32話 神器と国王


「仕方ない……あれを使う事にする」


 ギルドマスターの言葉にその場にいた全員がギルドマスターに視線を集中させる。

 ギルドマスターが決意した顔でそう話すがあれとはなんだ?


「ギルドマスター、何使うんだ?」

「僕も気になるね」


 ザジル達が聞くとギルドマスターが話し出す。


「そもそもなぜこの街に高ランクが少ないと思う」

「ん? 旨味が少ないからだろ?」

「それでもガムルの大森林という場所があるんだ。もっと居てもいいだろう?」

「まぁ確かに」

「お前の言う通り森の深い所は強力な魔物が多くそれでいて旨味がない。しかし浅い所でも旨味がないから人が集まらない。だが1度も起きてないとはいえ、スタンピードが起きたら街が壊滅の危機に晒されるだろう。だがその時の為に、いつか何かが起きるとして対策をしていたのが、このユルブローという街だ」

「へぇ~、それはなんなんだ?」

「これだ」


 ギルドマスターが懐から一つの掌に乗る水晶を取り出した。


「あ? なんだそれは?」

「これは通信機だな」

「それが通信機ですか?」

「ああ、神器のな」

「なっ!?」


 ギルドマスターの言葉に皆が一様に驚きの声を上げる。

 それはこの世界でも滅多に見つからない通信機の魔道具で、このガムルの大森林という広大すぎる森で何か起きた時ように代々ギルドマスターが持つ事になっている物らしい。


「あんたいつもそれ持ち歩いてるのか? 壊れないかそれ?」

「ああ、このギルドの、いや、この国の決まりになってるんだ。それに宮廷魔術師が結界魔法を張ってるからな。剣で打ち付けた程度じゃ壊れんよ」


 そう言うギルドマスターは、この国は数少ない通信機の水晶を重要拠点に預けていると話した。

 そして絶対に肌身離さずにという事が国で決まっているらしく、それはユルブローも例外ではない。

 その水晶を皆が見ながら、黙っていた俺は次の質問をする。


「それを使うとどうなるんだ?」

「これは使うとすぐに王都の対となる通信機へ連絡が行く。それも最重要緊急信号としてな」

「へぇ、それで?」

「それから王都でここまで2日で来れる王族直属の飛竜部隊がやってくる事になっている」


 まぁ歴史上この街では一度も使われた事は無いがな、と言うギルドマスター。


 そりゃそうだろうな。そう何度もあったらこの街は滅んでいる事だろう。

 その滅びの危機だからこそ今回は躊躇なく使用するみたいだな。


「その飛竜部隊ってのはスタンピードを止めるくらい強いのか?」


 ザジルがその飛竜部隊の強さが気になったようだ。


「ああ、強いなんてもんじゃないぞ。まず飛竜自体が強い。それに飛竜を卵の時から育てるとは言っても弱い奴は乗せないからな。乗っている騎士もSランク相当の力を持っている奴らがザラにいる」

「そんなに化け物がいるのかよ……」


 聞いたザジルがあまりの強さに若干引いているようだ。

 だが確かにそのくらいの強さがないとスタンピードを抑える事なんて無理だろうな。

 それにあのドラゴンゾンビは相当な火力がないとすぐに再生してしまうしな。


 そしてギルドマスターは早速それを使うようだ。


「これに魔力を通せば……」


 そう言うなり魔力を流すギルドマスター。

 それに反応するように徐々に光り出す水晶。


 その光がピークに達した時、目の前にホログラムのような映像が流れだした。

 そして一人の男が映し出されていた。


「どうした、ガルフよ」

「シャレード王、神器を使うご無礼をお許し下さい」


 それは王都にいる筈のシャレード王国の王様その人だった。


 (まさかトップである王様に直接繋がるとはな……)


 俺は驚きを隠せずにその映像を凝視してしまう。金色の流れる髪に煌めく豪奢な服を着ており、風格が王者のそれを思わせる程の圧力が映像から見て取れるほどだ。


 (なるほど……こいつがこの国……いや、この大陸の頂点か)


 俺は前世も含めて初めて見る王様に少し感慨深い思いに耽っていた。


 (まさか魔物の身で一国の王に会えるとはな)


 今の不思議な現状に少し笑いそうになるが必死で堪える。


 それに王様自らが通信に出るという事は、それほどこのユルブローからの通信というのは重大な事なのだろう。


「シャレード王、ガムルの大森林でスタンピードが起きたようです」

「なに? ……まことか?」

「はい、一人の冒険者が証言をし、それをAランクの冒険者パーティーに確認させました。間違いはございません」

「そうか……数はどの程度だ?」

「およそ数万との事……率いているのはドラゴンゾンビです」

「……そこまでの数か。それにドラゴンゾンビだと?」


 そこで今まで風格のある顔を保っていたシャレード王も、初めて顔を歪めた。


「ドラゴンゾンビとなると厄介だな……ならば飛竜部隊を100騎貸し出そう」

「はっ! 感謝いたします」


 すぐさま飛竜部隊がこのユルブローの街に来ることが決まったが、いまいち飛竜部隊の強さが分からないので、それを聞こうとしたら先にザジルが代わりに聞いた。


「王様、すいませんが飛竜部隊100騎はどの程度の強さになるんですか?」

「おぬしは?」

「シャレード王、申し訳ございません。こいつがスタンピードの調査を行ったAランク冒険者パーティーの一人、ザジルというものです」

「すいません。星屑の風のリーダーをしているザジルと申します」


 ザジルが急に話に割り込んだからかギルドマスターの顔が一瞬青くなるが、シャレード王は気にせずに話す。


「調査を行った者か。そうだな……飛竜部隊が100騎いれば一国を落とせると言えば分かるか?」

「いっ!?」


 あまりの馬鹿げた表現にこの場にいる全ての者が固まってしまった。

 かくいう俺もそうだ。


 (飛竜部隊が100騎で一国を落とせるだと? そこまで強いのか飛竜ってのは?)


 俺はその飛竜部隊を間近で見れることに喚起した。人間のほとんど頂点に近いであろう力を見れるというのは、それだけ貴重な機会だろう。

 俺はスタンピードという災厄に感謝してしまう程、この幸運を喜んだ。

 まずはその強さを目にすることで目標にする事が出来るので、具体的な強さを目指せるのはこの先を生きて行くのにとても役立つだろう。まずは飛竜部隊の強さを確認する事にした。


「この大陸で最大である我が国だから持てる戦力だ。その為、簡単には動かすことは出来ん。だが今回のような災厄には躊躇は出来んからな」

「はっ! シャレード王の英断に感謝を」


 ギルドマスターはシャレード王に感謝する。

 そしてそれからの動きは速かった。


 すぐにシャレード王が飛竜部隊の手配をし、ユルブローから王都までは馬車で1週間半は掛かる。

 それを飛竜部隊は出来る限り休まずに2日程度で来るという。


 シャレード王はその2日の間、どうにかユルブローを守れとの指示を出した。

 ギルドマスターは街を守れる人員が少ない事を上げ、周りの街に援護を要請し、それらはシャレード王の側近がすぐに手配してくれる事になり、他の街からの援軍は1日か2日で来れる場所は全てユルブローへという事になったようだ。

 そうなるとかなりの人数がこの街に来るという事になり、シャレード王との通信が切れてからは一気にその場が慌ただしくなった。


 周りの街から来る援軍に備えながら住民はガムルの大森林と反対にある街に避難を呼びかけ、それはユルブローに住む住民全てが対象になった。


 なのでユルブローに残るのは戦える者のみになり、戦えない者で残れるのは、負傷者を手当てする者か炊き出しをする者だけ。

 それ以外は問答無用で街から追い出される事になった。


 だが病気などで動けない者もいるので、それらは住民が手分けして一緒に移動する事になり、ユルブロー初の緊急事態宣言を出してから10時間と掛からずに、それらは実行され、そこそこ活気に満ちていた街がゴーストタウンのように、不気味なほど静かな街へと変貌した。


 ギルドマスターや他の冒険者達も忙しくなり、低ランク冒険者達も指示に従うようになったが、俺はこの混乱に乗じてすぐに街から抜け出した。


 なぜ抜け出したかと言うと……


 (期限は1日半といった所か……それまでに決着をつけたい所だな)


 そう、勝負の付いていなかったドラゴンゾンビと再戦する為に抜け出したのだ。

 あのドラゴンゾンビさえ止めておけば被害はある程度は防げるだろう。

 もし止められずにあの全てを無に帰すドラゴンブレスが街に向けられたら、それこそ何も出来ずに壊滅するのは目に見えている。

 あれだけは抑えておかなければならない。

 きっと倒せないだろうが足止めだけでもしなければと思い、またドラゴンゾンビの元へ向かう事にした。

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