1-3.家族計画の始まり。

〇美怜〇


「くしょ、九条・望くじょう・のぞむさん?」


 呼び慣れない名前を噛みながら、彼を観る。

 切れ目が鋭い印象と端正な顔をしている少年だ。


「さん付けはやめてほしい。

 血の繋がった家族に会えたというのに他人行儀過ぎる。

 の・ぞ・む、そう望と呼んで欲しい。

 そして僕も君の下の名前、美怜で呼びたい、どうかね?」

「どうかね? と言われましても、

 望さんは家族が生きていると聞いた時に驚かなかったんですか?」


 唯莉さんの手紙の続きにはこうあった。


『んで、足長おじさん九条さんには美怜ちゃんの双子の片割れ、望君が預けられていたんや。

 それでな、さすがに一人にするのもあれやろ?

 せやから三年間、自分の代わりに新学期から一緒に住むように頼んでおいたわけやね?

 家族を楽しんで貰いかつ、あんまり幻想を抱くなと現実を受け入れて貰おうと思ったら一番ええやろしな。

 今日挨拶に来ると思うわ。心の準備をしといたら楽かも知れんけど、まぁ、ムリヤロナ。

 美怜ちゃんに幸あれ、平沼・唯莉ひらぬま・ゆいり


 つまり、彼は私の双子だという。

 相手は髪の毛以外は白の要素が薄いがアルビノらしい。

 とはいえ、私のような色付きの日焼け止めをしている感じは薄い。

 顔は均整が取れて大人びている。

 素直にカッコいいと思うが、兄としては実感が沸かない。

 私は子供顔だ。


「さんも取り繕う口調も要らない。

 望だけで頼む。

 さておき、僕も唯莉さんと養父に双子がいると言われた時は驚いたね。

 君の事を聞き、頼まれたのが受験先を決めるギリギリで慌てて志望書を書き直した時は確かに焦りもした。

 しかし、今は君に会えた事が嬉しい」


 ニコリと微笑んでくる望さん。

 好意慣れしてない心臓がドキリと跳ねた。


「まぁ、何やら酸っぱい匂いさせながら、目を腫らせた美怜を見た時は何事かと驚いたけどね。

 感情が動いたから確かに感動的な再会ではあったわけだが何かおかしいね、うん」

「うううう、変なところを見られたよ」


 言われ、顔が真っ赤に火照るのが判る。

 穴があったら入ってしまいたい。


「これが僕の養父、君から見たら足長おじさんの九条さんからの手紙。

 それと判りやすいように渡された二枚の写真。

 初め見た時は二枚別人が写ってたからどっちが君か判らなかったが。

 なるほど、よく出来た変装テクニックだと実物を見て感動した」


 一枚は変装後、一枚は変装前……アルビノのモノだ。

 彼は興味深そうに私と二枚の写真を見比べ、満足そうに頷いた。


「知ってはいるが、君の口から理由を聞いてみてもいいかね?

 君のアルビノを隠す変装のことだ。

 少なくともそれをすることは君の白磁のような奇麗な肌に負担をかける筈だ。

 何故そこまでして?」

「――っ」


 フラッシュバック。

 また思い返したくもない虐めのことが思い出され、軽く吐き気を覚えて言葉に詰まる。


「すまない。

 だが、そして他人が怖くて自分を偽っている心情も理解した」


 怒り。

 先ほど数年ぶりに感じたソレだが、怒りだということはすぐ判った。


「……っ!」


 虐めのつらさというのは受けた人以外が知ることは出来ない。

 他の誰か、特に対面にいる私を知らない誰かが判る筈も無い。浅はかな同情は惨めだ。

 相手を慰めて、それで満足を得ようとしている欺瞞に相違ない。それは強者の傲慢だ。

 それでも言い出せないのは、相手の反応が怖いと思うからだ。


「僕は判るから安心しろ!」


 それは意思のこもった強い口調。

 意思が読み取られたかのような錯覚に陥り、怒りが一瞬途切れた。


「僕も親がいないという理由と白髪、そして有能だということで虐められたことがあるからね。

 目立つものは叩かれる、嫌な社会だ。全く。

 具体的に言うとだな、牛乳を金曜日の放課後に机にぶちまけられる。

 土日休みをまたいだ月曜日に酷い異臭が酷くなっていたね?

 口の中にチョークを入れられてカルシウムとろうねと噛まされたこともある。

 女子のパンツを机に入れられて犯罪者に仕立て上げられたり……」

「やめてやめてやめてぇ、聞いてる私も痛いから!」


 私のトラウマが彼の羅列に同調し、怒りが萎えてしまった。


「まぁ、僕の場合は君と逆さ。

 個性や能力を隠さず、伸ばし、周りを自分のペースに巻き込んでいき、更に数年かけて全員に仕返しもした」

「強いんですね?」


 自分には出来ないそれに力強さを感じ、素直に感想を述べる。

 自分と彼は違う。

 しかし、彼は首を横に振った。


「君と同じで、そう変身せざる得なかったのさ」


 ふと、こちらをみる表情に違和感を覚えた。

 嘘は言ってない、けれでも何かがずれているようなそんな感じだ。よく判らない。


「カツラをもう一度、脱いでもらっていいかい?」


 真剣な眼差しで射ぬかれた。

 悩む。


「はぃ」


 結局、脱ぐ。この姿を自ら唯莉さん以外に晒すのは幼稚園以来だろう。

 先ほども晒したが、改めてすると心構えが出来る分、意識してしまう。

 人と違うこと、目立つことが恥ずかしく、変に思われないかと不安に思い、俯く。


「……綺麗だ」


 彼が口の中で呟くのを私は確かに聞き取ることが出来た。

 頬が熱くなるのを覚えた。恥ずかしさとは違う、暖かなものがそうさせる。

 しかし、それが何なのかは判らない。

 そう言ってくれた人は今まで居なかったからだ。


「ぇぇ、っと手紙を見てもいいですか?」


 どう反応したらいいか判らず、誤魔化すように足長おじさんからの手紙を求める。


「大したことは書いていない。

 僕と君の血縁関係に関しての証明。

 それと僕も君と同じ学校に通うことになったら三月の末日から頼むとのこと。

 駄目なら、一人暮らしをさせるから、ゆっくり考えて欲しい。

 そう書かれているだけだ」

「そうみたいですね」


 そして間違いなく、私の知っている九条さんの筆跡だった。

 母に恩があったとかで私のためにと経済的な支援をしてくれるが、姿を決して見せてくれないあしながおじさんだ。


「急な試験対策の切替大変だったんじゃないですか?」

「簡単なテストだったね、うん。

 優秀者の項の一番に張り出されてしまって、新入生歓迎会で代表をする羽目になってしまったよ。

 本当なら高校の発表場で声を掛けるつもりだったのだが、副理事や先生方に呼ばれてしまった。

 すまない」

「頭いいんですね」

「虐められる理由でもあったがね。

 それでもテストや成績は一種の武器だと気づいてからは日頃の鍛錬を欠かしていない」

「それを言われると耳が痛くなります。

 私は目立たないようにするだけで精一杯だから」


 ふと、会話が止まった。

 気づけば彼が私を楽しそうに見ている。


「美怜は泣いているより、笑っていた方がいいね」


 言われて自身が微笑んでいることに気づく。

 先程まで希望を失い、死のうと思い詰めていたのが嘘のように軽くなっていた。

 彼がそうさせてくれたと認識すると、頼りがいのある人でお兄ちゃんというのはこういうモノなのかなと感じた。


「一つ聞いていいですか?」


 だから意を決して聞く。


「あぁ、どうぞ。

 スリーサイズでも体重でも何でも構わないが?」


 後半の言葉が場を和ませるための冗談でしかないのは口調から判った。

 正直、ありがたいと思う。

 足を正座に組みなおし、少し後ろに下がり、あえて他人の距離で質問を投げかける。


「なんで望さんは、私なんかと生活をしようと思ったの?」

「家族への憧れからだ」


 望さんは想定外だという顔をして、少し悩む素振りを見せた。

 しかし、そうポツリと述べた彼の顔が唯莉さんに捨てられて思い詰めた自分に被って見えた。


「確かに僕は養父に感謝しているし、本当の親のように思っている。

 けれども、彼にとって僕は代用品でしかないと思える時がある。

 それが悲しかった。

 だから、実際の家族とはどういうものかと見てみたかったのさ。

 そして出来れば高校三年間、一緒に家族をしたい」


 私に寂しそうな彼が被った。

 嘘は無いし、隠していることはありそうだけど危ない感じは無い。

 そう直観し、後は自分の意思を纏める。

 彼は私を真摯に見て、私の答えを待ってくれている。


「家族をしたい、ですか」


 貰った回答を反芻し、咀嚼する。

 『家族』を求めていたのに手に入らなかった私にとってとても魅力的かつ満足がいく答えだった。

 生活をするだけなら他人でもできる。

 でも、彼は生活ではなく家族をしたいと答えてくれた。

 壁を作らずに言い合うことが出来、一緒に笑いあったり、悲しみあったり、寝たり、ご飯食べたり、ゲームしたり、一緒の時間を過ごし分かち合える。

 他にも、お風呂に一緒に入ったり、一緒に寝てくれたり、寂しいときに慰めてくれたり……


「家族……」


 私が持っている家族像で、幾度となく引いた広辞苑には家族団欒とは集まって楽しく過ごすこと、とある。

 唯莉さんとはもう出来なくなったそれ。

 求め焦がれていた機会と失われた実の血縁が、あしながおじさんに保証とお願いされた形で不意に訪れたのだ。

 何より彼が私を唯莉さんの代わりに甘えさせてくれるだろうということは彼の行動から理解出来た。


 だったら、私の答えは出る。


「うん、判った、望。

 高校三年間、二人で家族生活してみよう?」


 これが私、平沼・美怜と彼、九条・望の家族スタート地点だった。

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