1-25.家族計画の黒幕。
○望○
「――と虐めを誘発した際、予想外に美怜の精神状態が弱くなってしまったために奥の手も使いました。
ただ、結果だけで言えばこれらは逆に良い機会になるかと存じます。
これでほぼ彼女を名前通りにするミッションは終わり、後は経過観察。
課題としては家族観の修正が必要な形となります」
僕は対面にそう報告する。
ここは京都タワー展示室にあるレストラン。
そこからは京都の街を一望できるのだが、今日はどんよりと雲がかっており残念だ。
「クフフ」
対面する一人は邪悪な笑みを浮かべる小学生の姿をした悪魔。
「先ず、怒りを誘発させ興奮状態にする。
そして頚動脈圧迫で酸素不足にし、朦朧とした意識に恐怖の刷り込みを行う。
で、感情と優しさをたっぷりとぶつけることでギャップの効果を上げる。
悪意のあるセラピストやヤクザの手段やね」
面白そうにのたまう姿は邪悪そのもの。
美怜にどこと無く似ているが、更に背が低い。また、長い紫髪をポニーテールにしているのも一層幼さを演出している。
そして何より何故か、ランドセルまで持っている。
年齢を聞いた時にはハリセンが飛んできた。
ただ、細目の奥。薄っすら開けた眼差しは人生の苦難を乗り越えてきたことを物語っている。
これが
「望、お前はどないや?
倒れた言うたやん?
今日も遅刻する言うてたから心配したわ」
彼女のイントネーションは京都弁や大阪の方のモノや舞鶴弁が混じったものだ。
関西弁には間違いないが心の狭い人には似非関西弁のレッテルを貼られるだろう。
さておき、
「僕ですか?
心配することではありませんよ。
遅刻したのは違う理由でやむをえない事情があっただけですので」
原因はゲジ眉……鳳凰寺君だ。
途中、特急電車の中で見つけてしまった。
舞鶴、京都間の特急電車は少ない、偶然というより必然的で致し方ない。彼女は習い事があると言っていたのは確かだ。
あっちは気付いていない素振りだったが、念のため、二条駅で途中下車した。
すると彼女も降りてきた。
気づかないふりをしていただけかと警戒し、バスへ。
乗ってこなかったので杞憂だったようだが、結果、予定よりも遅くなってしまった。
「子供らしくあらへんな、ホンマ――まぁ、望君、自身にも家族計画、楽しんで貰えてるようで何よりや」
唯莉さんはコーヒーを一口含めながら、飽きれたような目線でこちらを見る。
苦いのか砂糖を加え始める。
「兄さん、言うことあるやろ?」
「あぁ……」
その隣に
兄さんと呼ばれたのは僕の養父だ。
掘りが深く、肌は焼けている。
何処か人生に疲れたような雰囲気があり、その上、最近は白髪が目立ち始めるのが気になる。
しかし、実際の年齢はまだまだ若い。なお、
「――ムリしてないか?」
一瞬、驚いた。今までに無かったことだからだ。
僕のことを気遣ってくれている事実に涙が出そうになる。
「初めてのお願いをされた事実、それで今のご配慮で一層満ち足りました、幸せです。
お義父さん、僕は貴方に認められたいし、孤児院から引き取っていただいた恩にも報いたいというのは変わりません。
だからそれで十分です。
美怜のことも嫌いではありませんし」
ふと、手を見、美怜の暖かさを思い出している自分が居ることに気付き、最後にそう添えた。
取り戻したその感触は僕はとても嬉しいものだと思っている自分がいるのは確かだ。
「『甘えてくれ』――なぁ?
舞台裏を知ってる者からみたら、まるでプロポーズや無いか。
はは、そのまま、結婚してしまってもええんやで?
今度、使わせて貰うわ」
茶化すように唯莉さんがクフフと笑う。
「それは僕が悪かったと思います。
唯莉さんに言われていた甘え癖を直すどころか増長させる羽目になってしまったのですから」
「別にええよ、責任取ってくれればな?
そっちの方がおもろいし。
血の繋がりなんてホンマはないんやから問題にもならんし、それに反対なんてしないとおもうで」
そして彼女は視線を隣へ。
「胸もでかいし、器量もええ。
引っ込み思案の対人恐怖症やったけど、根は素直なええ子や。
地頭も驚くほどええ。料理も家事も何でも出来る。
――のは私がでけへんやったからやけどな、お買い得やで?」
上野のチョコの叩き売りの如くマシンガントークだった。
そんな唯莉さんの顔に浮かべるは愉悦で、養父と僕を弄って遊んでいるのは明白だ。
「ご冗談を。
確かに好意は有りますが、家族という設定の中ですよ。
誰かさんが家族というモノを華美にそして、頭の悪い方にしなければもっと楽だったんですけどね……!」
暗に
「ええやん、男を教えたったら、
お兄ちゃんと言わせながら嬌声をあげさせるとか滾らん?」
「僕が求める家族像はそうじゃないのはお判りでしょうに」
「そこに拘り過ぎるからまだ引きずってるちゃうん?
引き取られる前のことを」
言われ、言葉が詰まった。
図星でかつ、フラッシュバックで眩暈を覚えたからだ。
震える手で水を一口だけ含める。
そこでようやく落ち着く。
「……あー、ごめんな、まだつらかったんやな?」
「僕が未熟なだけですよ、美怜の前で感情を発露しただけで倒れたのも含めて」
ふと思い出すのは、美怜が倒れそうになった僕を抱きしめてくれたこと。
現状に直接関係が無いが、安心した自分が居たのは確かだ。
「まぁ、望君の課題ではあるわな」
「判ったように
「ぇ、
こんなロリがええの?
おばさんやけどな?」
「正直に言っていいですか。
クタバレ、この永年小学生」
クフフっと面白そうに笑う合法ロリ。
得意とする会話という言葉のやり取りですら、手玉に取られることが多い。
これが経験の差というモノなのかもしれない。
「望」
お義父さんが僕の名前を呼ぶ。珍しいことだ。
そもそもに言葉数も少ないのだが……
僕の喉が鳴った。
プライバシーで他人を呼ぶ時、僕を含み、彼が使うのは代名詞だ。
僕の場合は、お前、などが多く、何か重要な言う前置きなのだろうということが判る。
例えば、もう帰って来いとか――そう想像できた瞬間、何故か心が重たくなった。
「美怜を頼んだ……会うと倒れてしまう不甲斐ない自分の代わりで申し訳ないが」
「私からも頼むわ、なんだかんだ言って面倒見てきたさかいな」
そう言って二人を頭を下げてきた。僕にとってそれは予想外だった。
お父さんが僕に頼み事をしてくれるのは、美怜の強制が一回目。これが二回目だ。
頼ってきてくれている、正直、嬉しい。
「唯莉さんこそ、お義父さんをお願いします。さて、そろそろお暇します、買い物もありますが美怜にお土産も必要ですし、心配させそうなので」
時間を見れば、夕方の便の時間が近づいてきている。
買い物をすればギリギリという感じだ。
「ういうい、頑張れお兄ちゃん……なんや、その微妙な顔は」
唯莉さんへの嫌悪感が顔に出てしまっていたらしい。
「さて、うちらはもうちょっとデートしとるわ」
「……お義父さんを犯罪者に仕立て上げないで下さいね?」
「娘にしか見えへんし、へーきやへーき、ほなさっさと行き、しっし」
軽口を交えながら、席を立つ。
そして美怜に何を買っていくか、悩み始めた。
頬がにやけているのには、エレベーターの窓に映った自分を見てようやく気付いた。
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