1-9.話しかけるは兎の人形。

〇望〇


「はぁ……」


 スヤスヤと呑気に眠る美怜を見て、ため息を一つ。

 寝ているのにこちらのスペースはきっちり空けられている。


「僕にするようにどんな場でも自分に素直であってくれるようにしてくれれば、僕の頼まれごとは終わりなんだけどね?」


 ベッドの上に腰だけ落ち着け、どうしたものかとぼやく。

 さすがに胸を揉む気はない。

 それでも腹いせとばかりに髪の毛をすくう。サラサラとした手触りの良い毛並みが心地よい。


「初日に押し切られたのは確かだね?

 だが、今日も昨日もその前も拒否しきれないのは何故だろうか?

 自問自答しても答えは出ない。

 甘いと言われればそうなのだが……うむ」


 美怜の寝相の良さから言えば、このまま何処で寝ようと気付かないと思うのだが……

 ふと布団から零れている白い手に眼が行く。


「望……」


 その手が伸びてきて冷たい感覚が僕の手を包み込んだ。

 起きているのかと内心ドキリとするが、しっかり彼女が寝ているのを確認し、安堵。

 細い指、強く握ると壊れてしまいそうだ。だから雪を扱うように柔らかく握り返した。なんだか、暖かくこそばゆいような感覚が僕を襲う。


「感覚は雪のように冷たいのになぁ。

 何故だろうね?」


 自問するが答えは出ない。

 ここまで純粋に、そして自己を確立したまま、僕自身に対して請われている事態に戸惑いを覚えているからかもしれない。

 確かにこれは洗脳という状況で作り出した依存という状況なのは理解している。

 今まで能力や才能で排除されたり、逆に打算的に利用されたりしたことはある。

 自分の人生で、ここまで僕という存在そのものを請われることは無かった。

 確かに家族という役割から来ている部分が大きいのかもしれないが、それでもだ。


「家族か……」


 美怜と家族をするということすらお義父さんからの初めてのお願いで、利用されているのが実のところだ。

 それは僕にとって裏切れないもので、自分はその期待に応えたいと思う反面、打算的に利用されているのではないかと常に疑念に思っている。

 終わってしまえば僕は用済み、捨てられる可能性を捨てきれない。代理品という考えがいつも僕にまとわりついている。


「ぺー太君、どう思う?」


 ふとこれからの生活でやらなければいけないことを思うと――思考が乱れていることに気づき、机の上に陣取るうさぎの人形に眼を向けて問いかける。


「……」


 彼は答えてくれない。

 好きにしろと言われている気がするし、そう自身の考えも纏まっていることを自覚することが出来た。


「家族か」


 彼、ぺー太君は形見だ。

 恋焦がれても僕には手が届かなかった家族。

 姉の様な存在はいたが、炎にまかれて死んでしまった。

 文字通り、手が届かなかったのだ。

 その形見だ。

 その妹には随分と恨まれた記憶があるが、小学生低学年の話で、僕はそのすぐ後に養子となった。


「ただ……僕の家族像は彼女だよな……」


 僕の中に理想像やこういうモノではないかと言う想像は明確に描いていた。

 その人がしてくれたように、優しく、時に厳しく……包み込んでくれるような存在、それが家族だ。

 同時に最近は美怜の手のように暖かい存在なのではないかとも思うようになってきている。

 美怜は怖がりだけど無垢で無条件に僕を認めてくれるし、暖かく包み込んでくれる。打算など何も無い。

 だから、僕はこの手の冷たさが嫌いではないらしい。


「……」

「なるほどなぁ……」


 ぺー太君は無言のままだが、僕が美怜に翻弄される原因に合点がつく。

 つまり、理想の家族像を彼女に見ているのだ。

 確かに、美怜のことはまだまだ知らない事も沢山ある。まだ食事をして、会話して、一緒に寝るだけの歪な関係だ。

 話し合いで食事や掃除当番は決めたが、まだまだ知らないことが多い。

 幼女もどきから貰った知識はあるが、一週間も立たずに人間を完全に理解できるほど、僕は老練ではない。

 それだけなのに逆の立場の美怜は全幅の信頼を置き、僕を家族だと扱う。

 僕を翻弄する美怜をる必要があるのは、家族というモノを知る上でも決定事項だ。


「あ、望……手あり……がと……すぅ」


 一瞬意識を戻した美怜は安心したように微笑み、再び、小さな寝息を立て始める。

 恐らく彼女も僕と同じように、こちらに暖かさを感じているのかもしれない。


「自分から握ってきたのに勝手なことだ」


 美怜のことを考えると初めての感覚で戸惑うのだ。今までの人生、かなり外道なこともやってきたのに、たかが一人の少女相手にだ。

 彼女は僕と同じように家族に憧れていた。

 美怜は育て親に捨てられるような形になってしまった。実親も死んだ。そのどん底に手を差し伸べたのが家族の僕――という台本だ。

 依存させるための状況づくりとしては良く出来ている。

 そして少なくとも僕はお義父さんとの繋がりは持っているし、本当に家族になることが叶わなくてもお義父さんととは家族になりたいと思い続けることが出来る分、状況としてはマシともいえる。


「ありがとうか……」


 僕が頼まれたのは彼女が名前通りに生きていけるだけの力を与えることだ。

 それが終わってしまえば僕は彼女との関係に意味はほとんど無くなる。

 だけど、美怜との生活が悪くないと思う自分がいるのは確かだ。

 美怜は賢いことは判ったし、掛け合いも張りがある。なにより、


「手の暖かさが好きなのかもね?」


 自嘲するが否定する材料も無い。

 そう考えているところに湯冷めしたのか寒さを感じ始める。春でも日本海へ接する舞鶴の夜は寒い。居間ではコタツがまだ活躍している。

 掛け布団をはおり美怜の体温を感じながら、意識が落ちた。

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