1-24.美怜の軽度依存症。
〇望〇
夢を見ていた気がする。
懐かしさだけを残し、曖昧になっていく。
けれども、その中で見た女性は微笑んでいた気がする。
――プニプニ
頬に違和感を覚え、意識が覚醒していく。
目を覚ますと美怜が楽しそうに僕の頬を突いていた。
「何してるんだい、君は……?」
「おはよう、望、プニプニしてたんだよ、ほらプニプニ」
言いつつ、僕の頬を弄んできて、何とも言えない気分になる。
やれやれと思いながら、意識の覚醒度が上がっていき、状況が見えてくる。
――美怜が裸だ。
思考が止まった。
上下ともに一糸まとわぬ姿で、隠そうともせず、楽しそうに僕の上に覆いかぶさっている。
白磁の様な肌、鎖骨から徐々に下に行くと豊満で柔らかそうなメロンと紅色が見え……目を逸らした。
異常事態だった。
「所で……君は何故に裸なんだい?」
「望が脱がしたんでしょ?」
……やってしまったのか……?
近親相姦の文字が浮かび、頭を抱える。
義父の顔が浮かび、申し訳なさが湧いてくる。
「激しく私の事を虐めたんだよ?
そしたら望が自爆して、慰めてたら寝ちゃったんだよ?」
「……あー、スマナイ、見境が無かったね、僕は」
思い出した。
昨日の夜、美怜に判らせるために行った暴力のことだ。
見ればボタンが飛んでいたり、千切れた服が飛んでいたり、凄惨たる有様だった。
記憶が飛んでいたのは、僕がきっと未熟者だからだ。
一番根底にあるトラウマを制動かけずに発露して、予想通りに自爆した事実も僕を微妙な気分にする。
まだ引きずっている、未熟者だと、そう自分に責め立てられ、頭を抱える。
「せめて何かで隠そうか、美怜、目のやり場に困るんだが?」
「自分で剥いといて……別に裸ぐらいいいんじゃないかな、家族だし?」
耳を疑いつつ、問う。
「一緒に寝るのと同じで、
「そうだよ?」
何がおかしいのと言わんばかりの無垢な表情で帰って来た。
「あのエセロリ……!」
浮かぶは永年小学生がクフフと底意地悪い笑顔を浮かべた姿。
憤りが生まれる。
「良くない、絶対良くないからな? 一般的な体裁的な意味で」
「望が一般的とか、常識を語ってもなーって思うよ?
世間様の目なんて気にしなくてもいいんでしょ?」
僕の家族感とずれているから戸惑うし、自分が言ったことが自分に跳ね返ってきていることも頭を抱える要因だ。
近親相姦だとかは求めていないし、家族の中にも礼儀ありだ。
どうしたものかと悩む。計画にも無い。
「なんでそんなに落ち着いてないのかな? おかしいよ、望」
おかしいのは君の頭か、常識か、良識だと思うんだが……
言っていいものか悩んでいると、
「あ、そうか、私、一昨日からお風呂入ってなかったから臭かった……?」
美怜が自身の腋を嗅ぎ、微妙な顔をした。
釣られるように嗅覚を動かして、
「いや、何というか……甘い感じがして、いい匂いだぞ?」
「えへへー」
正直に述べてしまった。
美怜は嬉しそうに抱き着いてくる。
柔らかい物体があたり、妙な気持が沸いてくる。
「離れたまえ、うん」
「むー」
彼女の手を手で押さえて引きはがすと、不満そうな顔で返される。
「とりあえず、お風呂沸かすね、でご飯も作るよ」
そして美怜の柔らかさと体重が離れる。
立ち上がった美怜の肌が窓からの光に照らされる。
白い肌が朝日を跳ね、まるで彫像の様な、絵画の様な一枚。
素直に奇麗だと思った。
「一緒に入ろ?」
「早く行きたまえ……!」
掛け布団を投げつけてやる。
美怜はそれを羽織りながら、残念そうな顔をして出ていく。
調子が狂う。
浮かぶは美怜の手の感触。
そして自分の手を見て、僕は握りこぶしを作った。
〇美怜〇
「死ににいくわけじゃないんだがね?」
「別に心配してるわけじゃないよ、望だもん。ゲームのボス相手でも大丈夫だよ」
望が出かける見送りだ。
最初は見送り自体も遠慮していた望だが、結局、参った参ったと、見送りを許してくれた。
行先は西舞鶴駅、途中で真那井商店街の中を通る。
今日は休校日で路面電車が少ない。当然、歩きになる。
「えへへー」
望は私に甘い。私も甘える。そう決めたのだ。
私は望が準備している間、洗面所に置いておいた唯莉さんから貰った変装用具を押入れに仕舞い込んだ。
もう使うことも無いだろう。
今は紫外線避けの無色のクリーム、そして色の無いUVカットのコンタクト、そして日傘代わりの雨傘。
望が出発した後、散歩をしてみようと思うので長時間、外に出ていそうだからだ。
服は制服。長袖で一番に可愛いのがそれだったからだ。
同時に自分が衣服に地味さだけを求めていたかを思い知った。服屋にも行こうと思う。
「学校外だが平気かね? それに日傘の代わりに雨傘だし、目立っているが……」
言われて気付く。
買い物に行く際など、外出時に色の入った濃い目の変装に近いケアをしていたが、彼は何も今まで言ってこなかった。
さらに私を映えさせる行動もして来なかった。
彼が私を周りの視線に慣れさせるというのはその通りで、学校という狭い空間の中だけだったのだ。
一度、理解した後に望の行動を見直すと、私を気遣った行動は非常に多い。
道は道路側を歩いてくれるし、歩く速度を私に合わせてくれているし、
求めたら手も繋いでくれる。
思い返せば、学校内でも該当する行為は多い。
始業式も、自己紹介も私を元気付けようとしてくれた。
目立たせるという行動が学校では目立っていてそのイメージしかなかった。
外でも彼は私を見守ってくれていたことに気付く。
「私を不安にさせないんだよね?」
「――いい傾向なんだが、うん、依存じゃないよな?」
望がそう心配そうに問うてきた。
珍しい。
いつもなら、他人の心情など把握していて当然だと態度なのに。
「依存だよ? 望依存症――甘えさせてくれるんだよね?」
「甘えてくれるのはいいんだが――うーん」
そう素直に言ってやると望が困ったような顔をする。これも珍しい。
どうしたものかと考え込む望は歩を止めた。私の手が引っ張られる。
「――もし僕が居なくなったらどうするんだ? 例えば、高校卒業をした後とか、進路は違うものになるだろうし。彼女が出来たら、美怜ばかりにかまうのはムリになるだろうし」
彼の顔は真剣そのものだ。こちらを心配しているのかと思う。
しかし、若干、その考えは何故かずれている気もする。よく判らない。
「遠い話で想像がつかないよ――でもね、これは確定。私はもう他人を怖がらないように頑張る。素直に生きるよ」
望はそれを聞き、安心したように歩を再び進ませる。
「いなくなるような言い方だよね。どうしたの? 晩御飯には帰ってくるんだよね? 後、さっき言ってくれたけど、明日は晩御飯作ってくれるんだよね?」
ふと、そう浮かんだ疑問を素直に話す。
同時に望の手を強く握り締めている自分がいる。
「今日、事故にあって、帰ってこないかもしれない、記憶を失ってお前を家族として扱わなくなるかもしれない。――人というのはあっさり居なくなるものだからね」
疑問に答えてくれないことに不満を感じる。
でも、望は大真面目で実感が込められている。大切なことなのだろう。
だから、私は大真面目に悩み、答えを見つける。
「意地悪だね、望。昨日は自分が倒れそうになるまでになって私を説得してくれたのに――夜なんて、あのままぎゅっとこちらを抱きしめて離れないんだもん」
事実だ。
言われた望はまるで兎のぺー太君みたいに口をバッテンにし、何とも言えない表情を浮かべる。
「――でも想像したくないかな。望が居なくなるのは」
「そうか」
望が笑った。
でも、それは少し悲しそうな感情が漂ってきた。
何故なんだろうと疑問に思うが、それを口にしても彼は答えてくれないのだろう。
そういう人なのだ、望は。
家族の中でも隠し事ぐらいはあるもんだとは、
いつの間にか、駅へと続く商店街のレンガ道へと足を踏み出していた。
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