1-4.入学式の挨拶。

〇望〇


「という訳だが、どういう状況なんだろね、これは」


 つまり、僕は美怜みれいの心の隙間につけ込み、家族となった。

 唯莉ゆいりさんと父親への希望をへし折り、僕がそれにすり替わったのだ。

 それらを思い出しても、一緒に寝るなんて理由は皆目見当がつかなかったのだが。


「……すやすや」

「暢気な寝顔だね、全く。

 僕に悪意が有ったらどうするというのだろうか」


 白い頬っぺたを左手で伸ばしてみる。

 モチみたいに吸い付いて癖になりそうだ。


「何をやっているんだろうか、僕は……」


 僕の目的は美怜ではない。

 確かに彼女は人目を惹く容姿をしている。

 アルビノも珍しい。

 しかし、それだけだ。


「整理しよう」


 僕のミッションは端的に言うと、平沼・美怜みれいがアルビノを隠さないようにすることだ。

 そして彼女が名前通りに生きられるようにすること。

 これらがお義父とうさんから頼まれたことだ。

 それは、


「僕を認めてもらうためだ。

 彼は美怜みれいに会うとトラウマで倒れてしまう、その代理だね?」


 そう意思を明確にするためにあえて口にする。

 だから、この今、僕が手を繋いでいる少女を利用しているだけなのだ。

 とはいえ、


「望……」


 寝言で僕の名前を呼ぶ、美怜を観る。

 こうも無防備にされていると何というか、和やかな気分になる。

 今まで、基本的に対人は敵対が多かったからだ。


「美怜に言ったことは事実だしね」


 小学校では虐められ、その復讐に駆られるがままに何人も葬ってきたからなおさらだ。

 一人は社会的に、一人は経済的に、一人は……まぁ、良いか、今の僕には関係ないことだ。

 僕は悪人だと自覚している。

 そんな僕だが、好意を持って接してくれる人間を無下にするほどではない。

 人間、好意には好意を返したくなる返応性の法則という奴だ。


「少なくとも、目的を達するまではちゃんと家族するとしようかね。

 僕自身も、家族というものは知らないわけだし」


 唯莉さんからも甘え癖があるとは聞いている。

 今の現状がその範囲か、疑問ではあるが。

 さて、美怜がちゃんと寝たのを確認して仕込みに入る。


唯莉ゆいりさん曰く、化粧品はここで。

 カツラはここで……」


 美怜の変装用具アルビノ隠しに手を加え、仕上げに目覚ましを遅らせる。

 終わると眠気が襲ってくる。

 もう夜も遅い。


「手……繋いでた方が自然だね。

 万が一の場合もある」


 そう彼女の手を観て、僕は呟き、彼女の手を握りなおした。

 彼女の手のぬくもりは悪くないなと感じながら意識を落とした。

 

 次の日。


「新入生の挨拶」


 その言葉で体育館中の注目が僕に集まってくる。

 後に動画サイトでアップされるであろうビデオカメラですら例外ではない。

 心地よい。

 日の当たる場所で、注目されることは良いことだと思う。


「舞鶴市の海は穏やかで山間の桜は祝福のように花を咲かせる中、

 私たち新入生百五一名は舞鶴高等学校の門をくぐり、無事に入学式を迎えることが出来ました」


 壇上から体育館全体に響き渡る声の張りも絶好調だ。

 ゆっくり、自信満々の声で堂々とし、多くの人へと言葉を紡げる。

 進学校であるこの学校にはそれなりに恰幅がいい人が両親席に多い。

 下手なことをしたら、それこそ晒しものだろう。

 だが、僕は大丈夫だ。


「本日は私たち新入生のためにこの様な素晴らしい式を用意して頂き、

 先輩、先生、地域の方々には感謝の気持ちで一杯です」


 ここで一旦、長く言葉を止める。

 どうしたのかと視線が自分に注がれ始めるのを見計らい、


「そして、ここまで見守ってくれた保護者の方々にも感謝の言葉を新入生を代表し、

 感謝の言葉を述べさせて頂きます、有難うございます」


 そしてまた言葉を切る。

 感動を生むには間というのが重要だ。

 ただ難しい言葉を羅列すれば人が感動するかというとそうではない。

 人間、一度に多くの情報を言われても意味を二割程度しか理解できないものなのである。

 稚拙な言葉でもいい、単純な言葉でもいい。

 相手の理解をどう得るか、そしてその理解から感情を動かす間を与えられるかどうかが一番重要なことなのだ。

 視線をゆっくりと父母の方々へ――聞かせたい人物はここにいない。

 残念だ、と思うが、その人が倒れるリスクも無いなと気持ちを切り替える。


「さて高校という新しいステージに入ったことで、

 新しいことに直面し不安を抱いてしまう人もいるかと存じます」


 次に少女、美怜みれいを探す。

 平沼・美怜、騙して家族になった少女だ。

 時間ギリギリで飛び込んできたのか生徒側の一番後ろに居た。

 良く目立つ。

 姿かたちはミニサイズ。周りの有象無象の制服に埋もれてしまいそうだ。

 しかし、白色の髪の毛は茶色ブレザーの群に埋もれるのを許さない。

 それは将に有象無象の中で咲き誇る花。例えるなら、赤土食の沼に咲く白百合。

 何人かの生徒達が後ろを向いて目線を向けているのも壇上からなら判りやすい。

 そんな注目の彼女はなるべく存在を無い物にしようとしているのが判る。

 しかし、その行動が異質性を際立たせていることは気づいていないようだ。

 計画通りだ。


『――助けて!』


 こちらの視線に気づいた美怜が助けて欲しいと透き通るルビー眼に水玉を浮かべ、視線を送ってくる。

 だから笑みを向けて言葉を返す。


「例えば、新しい勉強、新しい友人、新しい部活。

 私などは京都府外から着ており、よく自覚しております。

 しかし、それら新しいこと全てに対して恐れずに挑戦し一つずつ噛み締め、自分の糧にする努力を私たちは決して忘れません」


 頑張って強張った笑みで返してくれる。

 こちらが見ているから大丈夫だと言う意図が伝わってくれたようだ。


「当然、若輩者の私たちは道を間違えることもあります。

 その際は何卒ご指導をお願いします。

 四月一日、新入生代表、九条・望」


 一礼する。そして拍手が沸いた。

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