1-7.前哨戦、思考誘導は悪役令嬢を下す。

〇望〇


 指定された本人は心底驚いたようで、青紫色の眼でこちらを見てきた。


「…………へ?

 私を指名……?

 望……? へ?」


 そして事態を理解したのか赤くなった美怜の目尻にはじわりと水滴が浮かぶ。

 安心しろと彼女に微笑みを向けてから、視線をクラスへ。


「委員長面で通年その役をやってきた小牧君は委員長として正しいのだろう。

 そしてそこのゲジゲジ雷眉毛、略してゲジ眉の法隆寺君?」

鳳凰寺ほうおうじですわ☆」

「失礼」


 口調が変わったのは意図してなかったようだ。誤魔化すように笑みを浮かべてくる。

 ただ、その笑顔の口元は歪んでいた。

 予想通りだ。

 彼女は自分の名前を間違えられるような扱いをされてこなかったのが理解できる。

 恐らく、ゲジ眉君と初対面の人物に言われるのも初めてだろう。


「鳳凰寺君の自己犠牲はとても素晴らしいね?

 確かに鳳凰寺君は成績優秀で、地域の顔役の娘さんで、代表にして当然だと聞いている。

 市内の人は勿論そうだし、彼女の話を聞いていた市外組の皆もそう思うのだろう?」


 皆が一様に「うんうん」と頭を縦に振るのを見てから、一回、自然な動作で「うんうん」と僕も縦に振る。

 ミラーリングだ。

 先ずは皆の意見を代弁し、皆と共通の理解しているように見せた。次に皆と同じ動作を取るを行った。ここまででセットだ。

 ミラーリングとは、共通点を作り出すことで自分と似ていると認識させ、好感を与えることが出来る心理学のテクニックだ。

 やり方は簡単。

 言動や行動の仕草を問わず、【わざとらしくならない程度に】相手と同じ思考を示し、同じ言動、同じ行動をし、【自分と同じ】だと認識させれば良い。

 大変応用が利くテクニックで、プレゼンテーションや営業マンなどの教本にも乗っていたりする。

 例えば、会話の中でも好きなモノを聴いたりして共通点を探し、話題にすることがあるだろう?

 例えば、相手が楽しそうにしてたら楽しそうにしてみせることがあるだろう?

 これらも根本は一緒で類似点で同じような人だと思わせることで親近感を与えて心理の壁を取り払い、仲良くするための技術に他ならない。

 さて、僕がミラーリングを使ったのは次に言う意見に対して忌避感や否定から入られることを防ぐためだ。


「ただ本当に、今、そう今だ。

 君たちが大人の階段を上った今、高校になったこのクラスの顔に小牧君や彼女が相応しいかと、今一度考えてほしい。

 簡単な問題点が浮かび上がるから考えて見て欲しい」


 今までの同意を覆すいきなりの質問に皆が顔に? っと疑問を浮かべる。

 それでいい。聞き手の疑問を生み出した時、それは集中力になる。

 間を置く。

 言葉を理解させ、「どういうことだ、だから、どうした。答えて見せろ」と疑問を皆の顔に書かせるためだ。

 答えを望まれているのを確認し、答えてやる。

 ここで大事なのはあたかもそれが事実だと自信満々の言い切りだ。


「簡単だ、彼女らの場合、

 中学生と変わらないと思われる懸念が残るのさ」


 クラスの空気が固まるのを感じる。

 端的に、簡潔に、誰にでもわかるように、お前らは子供のままになるんだぞと言い放ち、今日を迎えるために誰しもが得てきた高校生としての自負、それを否定をした。

 手順を間違えれば攻撃とも思われかねない強い言葉だ。

 そして僕自体は必ずしもこうとは言い切れないことは判っている。

 だから、次の手だ。

 

「僕は始業式でこう言った。

 さて高校という新しいステージに入ったことで、新しいことに直面し不安を抱いてしまう人もいると思います。

 そしてこう応えた。

 それら新しいこと全てに対して恐れずに挑戦し一つずつ噛み締め、自分の糧にする努力を私たちは決して忘れません。

 オンラインでも観閲できるこれが新入生代表のクラスで成されていないと知られたら、どうなる?

 新しいことに恐れて挑戦しなかった口だけのクラス、ひいてはこの高校は中学生の集まりで何も変わっていこうとしない、ハングリー精神の欠けた奴らの集まりだと言われるだろう。

 母校にすら恥を塗りかねない、大弱りだね?

 だから、今までの当たり前で小牧君と法徳寺君を選ぶのは好ましくない」


 一気にまくしたてて締める。

 一方向だけから見れば正しい意見で対抗勢力の二人を選ぶことの否定を繰り返し、熱意にかまけて長文になったように見せて聴き手にわざと負荷・・をかける。

 先ず繰り返しで、相手の選択肢に対してイメージとしての忌避感や欠点があることを刷り込み、一番最初の中学生扱いと僕の言葉が正論だろう・・・という雰囲気するのが狙うのが一点。

 もう一点は、人間を納得させるには完璧完全な正しいことを言う必要などないことに立脚している。

 所詮、彼らにとって究極的にはこんな茶番は他人事で、面倒事だと再認識させた方が思考誘導しやすい。


「その点、美怜なら新鮮だ。ピチピチだ。

 このマイ・シスターは地味で、地味で、地味だったと聞いている。それをクラスの顔役に抜擢されたとしたらどうなる?

 このクラスは新しいことにチャレンジしている、恐れていない、そう印象付けることが出来る。

 適任だ。

 そうは思わないかね?」


 敏腕営業マンの様に、政治家の様に、宗教家の様に、そこだけ抑えていれば大丈夫だと言わんばかりに締めを大事にし、言い切った。


 人間は楽な方に動きやすい。


 これが聴衆にわざと負荷をかけた理由だ。

 宗教がいい例で、今ある困難からの安易な逃げ道として入信を提示するのが有効な手法なことは歴史が示している。

 先ず同じように討論の内容をすなわち面倒事だと思わせることで、脳や耳の処理を放棄させる。

 その上で「中学生に見られず高校生にふさわしく見られるにはという答えへの解決策が、面倒事から逃げる楽な道」と提示する。

 そうすると、思考を放棄したままにできる楽な道を当然選ぶ。

 効果を確認するように、視線を全体へ。


「確かに」「そうかも」「正論かなー」


 確かにと頷いているのがゲジ眉君以外はほぼ全員だ。

 訂正、美怜はそれはオカシイヨと言いたげにしているが、挙手できずにいる。


「興味深いな」


 後で美怜には聴くことにして、最後の仕上げに入ることにする。

 すなわち真面目に聴いて考えているであろう最後の人物を抑えてしまえば良い。

 ゲジ眉君に眼を向ける。


「どうだい? ほうなんちゃら君」

「っ……鳳凰寺ですわ……流石は新入生代表、そこまで考えられておられるとは」


 笑顔で返してくるゲジ眉君。

 但し、その特徴的な眉がピクピク小刻みに動いているのが視認出来た。

 影響力やリーダーシップの話は「確かに今現状は無い、だからこそ挑戦的な姿勢を示すことを周りに示すことが出来る」で潰す。

 ひいては親の話をしてくれば、子供扱いを出す――そう僕が返すことが予測出来、下手に反論すると傷口を広げることに気づいたようだ。

 僕としては彼女が頭が回ることに気づき、楽しくなってきた。


「もういいか?

 いい加減帰りたいから多数決取るぞ。

 今切ってたこの紙にさっさと投票者名書け」


 クラス内の意見を代弁する城崎先生の言葉と共にノートの紙片が配られ、投票が始まった。

 クラス三十人一人一票+城崎先生一票での投票結果は美怜が二十七、ゲジ眉君が一、小牧君が二、白紙一。

 そして女子クラス委員長は平沼・美怜に決まった。

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