46話 解明

 ガラハドが殴れというので、俺はその言葉を聞いた瞬間に即刻ぶん殴ってやった。


「ぐほぉっ!?」


 俺の全力の右フックで兜が盛大にぶっ飛んでいった。

 そしてそれと共に鎧も傾き倒れそうになるが、その一瞬後には一目散に兜を取りに走って行った。


「おお、すげーな。ほんとに兜を取りに行くのか。しかもアニメみてーに手をわたわたしながらとか……」


 それを見た俺は、久々に笑い転げていた。

 こんなに笑ったのはいつ以来かというくらい笑っていた。


「……スタークよ。殴れとは言ったが、普通はもう少し躊躇をしないか?」


 トボトボと戻ってきては、早々にそういう事を言うガラハド。


「しないな。俺も少しは予想してたからな。幻覚だなんだは痛みで治るってな」

「その通りじゃが、それでものう……」


 何やら納得がいっていないガラハドだが、この調子を見るに幻覚が解けてそうだな。

 きっと幻覚は幻覚と認識している事が前提で、それで強烈な痛みを与えれば解けるだろうと予想を立てていた。

 その結果は……


「ところでガラハドの幻覚はどうだ?」

「うむ。殴られた瞬間に解けたわい。じゃから急いで兜を取りに行ったんじゃ」

「ああ、なるほど。だから鎧が一瞬、傾いた後、すぐに取りに動いたのか」


 殴られた時はまだ幻惑に掛かっていたから、鎧が殴られた勢いで傾いた。

 だがすぐに幻覚が解けて身体が自由になったから、兜を取りに動き出したと。


 いや~その動きに笑わせてもらったよ。


「それで幻覚は治ったらこの景色はどう見える?」

「そうじゃのう……」


 そう言ってガラハドはぐるりとアルラウネの大群を見渡した。

 しかしその後の言葉は想像もしていなかった。


「……アルラウネじゃな」

「は? なんだって?」

「じゃからアルラウネじゃ」

「……それは幻覚じゃ?」

「いや、幻覚じゃないのう」

「んん? じゃあアルラウネが本当にいると?」


 俺の言葉にガラハドが一点を見つめたまま動かない。

 どういう事だと俺もその方向を見つめるが、大量のアルラウネがいるだけで、俺には何の事かさっぱり分からない。


「なぁ、どういう事なんだ?」

「アルラウネなんじゃよ。この大量のアルラウネを生み出していたのは」

「うん? よく分からんのだけど?」

「そのままじゃ。大量のアルラウネじゃなく、ただの一匹のアルラウネがこの幻覚を作り出しておったんじゃ」

「……なんだって?」


 ちょっとよくガラハドの言葉が飲み込めなくて聞き返してしまう。

 こいつは何を言ったんだ?


「もう一回言ってくれるか?」

「儂も少し信じられんのじゃよ。じゃが確かに一匹のアルラウネが見えるのみじゃ。それ以外は何も見えん」

「それじゃ何か? この広大な大地の中で一匹のアルラウネがいるだけだってのか?」

「うむ。それもここは荒野じゃな。大地には草木一本ありゃせんわい」


 ガラハドの言葉は、俺にはにわかには信じられない。

 こんな数十kmはありそうな程の広大な大地で、見渡す限りの全てをアルラウネの大群、しかも離れている所はアルラウネではなく樹木に擬態までしている二重の幻惑、それをたった一匹のアルラウネが創っていただと?

 しかも動かないならともかく、攻撃までしてくるわ、攻撃の種類は多様だわ、やられる時もリアルだわ、攻撃して倒したという感触も全て創っていただと?


 あまりの凄さを実感した俺はまさに絶句してしまった。


「うぬぅ……やはりこんな幻惑魔法なんぞ見た事も聞いたことも無い。それこそ神話の時代にあったと言われるような類の魔法じゃな」

「マジかよ……そのアルラウネは何者なんだ? 確実に普通じゃないだろ」

「うむ。普通のアルラウネは今までに倒したことのある素材が取れる奴じゃ。儂が見えているアルラウネは見た目は普通じゃが、能力は神にも等しい物を持っとるようじゃな」

「……じゃあ俺達はこれから神に挑もうって事か?」

「無理に戦う必要はないかもしれんよ。話が通じるかもしれんしのう」

「まぁ確かに、あれだけの魔法を使うんだ。知能は相当高いんだろうな」


 ガラハドの言葉に俺も同意する。

 もし言葉が通じるのであればそれはそれで有難いな。

 戦うとなったらこれだけの魔法を使うんだから、きっと死闘となり誰かが確実に死ぬ未来が見える。

 だが話が通じて戦わなくていいのであれば、それに越した事は無いだろう。

 なのでこの後リリとも相談すると思うが、話し合うという方向で行くだろうな。


「しっかしこの目の前のアルラウネの大群が一匹のアルラウネがねぇ……」

「やはり信じられんだろうな。一度幻覚を解いてみたらどうじゃ?」

「そうだな。痛み以外で解けるのか? 俺は痛みでも良いが、リリのも解いておきたい」

「そうじゃのう……やはり身体に入った魔力を排除するのが一番じゃろうな」

「ん? 俺は結界を張ってるが身体に入ってきてるのか?」

「きっとそれも通り抜ける程の代物なのじゃろう」

「そうか。ならちょっと追い出してみるか」


 俺はそう言って己の中にある異物を探ってみる。


 最初は分からなかったが、しばらく探っていると自分のとは違う何かがある事に気付いた。

 それは小さな小さな物で、普段では意識しても気付かない小さな物だ。

 それが俺の体の中にびっしりあった。


「おいおい……体の中にとんでもない程、大量にあるぞ」

「ほう。それは魔力なのかのう?」

「ああ……幻覚魔法の物だろうな。魔力一つ一つが信じられない程の小ささだ」

「なるほどのう。気付かないように魔力を小さくして飛ばしておるのか。まさに神業じゃな」


 ガラハドが言う通り、ここまで気付かれずに俺達を騙し続ける事が出来るとは恐れ入る。

 それもこの階層入った時からだとするならば、それこそこの階層の神であろうか。


 俺なんかはただの屍喰鬼グールでしかないが、デュラハンではあるがガラハドは王国騎士団長にまで登り詰めた男だ。

 そんな奴をこんな長時間、騙し続けるのは容易な事ではない。

 それも日常生活を送るのではなく、激しい戦闘をして視覚や聴覚、感触に至るまで全てをだ。


「ほんとにこれは俺からみたら神業だな。こんな事が出来る奴がいるのかよ」

「ほんにのう。あのアルラウネはちとおかしいぞい」


 ガラハドの言う通り、この幻覚魔法は普通じゃない。

 俺はようやく体の中の異物を外に追い出す事が出来た。

 そしてガラハドが見つめていた場所を見てみる。

 すると……


「……ほんとに一匹だな」

「見るまで、いや、見ても信じられんじゃろう?」

「ああ……まじで何者だありゃ?」

「神か悪魔か……はたまた天使か何かかものう」


 まじでガラハドの言葉通りかもしれないな。

 そんな事を思いながら俺は不安はあるが、あのアルラウネに会える事に胸が高鳴るのを感じた。


 それからはリリの元へ戻り、再度アルラウネの居る場所へ向かい、リリの幻覚を解く事にした。


「ねぇ! ガラハドおじちゃんがしんじゃうよ!」

「大丈夫だから。じっくり見てみろ」

「やだよ! おとうさん! ガラハドおじちゃんが!」


 まぁ幻覚っていうのはこういう物だよな。

 しかしそれを解かなけりゃいけない。

 そして遠くで解いても意味がない。あのアルラウネに近い場所の方が幻覚魔法が強くなる。

 なのでリリが攻撃を受ける幻覚を見る直前の場所まで来た。


 多分だが攻撃を受ける幻覚を見ると今のリリだと発狂してしまうだろう。

 ガラハドは頭がイッてるから大丈夫だったが、リリのように普通の人間だとあの蔓に巻き付かれまくってりゃ頭がおかしくなる。


 それにガラハドに聞いてみたら、蔓に引っ張られている幻覚を見てる時はどんな幻覚か聞いてみたら、身体が引き千切られるような幻覚が続いていたとか。

 そうだとしたら普通に頭がおかしくなってしまうだろう。


 そうならリリは絶対に耐えられない。なぜなら今も発狂しているようなものなのだから。


「ねぇ、おとうさん! ほんとにだいじょうぶなの!?」

「大丈夫だ。絡まって宙に持ち上げられて終わりだ。それより自分の体の中に別の魔力があるはずだ。それを外に追い出すんだ」

「でも……ガラハドおじちゃんが」

「大丈夫だって。そのまま見てな。持ちあがったまま何も起きないから」

「うぅ……」


 我慢して耐えるようにガラハドを見ているリリだが、やはり親しい人が危険な目にあっているのをただ見ているのは辛いのだろう。

 だがそれはこの幻覚を解く為にも必要な事だ。疑念が生まれればこれが幻覚だと分かる。

 そうすれば己の中に入って来た異物にも気付きやすくなるだろう。

 今は我慢して貰うしかない。


 それからしばらくはリリの辛そうな顔を見るのが辛かった。

 しかしその顔は徐々に辛そうな顔から何かを疑う顔に変わっていった。


「どうだ? あのまま動かないだろ?」

「……うん。どうして?」

「所詮は幻覚だからな。あれ以上のしようがないのだろう」

「そうなの? ……ガラハドおじちゃんはほんとに痛くないの?」

「ああ、実際はガラハドは上に持ち上げられてるんじゃなく地面に立ったままだ」

「ええ? そうなの?」

「ああ。俺は幻覚を解いたからな。地面にただ突っ立ってこっちを見ているぞ」

「……わかった。おとうさんを信じる!」


 そう言ったリリの眼は、力強く俺を見ているように見えている。

 その目を見て俺はもう大丈夫だろうと思い、時間を掛けても良いから、ゆっくりと自分の身体から異物を追い出してみてくれと伝えた。



 それからはリリが一生懸命に目を瞑り自身の身体の中の異物を探り、それを追い出すようにしていた。


「これかな……? 見つかった! でも追い出すのはむずかしそう」

「見つかったなら大丈夫だ。身体の中にびっしり入っているだろうから、ゆっくりでいいぞ」

「うん。すんごいいっぱいある! こわいねこれ」

「だなぁ。知らぬ間にこんなに一杯入ってるとか怖いよな」


 もしこれが毒だったならもう無敵の一言だろう。

 この世の魔王にでもなれそうだ。

 けど毒なら苦しむだろうから気付くか。


 (ならやはり気付かないで騙され続ける幻覚だったり、洗脳や催眠の方が有効かもな)


 俺がそんな事を思っているとガラハドがすでに俺達の目の前まで来ていた。


「リリはどうじゃ?」

「もう幻覚だと分かって身体の中の異物にも気付いたぞ」

「おお、やはりリリは優秀じゃな」

「ああ、きっと才能はあるだろうな」


 すでに親ばかになってそうな感想だが、それでもリリは魔力に関する才能はあると思う。

 そのリリを信じて待つ事にした。


「もし並の魔術師がこれを痛みじゃなく自分で解くとしたらどのくらい掛かる?」

「そうじゃのう……一週間はかかってもおかしくは無いじゃろうな」

「へぇ~。じゃあリリもそのくらいかな?」

「いや、リリは儂の目から見ても才能があるから、三日で出来そうな気もするのう」

「そっか。なら気長に待ってみるか」

「それがよかろう」



 そう呑気に話していたが、リリはやはり才能があったようで、俺達の予想より早い二日で幻覚を解いたのだった。

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