1-6.状況開始。

〇望〇


 赤いジャージ(始業式にはスーツを着ていたが着替えたのだろう、担当は体育)の先生は一通り説明を終えると当然に以下のセリフを言った。


「んじゃ、各自挨拶。

 順番は新入生代表、廊下側後ろから前へ適当に一人一分程度で」

 

 隣のマイ・シスターの表情が固まった。

 僕が一番最初に指定されたというのに、この世の終わりのような顔をしている。


「早速スタートする。

 名前は知っての通り、九条・望。好きなように呼んでくれて構わない」


 ビクン!


 緊張している美怜の頭にポンと手を置くと手を伝わってくる緊張と驚き。

 いきなりの行為に周りからも一気に視線が集まる。気持ちいい。

 皆の視線から伝わってくるのは、何故だという疑問。


「僕と彼女は双子だ」


 回答を与えてやる。


「平沼・美怜、恐らく名前だけは同じ中学にいた覚えがうっすら程度はあると思う。

 しかし、こんな美少女で白い少女ではない筈だ。

 アルビノ、知っていると思うが白いのは仕方ないことなんだ、理解頂きたい。

 程度の差はあるが僕と彼女はそれだ。

 さて、経済的な理由で親族の家にそれぞれが預けられており、それをお互いに知らなかった。

 彼女のことを知り、せめて大人になる前の三年間は彼女と家族生活をしたいとここに来た。

 誕生日などのステータスは美怜も一緒で七月七日のО型――よろしく頼む」


 と一分、抑揚をつけながらゆっくりと聞きやすいペースと音量で話す。

 そして拍手。

 これらには幾つもの美怜に対しての嘘を当然に含んでいる。

 だから、念のためにそれに気づかせないように情報量を多めにしてはいる。

 近日の生活や準備期間などで確信したことだが、美怜は相手の表情や意図を読むのが上手い。

 どうやら目立たないように生きていくための処世術として覚えていたようである。

 相手に合わせれば目立つことは無いし、不興を買うことも無い。

 それにしては家族観がオカシイのはどうしてだろうかとは思う。

 ずっとベットに潜り込まれているのが状況だ。

 拒否できない自分自身も悪いわけだが。


「ん?」


 不意に右肩を指で突かれたのは自己紹介が一列目の半分くらいの時だった。

 クラスの視線がこちらには向いていないのを狙ったようだ。

 指の持ち主を見れば今にも泣き出しそうな美怜。

 

「お願い、カツラ貸して」

「い・や・だ」

「お願いだからぁ……ひぃん!」


 ――スコーン!

 今では体罰にもとられかねない先生の見事なチョーク投げが、美怜の頭を直撃した。


「家族仲いいのはいいが、そこの妹の方、出番……」

「は、はひ!」


 チョークの当たった頭を押さえながら涙目の美怜は震えながら立ち上がった。

 皆の注目が彼女に向けられている。その事実が彼女の赤い目は夕立が降りそうになる。

 だから一言、「頑張れ」と美怜だけに聞こえるように囁いてやる。


「ひ、平沼・美怜です。

 同じ中学の人で知ってる人も多いと思います。

 高校デビューとかする気は全くなくて、あの、今日は準備するものを間違えて、

 日よけ用のカツラも肌色の化粧も黒いカラーコンタクトも探す暇がなくて、ぇっと、薄いんです。

 別に白人とかそういうわけじゃなくて日本人です。

 あ、あるびのなんです!

 月、月曜日からはあの、普通に戻りますので!

 あ、あと大体は望と同じです、そういうわけで、お、お願いします」


 ゴン!


 そう三十秒足らずの自己紹介を終えると深々と礼をし――勢い余って頭を机にぶつけ、同時にクラスが爆発したような笑いに包まれる。


「気にするな~」「そうだそうだ」「というか、そっちのほうがいいぞ!」


 と、男子に対しては好印象だったようだ。女子からも笑いが漏れているので悪くはなさそうに表面上は見える。


「ううう、恥ずかしいよ。

 目立ちたくないのに、怖いのに」


 座ると同時にそう頭を抱えて伏せ、横にブンブンと振る美怜。


「誰かに抑圧されるのを恐れて自分を抑えるほうが僕は怖いけどね。

 個というモノは特徴であり、符号さ」

「協調性という文字は頭の辞書に入ってる?」

「強調性? 

 もちろんさ、相手に自分の意見を強いることさ」

「それは漢字が違うよね?」


 それを聞いた美怜は恨みがましそうにこっちを見つめてきた。だから、僕は逃げるように左、廊下側へと視線を向けた。楽しんでいるのがばれたら、美怜が不機嫌になる。


「でも、ありがとう」


 そう後ろから小さく、でも確かにその言葉は聞こえた。


「さて全員の紹介も終ったとこでもう面倒なことに一つ決めることがある。

 恒例の委員長決めなんだが、男子は九条でいいか?」


 めんどくさそうな口調で先生は僕を指定してくる。


「ふむ。

 僕を要するに雑用もとい、すなわちクラスの顔に指定するとは正解だね? 

 自薦するつもりではあったが」

「他に自薦、他薦はあるか?」


 男子をグルリと見回す先生の視線から逃げるように男子が視線を横にする。

 自分の時間を削ってクラスに奉仕する、すなわち高校という大事な青春を失うのは誰だって嫌だ。

 同時に他人を生贄にして恨まれるのも嫌だ。


「よし、九条、お前に任せた。

 んで女子は……委員長面の小牧でいいか?」

「先生、偏見です! 

 小学六年間、中学三年間、全部やらされてきたんでいい加減勘弁してください!

 私は野球部のマネージャーをするつもりなので時間もありません!」


 拒否の姿勢を即座に見せる小牧君。

 その顔には素直に怒りと書かれている。


「しゃーないなぁ、他薦、自薦はおるか?」

「はい、自薦します。

 ムリヤリというのもあまりにも可愛そうですわ」


 僕とは反対、一番前の通路側。

 美怜とは違い、それは自信に満ちた竪琴にも似た発声だった。

 腰まで伸ばした金髪の似合う長身でモデルみたいな少女。

 油断なくケアされたミルクチョコレート風味の肌が彼女の印象を効果的に美人へと盛り立てている。

 田舎だということもあり他の同級生の化粧は濃すぎるか、薄すぎる中、自分に合った化粧が出来るのは評価できる。

 顔立ちは美怜が可愛いと言う印象なら、彼女は美人だと形容されるだろう。

 そして金色の眉毛だ。

 稲妻の形をしたゲジゲジのそれはとても印象的で、気の強さも見て取れ、印象を動物で例えるとライオンだ。


鳳凰寺ほうおうじか」


 柔らかな物腰で手を挙げた鳳凰寺と呼ばれた少女に皆の注目が集まる。


「親の七光りと言われたりすることもあったり、

 入学式の成績では二位でしたのでまだまだ足りないとは存じますが、

 精一杯努力させて頂きたいと思いますわ」


 そして一礼し、顔を上げる。その上げた視線が間違いなくこちらを見て微笑んだ。

 男子が、自分に向けられたものだ。

 自分に向けられたものだとどよめく中、正直な感想が口から洩れた。


「気持ち悪いな」


 全ての仕草があまりにも自然すぎていた。

 逆に作ったかのような邪悪さがにじみ出ていると僕は感じ取った。


「ぉい、今、俺を見て微笑んでくれたぞ。

 あの鳳凰寺がってミナモ、消しゴムはコインと違って武器じゃないから投げるな。

 いや、コインはもっと投げるな」


 水戸が後方のこちらを向き、そう話しかけてくる。

 デレリとした顔から察するにこいつもあの表情が能面であることに気づかなかったようだ。


「あのゲジゲジ眉毛君の事を知っている素振りだが?」

「あぁ、お前はこっちに来たばかりって、

 さっきの自己紹介も聞いてなかったのか?」

「他人の自己紹介よりも美怜とのコミュニケーションのほうが重要だからね」


 飽きれたようにこちらを見、変な奴に勉強を請いたな、っと微妙な反応をする水戸。

 失礼な奴である。

 まぁ、正直なのは好感が持てる。


「鳳凰寺・ソラ。

 代々市議会議員様の娘さんで要するに地域の権力者って奴だ。

 知ってるやつは市外組にもいると思う。

 しかし、いきなり眉毛から入るとか、凄いなお前」

「鼻の先をへし折ると一番応えるタイプで、ぞくぞくしてくるね

 そしてあの能面は新入生代表を取られたことに対する怒りか、嫉妬かを隠したものか」


 どちらにせよ、目的の邪魔である。

 計画には使えそうだが。


「何を言ってるんだお前は?」

「趣味の話だ……はい」


 計画に持っていくための考えがまとまったので挙手をする。

 男子の僕が手を挙げるとは城崎先生ですら思わなかったのだろう。

 驚いたような目線でこちらを捉えてきた。

 クラスの皆もそうだ。注目が集まる。


「他薦をお願いしたい。

 マイ・シスター、平沼・美怜」


 さて状況開始だ。

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