1-43.決別。

〇望〇


 美怜の泣きそうな顔。

 僕はその眼を直視することは出来ず、逸らす。


「いつもの、いつもの演技だよね?」

「その意見が違うと言うことは判っているね?」


 問い掛けに問い掛けで返す。

 彼女が判っていることをわざわざ言いたくない。

 言って苦しくなりたくない。


「――君のお父さんが死んだということは――それが最初の嘘だ」


 本当は僕は唯莉さんの台本のことを美怜に言う気は無かった。


「そして、僕が双子というのも嘘だ。誕生日は一緒だがね?」


 自分のしていることに罪悪感を覚え始めていたからだ。


「血の繋がりすらない――全くの他人だ」


 しかし、どうして僕はこんなにも残酷で冷静になっているのだろうか?


「僕の義父は君にとっての実父だ

 ――そして君は父親にとっては発作の原因であり、僕にとっては取って代わりたかった位置に居る

 ――嫉妬の対象で僕の最大の敵だ」


 あぁ、そうか、僕は美怜が嫌いなのだ。

 お義父さんを倒したのは彼女だ。

 そして僕が代理品に過ぎないのは彼女がいるからだ。

 そして、家族ごっこを失敗させてしまった僕はお義父さんから見れば用済みになる。

 今日、義父が僕らに会いに来たのも成功として僕を捨てに来たのだ、間違いない。


「判ったかね? 平沼君」


 平沼君から言葉が返ってこなかった。

 当然だ、僕は家族としてこの一ヶ月と言う短い時間の中で、彼女に大きな影響をもたらした。

 その分だけ彼女に与えるダメージは大きい。


「私が――お父さんを苦しめたの?」

「そうだ――お前のせいだ」


 平沼君の青紫色の瞳が揺らぐ。

 実の親にイラナイ子扱いされた点でトラウマのトリガーを引いたようだ。

 それでも彼女は倒れず、こちらを見上げ、意思の有る赤い目にしてくる。


「望があんなに家族を求めていたのは?」

「家族に切望し、絆を求めていたのは確かだ。

 しかし、僕の家族はお前じゃない」


 僕にイラナイ子と言われ、美怜は苦しそうに膝を折る、それでも彼女はこちらへの視線は弱らせない。


「僕を通して見る君じゃなくて、僕自身を見てほしかった。

 僕を息子にして欲しかった。叱って欲しかったし、褒めて欲しかったし、親らしいことをして欲しかった。

 だからこそ能力を磨いた」


 美怜は何も言ってくれない。

 だから、僕は続ける。


「あえて言おう。早くクラスの所へ戻れ、お前の顔も見たくない

 ――僕のお義父さんに何かがあったら、僕はお前を許さない」


 平沼君の眼に睨みで返す。


「……自分を壊そうとしてまで私を叱ってくれたのは?」


 それでも平沼君は倒れない。


「お義父さんとの関係を終わらせてしまうのが怖かったからね。

 自分は潰れてもよかったのさ。

 君を名前通りにするように頼まれていたからね、それが出来ないほうが怖い」


 一つ潰す。


「――一緒に寝て、いつも手をぎゅっとしてくれたのは?」

「家族という設定を壊さないために強く出れなかっただけだ」


 もう一つ。


「どうして、そんなに望は悲しそうなの?」


 言われ気付く。

 自分の手に力が入り、拳が握られていることに。


「僕が計画を間違えたせいで家族を手に入れることができなくなったからだ。

 いや、そもそもに僕には家族を手に入れることなんかできなかったんだ。

 所詮、僕は君の代理だ」


 そうに決まっている。


「望はどうしてそんなに嫌われようとしてるの?」


 縋るように右手を掴まれた。

 彼女の手はいつものように冷たく、でも暖かみがあった。

 しかし、震えている。僕がそうさせてしまった。

 僕にはその手を握って貰う資格なんてもう無かった。

 平沼君が唯莉さんにしていた態度のように僕は冷たくされるべきなのだ。


「平沼君、最初から嘘だったんだよ

 ――君は非常に賢いし人の表情を読むのが旨い」

 

 声がうまく出ない。思考が乱れる。


「しかしだ、僕のほうが上手だったし、今、君はトラウマで正常な判断が出来ない。

 だから、君が今の僕が嘘だと思っても、これらは本当だ。

 だから、お前は要らない――僕の前に居られると感情を抑えきれなくなる。

 早く行け。これが最後の情けだ」


 その手を振り払った。

 平沼君はその振り払われた手を恐る恐る観、涙を溜める。

 僕は今まで一度も力づくで彼女の手を引き剥がした事は無かった。

 これで判ってくれた筈だ。


「判ったよ。

 家族が出来たって思って、はしゃいで、喧嘩して、変わって――捨てられる。

 そういうことなんだね。判ったよ」


 そして平沼君は僕に背を向けると、走って行ってしまった。

 僕にその背を見つめることしか出来ない。

 その背中が角で折れ、消える。


「あぁ――」


 僕は肺一杯に空気を吸い込み、自分を落ち着け――そして男子更衣室に入り、着替えることにする。

 脱いだ体操服はびっしょりと濡れていた。

 だから、僕はついでとばかしに顔をその体操服で拭く。

 びっしょりと水を吸い取ったそれをみて僕は、何とも言えない気分が湧いてくることを自覚した。

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