1-8.布団を占拠するモノ。

〇望〇


「ふしゅぅぅううう!」


 うちの白いウサギの威嚇! 効果は何というか……微笑ましい気分になるね?

 お風呂の後、僕の部屋に乱入。そして僕のベッドの上で掛け布団を奪い、それで体を包みこんだ物体の行動であった。

 白い毛並みの姿といい、白いパジャマに白い耳付きパーカーといい、今のうめき声といい、小さい姿といい、唯莉さんの言っていた通りの甘え癖といい、全くもってウサギだ。

 机に座り、お義父さんに報告書を送った後、インターネットで新番組のぬいぐるみ劇場版『ぞく杜』の情報を探して終えて時計を見る。

 九時半、そろそろ寝る準備だ。


「さてと……いい加減、僕の布団を返してくれないかね? 

 出来れば自分の部屋で寝てくれ」


 唸るだけで害も無いが、現状の問題を解決することにする。


「望のばかばかばかばーかぁ!

 なんで委員長に私まで巻き込むの!」


 白うさぎ――美怜は、僕に青紫色の涙眼で訴えかけてくる。

 彼女の場合、眼だけでもう落ち着いてるのが判るのは便利だと思う。

 脳で理解はしているが、不安に対して文句や愚痴を聞いて欲しいのだろう。


「二人っきりになったらすぐそれだ。

 帰宅の道中でも、晩御飯の時も、今寝る時も。

 文句を言うのなら僕の布団から出て行ってほしいね。

 そもそもに高校生にもなって家族と一緒に寝ようというのはどうかと思うんだが?

 胸を揉むぞ? 揉みしだくぞ? 僕だって健全な男子だ。

 あと、唐揚げにレモンは許さん」

「寂しいのや不安や一緒に寝るのと文句は別だよ! 

 胸は揉んで良いよ!

 それに唐揚げにはレモンだよ!」


 挑発に返ってくる反応は、学校でのオドオドから一転、素直な言葉で歯切りも良い。

 積極的で好ましい傾向で計画通りと言える。

 一部言動がおかしいのは気が昂りすぎてだろうと希望的観測で処理だ。

 一緒に寝る発言についてはどうやら家族=川の字で一緒に寝るものだと唯莉ゆいりさんに刷り込まれているのも原因なのは今日の晩御飯の会話から理解した。

 小さい頃に、家族って何するのか聞いた時にそう答えられたらしい。

 あの幼女もどきに今度会ったら文句の一つも言うつもりでいる。


「自分の分だけレモンはかけるものだと思うがきのこたけのこ並みに不毛だ。

 ――それはさておき、元から他薦する予定だったのは事実だ。

 家でも片付けられるようになって僕が楽だし、どうせ部活は入らないだろう?

 僕を助けると思ってくれ」


 理論責めと心情に訴えかけると美怜からは苦々しい表情。

 だから、安心させるために一押しすることにする。


「僕は美怜とは長く過ごしたい、それに僕が居るから大丈夫さ」


 真っすぐ彼女のサファイアの様な目を捉えて断定する。


「っ――!」

 

 ルビー色に変わる眼。美怜は慌てて頬も真っ赤に染めながら、俯いて僕から視線を外す。

 対人で見つめあいに慣れていないことを利用し、目線を逸らさせた形だ。

 女性が下に向いて目線を外す場合は、恋人でない限り【恥ずかしい】という思いの現われである。

 美怜の脳内がパニックに陥っているのが手に取るようにわかり、まともな判断も出来ないはずだ。


「ずるいよ、ずるいよ、私もなっちゃったことには仕方ないと思ってるんだよ。

 望は家族だから守ってくれると理解してるし……そんな言い回し、

 うう、目立ちたくないのに――、

 どうせ私なんかノーメイクのインパクトが凄かっただけだよ」

「君はもうちょっと自分のことを鏡で見る必要があると思うのだが?」

 

 まだまだネガティブにすぎるのは要強制と脳内メモをつけておく。


「すんごい恥ずかしかったんだよ!

 それに……」


 美怜の表情が陰て言い淀む。何かを悩んでいる、否、何かに対して怖いという印象。そして答えは美怜の言葉の中にあるのではないかと当て推量をつける。


「ゲジ眉君――鳳凰寺君のことかい?」

「――うん、帰り際、おめでとうって声を掛けてくれたんだけど――表情が違和感があって――敵意か何かが透けて見えて心の中がざわつく感じがして――だから、不安なんだよ」


 美怜はこちらが当てたことを驚いたように青紫の目を開き、正直に話してくれる。


「恨むなら望だけに視線を向けてよ。

 私の波風を立たせない生活は何処へ」

「ま、そこは僕という家族を得た時点で諦めて欲しい――イイ高校デビューだったろ?」

「ぅぅぅぅ――」


 不意に美怜の唸り声が止まった。


「――高校デビューと言えば」


 そしてゆっくりと顔を掛け布団から出しながら、こちらに微笑んでくる。但し、目元は笑っていない。

 カラータイマーも赤いままだ。


「今まで委員長のことで頭一杯だったけど、私がほとんど素の状態で登校しなくちゃいけなくなった犯人は望、君だよね?

 朝目覚ましが時間より遅れてなったり、変装用具の代わりと化粧品が置かれていたり……!」

「褒めてくれて構わんが?」


 僕の偉業に愕然とする美怜が動かなくなる。


「余りにも感動して言葉が出ないようだね?

 ほら、ありがとうって言ってごらん!」

「――うぅぅ、バカぁ! 怒りに感情が動いたよ!

 望が言った通りまさしくこれは感動だよ!

 明日からどうすればいいんだよ!」

「君の変装の件は諦めてくれ。あんな拘束具なんて囚人かね、君は?

 そもそもにあの程度の紫外線は僕と同じで大丈夫なのだろ?」

「そうだけどぉ!」

「それは君の容姿のことだからね、諦めてくれたまえ。

 それこそ揺り籠から墓場までの付き合いだろう?

 君の人生のために慣れろ」


 事実を突きつけてやるが、納得しないと美怜はブンブンと枕を振り回す。


「ふぅしゅぅ!」


 怒気を含んだ言葉にならない叫びと共に掛け布団の壁が立ち上がり、視界を塞がれる。

 そして掛け布団の向こう側から山なりの起動で枕が飛んできた。しかし、それはまるで止まるような速度。縫い目すら見える


「よしよし、君はホントに僕と居る時だけは素直だね?

 少なくともそう言える相手が居るという事でいい傾向なのは認めよう、怒る時は怒ってくれ――」


 キャッチ。そして一度天井に当てるコースで掛け布団の向こうへと投げ返す。


「むきゃ!」


 ヒット音。反射的に彼女の両手が掛け布団から離れ、涙眼の美怜が現れた。


「でないと感情が腐ってしまうからね?

 自分の意思なのか他人からの視線で機械的に、そして受動的に動いているのか判らなくなってしまう。

 それは鳥が羽を失うのに等しい」


 それは今も出来ているか不安な僕自身へも問いかけている言葉だが、まぁ、いい。

 今は目の前の美怜だ。

 あんまり負荷をかけすぎても可哀そうだと、話題を変えることにする。


「さておき――美怜は委員の件はどのように投票したんだい?

 今までの口ぶりからゲジ眉君にいれてると思うのだが、一応だ」

「鳳凰寺さん」

「僕の論を美怜は聞いていたね?

 そしてその上で彼女に投票した理由を教えて欲しい」


 この質問は概ね興味本位。そして少しだけ美怜が心配なのもある。


「無理に背伸びをしなくてもいいと思ったからだよ」


 ほう、っと僕は心の中で感嘆を挙げた。確かに思考誘導に踊らされていない証拠だからだ。


「聞いてたよ、うん。

 そして望が言いたい事も判るよ。

 でも、新しいことに挑戦することでむりやり、事実的に子供である自分を否定する必要なんか無いよ。

 それに自分の今と限界を知ること、これは困難に対して間違った挑戦をしないために必要だと思う。

 そう思って今現状で最も能力のあるだろう鳳凰寺さんに投票したんだよ。

 適材適所だよ」

「少し驚いた。

 ――自分が目立ちたくないからという安直な理由ではないかとほんのミリでも心配していた。

 素直に謝罪しよう。

 そして子供であることを否定しないというのはいい目線だ。

 そして挑戦に対しての答えも出ている、素晴らしい」

「えへへ」


 嬉しそうに美怜の表情が咲きほころぶ。白百合という形容が彼女の笑顔に良く似合う。


「まぁ、美怜のように考えて行動できないように簡単になってしまうのが大衆と言うわけだ。

 振られたさいころの出目は変わらないが、

 ――僕に対して舌戦をしかけていればあるいはその目が変わっていたかもしれないね?」

「ムリ言わないでよ……他人の視線や感情が怖いのに」


 美怜がこちらを見て溜息をつく。その目線が化け物を見るようなモノなのは少し心外だ。


「クラスの顔って言ったら、自薦してた鳳凰寺さんのほうが美人でリアルハーフ金髪の褐色肌だし、スレンダーだし、よっぽど向いてるよ。

 才女という噂も聞いてるし――ううううううううう――」

「鳳凰寺君の件は僕と一緒に恨まれても仕方ないさ。

 奪わせたのは僕。

 奪ったのは君。

 違うかい?」

「どう考えても諸悪の根源が事故を起こして巻き込まれた被害者だよね、私」

「人間、事実は関係なく、どう見られるかが重要ということだということだね?

 勉強になっただろう?」

「いつ役に立つんだよ!」

「備えあれば患いなし、学校の勉強もそうだろう?」

「確かに……って、それ何か違うよね? 騙されないよ?」


 時計を再度見れば、もう十一時だ。


「ともあれ、怖がる必要は無いさ、僕が君の不安を取り除く。

 但し、容姿の件はそれ以前の問題さ――さて、風呂に入ってくるが覗くなよ?」


 兎柄があしらった青いパジャマを持って部屋を出ようとした僕の背中に目覚まし時計が飛んできた。

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