだな」

「それもドラゴンゾンビをどうにかしたらの話だね」


 ギルドマスターにザジル、それにその仲間のコリーが話す。


 この街には他にもAランク冒険者がいるが、今は他の街に行っていて居ないらしい。

 なので戦力は元SランクのギルドマスターにAランクパーティーの星屑の風の5人、それにBランクが10数人にCランクも30数人。


 はっきり言って街を守る事は出来ないと言っていいだろう。


「よし、ザジル達よ。今から5時間以内にこの話が本当か調べて来てくれ」

「おうよ、もし本当なら街が滅びるからな。しゃーない、行って来るか」

「戦わなくていいならうちのチームの女子たちは呼ばなくてもいいかな」

「ああ、俺達だけで最速で行くぞ」

「あ、でもミランダだけは連れて行こうか。魔法で上から偵察してもらった方がいいかもね」

「そうだな。なら俺とコリーとミランダの3人でさっさと行くか」


 ザジル達がそうと決めさっさとギルドから出て行った。


「悪いな。お前一人の証言を鵜呑みには出来ないんだ」

「いや、当たり前の事だ。これを鵜呑みにして街を空けて盗賊になんて事態になったらどうしようもないだろうしな」

「そうだな。もしスタンピードが本当なら報奨金が出るから期待してろ。……街が無事ならだけどな」


 真剣な顔でそう告げるギルドマスターの表情が本気で街の危機という事を知らせている。


 俺は期待してると告げ、5時間後に戻ると言いギルドを出た。


 ちょうどその時にリリが戻ってきて、俺の渡していた魔法袋に家の中の物を全て詰め込んできたと言ってきた。

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