アルビノを暴く

1-5.嵐の前も騒がしい。

〇望〇


 生徒達が一の二組に入ってくる様子を廊下側、一番後ろの席で眺めている。

 入学式の打ち合わせの際、内職がしやすい様に貰った席だ。

 当然、授業中むだなじかんで効率良く自習するためである。

 なお、隣の席、右側に座る少女――美怜はまだ来ていない。


「新入生徒代表ご苦労さん」


 そう軽い口調で声を掛けてくるのは前の席に座った男子。

 典型的なスポーツマン。頭を丸刈りにし、運動で鍛えている筋肉のつき方をしている。

 予想するに野球をやっているのだろう。


「成績優秀者はつらいな?

 俺は霞・水戸かすみ・みと。水戸でいい、よろしくな」


 手を差し出してくる。僕はその意図が掴めず、それを見つめるだけだ。


「あれ? 

 白髪だが外人さんじゃないのか? 

 友人になりたい奴との挨拶は握手が基本だと聴いたことがあるんだが。

 あぁ、でもそれはアメリカだけなのか?」

「髪の毛は地毛だし、僕は日本人だ」


 健やかな笑顔をこちらに向けてくる印象的は単純そうだが、悪い奴ではなさそうに思えた。

 彼の手は握るとゴツゴツとした男らしい感触だった。


「やっほー、水戸。

 やっぱり隣だったね?」


 水戸の左側に座った少女はメガネを掛けており、手に持った本が文系的な印象を与えてくる。黒髪を三つ編みにしてるのもそのイメージを助長している。

 ただ、体捌きに違和感がある。重心が奇麗に動きすぎている。

 恐らく、格闘技か、体操かをやっている感じである。


「なんでお前は席のことまで当てるんだよ。

 あぁ、こいつはミナモ。

 何というか腐れ縁だ」

「私は小牧・ミナモ。

 この水戸と小学五年の頃からの仲、よろしく」

「こちらこそよろしく……ん?」


 確か美怜の唯一の友達が小牧という名前だったはずだ。


「九条だっけ?」

「望でいい、僕も水戸と呼ばせて貰う」

「おーけーおーけー。

 望! 早速なんだが、勉強を教えてくれ、俺は野球馬鹿なんだ!」


 直球。表裏が無い剛速球ストレートでコミュニケーションを投げつけてきた。

 そして机上土下座まで付けてくれる。

 僕の能力頼みをする奴は今まで何人も何十人もいた。

 しかし、ここまで自分に素直にプライドを投げ捨てる人物はいなかった。

 清清しさすら覚える。


「水戸! 図々しいわよ!」

「プライドと野球だけで良い大学の推薦が取れるかっての……

 成績もある程度いるんだよ!」


 幼馴染の態度に自分が恥じているかのように頬を赤らめる小牧君。


「この時点で僕に教えを請うとは非常に正しい。

 ふむ……」

「いや、九条さんも真に受けなくていいからね?」

「出血大サービスだ、そっちの小牧君もどうだい?

 少し家族のことで頼むかもしれないが」


 もし、くだんの小牧君であっても、そうでなくても先に恩を売り、条件を交わせるのはプラスになる。


「よっしゃ! 

 ミナモ、こんな機会は無い!」

「今日の占い的に誘いは受けるべしやったからええんやけど――家族って?」


 クラスのざわめきが止まった。

 視線を辿たどれば皆の視線が前を、彼女・・を見ている。


「一年二組……ここで会ってるよね?

 一番後ろの席かな?」


 か細い声をさせながら黒板に書かれた自分の名前を見る少女がそこにいた。

 そのびくびくした姿は知らない所に連れてこられたウサギのような印象は庇護感を煽る。


「優秀者もそうだが、白髪珍しいのに二人なんてな」「……あ、いいな」「外国からか? 目も青紫」「赤じゃね?」「グローバル化だな」「鳳凰寺さんも確かハーフだが、何というかあの子は可愛いな」「うわ、肌白い、いいなぁ」「紅い眼もあって小さくてウサギみたい」


 と評価するのを僕は聞いて、自分の美的感覚が狂ってないことを認識した。


「ひゅー! 誰だ、あの可愛い子。

 見たことがあるような気もするが――いていて、ミナモ。

 いてぇ、本の角で殴るな。

 拳もやめろ。

 お前が野球の球をだな握りつぶしてるのを見たことがあるから、マジでやめろ」


 前の二人が漫才をしている間にこちらへと美怜は向かってくる。


「ぁ、望!」


 ようやくこちらに気付いて、憂いた表情がパッと花が開いたような笑顔になる。

 そしてパタパタと掛けてくる姿はウサギさんそのもの。


「あ」


 あと少しの所でバランスを崩し前に倒れ、ゴンっという鈍い音が周りに響いた。

 頭を手で押さえた美怜の目尻に水玉が浮かぶ。


「よしよし頑張れ今日はあと少しだ。

 あと幸運なことに美怜の席は僕の右隣だ」


 左手で起こしてやり、良く出来ましたと頭を撫でてやると艶やかな白髪が指からまるで水のように零れ落ち、光を瞬かせる。


「望、このびしょ、ぎゃああああああああああああああああ」

「あの、こちらはどなた様?」


 小牧君がアームロックを水戸に決めながら聞いてくる。

 容赦のないがっちりした決め具合で凄くさまになっている。


「僕の妹、平沼・美怜ひらぬま・みれいさ」


 美怜は立ち上がり、慌てて僕の口に手を当て塞ごうとしてくる。

 しかし、立ち上がったままの僕との身長の差は二十八センチ。ムリである。


「平沼・美怜さん……? 

 確か同じ中学校の同じクラスの物静かな友達が同じ名前だった気がするけど。

 凄い偶然やね?」


 件の小牧君で間違いないらしいが、一応、確認することにする。


「一言でその子の印象聞いていいかね?」

「地味」


 鞄の中から取り出したるは美怜のカツラと全く同じ黒髪の内巻きボブだ。京都市内にでも特に手に入れるには難しいモノではない。どうしても人前で美怜が素を晒すのが駄目だった場合を想定し、持ってきた物だ。


「このカツラを被せてみようか」


 白髪の毛をパパッと簡単に収納し、旨く被せてやる。

 関東に居た際、店のマネキン相手に練習をしたので装着完了まで二秒だ。

 それを見た小牧君の手に力が入った。


「ミナモ、ギブギブギブギブ!」

「野球の道を断ってあたしが一生面倒を見る! 

 みたいな覚悟があればいっそもっとやってみるのもありだと思うが

 ――水戸の腕がそろそろあらぬ方向へ曲がりそうだね」


 慌てた小牧君は水戸の間接技を緩め、深呼吸。


「……ぇ? あれ?

 こんにちは平沼っち、今、雪のような、天使のような、平沼さんがいたような気がしたけど、幻視でもしちゃったかしら?

 ついにオカルト的なパワーに目覚めちゃったかしら?

 やったね水戸! 明日はホームランやで!」

「見ないで見ないで見ないで、小牧さん見ないでぇ!」


 必死に顔を隠そうと屈み込む美怜。


「明日は土曜日でまだ部活も始まってない。

 って、マジで平沼ちゃんか?

 驚いたな。顔立ちは確かに整ってたけど、こんなべっぴんさんだとはいていてぎぶぎぶぎぶ」


 小牧君が現実を飲み込めずに再び力を入れたので美怜のカツラを再び外す。


「……えうえうえうえう返して~!」

「これは僕のだ。証拠を喰らえ」


 予め胸ポケットに用意しておいた領収証を見せてやる。


「……どういうこと? ぇ?

 今日初顔の新入生代表が平沼っちと仲が良くて、白髪で、可愛らしくて、まるでウサギな赤目かと思ったら青紫。

 いつも地味だった平沼さんは高校デビューの生贄?

 そして召還されたのがホワイトラヴィ☆平沼さん?

 ぇ、彼氏が出来たからイメージチェンジでも目論んじゃったの?」


 何とか現実を咀嚼して答えを導き出そうとする小牧君。しかし、まだ節々がオカシイ。

 美怜がどうしようと泣きそうになりながらこちらに視線を向けてくる。それには頑張れとだけ目線でメッセージを送ってやる。


「お兄ちゃんか弟なのこの人……い、言いにくい事だけど、こっちが地毛。

 目立ちたくないのは実はそういう理由があって、いつもカツラと化粧で……地味にしてたの!

 カツラかしてぇ!」


 所々、つっかえながら説明を終えるとピョンピョンと僕の持っているカツラヘ飛び跳ねて来る。

 しかし、圧倒的に背が足りない。僕は百七十四センチ、美怜は百四十六センチだ。二回り程違う。


「そろそろホームルームはじめるぞ~って何してんだ、そこの白髪兄妹」


 赤く染めた髪の毛をバンダナで止めた妙齢の女性が入ってくるや、クモの子を散らすように皆が席に座った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る