1-2.平沼・美怜という少女。
「初めましてマイ・シスター」
思考が止まった。
彼の目は釣りあがっており、ゲームのアサシンが纏う氷のような印象を受けた。
綺麗に纏められた白髪の毛は清潔感が有り、見たことの無い学生服も皺が無く、几帳面さがうかがえる。
こちらを見下ろしていた彼の顔が不意に、微笑んで抱き着かれたのだ。
思考が止まらないわけがない。
「泥棒でも入ったのかと不安だったのだが、何か怖いものでも見たのかい?」
優しい声が心に染みわたるが、
「へ?」
変な声が出るだけだ。
「泣いていたようだが、大丈夫だ。
僕が居るから大丈夫だからな?」
がっしりとした肉体で頼もしさを感じさせてくる。
そして頭を優しい手つきでナデナデしてくる。
それはまるで赤ちゃんをあやすかのように、優しく、暖かい動作だ。
そして彼の声色は凄く心地よく感じ、落ち着かせてくれるが現状を整理するだけで手いっぱいになる。
「……ぇっと」
この日のそこまでは最悪だったことを思い返す。
捨てられたのだ、育て親に。
そして、自分の父の死を知らされた。
『やっほー、美怜ちゃん。
美怜とは
唯莉さんとは叔母であり、育て親だ。
私のお母さんは私を産むときに死んでしまった。
だから、母親の感覚を唯莉さんに求めるのは当然のことだと思う。
「家出というのは保護者や養育者に断り無く家を出て戻らないことだけど、
保護者側が家を出て戻ってこないのはどうなんだろ?」
高校受験に合格し、意気揚々と帰宅した時のことだ。
いつもの思い付きだろうと、読み進め、
『だからあんたの足長おじさん、九条さんにも了承を貰って秘密を幾つか明かすことにしたんや。
先ず、あんたの父親、うちからみたら義兄さんはとっくに死んどる』
「ぇ?」
真実を突き付けられたのだ。
突然の事で手紙を落としてしまった。
拾い、もう一度読む。
しかし、お父さんが死んでいる記述は確かにそこにあった。
「お父さん、蒸発しているだけって言ってたよね?
唯莉さんは私にはお父さんがいるから、お母さんにはなれないって言ってたよね?」
唯莉さん自身が授業参観に来てくれなかった理由も無くなってしまう。
それが原因で小学生の時に虐められたというのに。
馬鹿な、馬鹿な、どういうことなのと、手を震わせながら続きを読む。
『私はあんたが受かっているのは確信しとる。
そして何故、あんたが遠くの学校ではなく近くのそこを受けた理由もだいたい見当がついててな。
唯莉さんにお母さんになってほしいと甘えたいのやろ?
結論から言う。
私はどうしても美怜ちゃんの家族になれへん。
あんたはどうやってもゆり姉の娘や』
明確な拒否。
父親という家族に希望を持っていた私、そして血縁関係に拘らない家族であろうと唯莉さんに求めていた私。
その生きる希望が否定された。
その事実が頭の中をぐちゃぐちゃにかき回し始める。
私はその日、お父さんが死んでいることと唯莉さんが絶対に家族になれないと提示されたのだ。
これが最悪の日たるゆえんだった。
「私は一人?」
『親が居ないんだってさ』『いらないこだったんだろ』『参観日とか育て親もこねーしな、いらねーこ』『いらねーこ』
フラッシュバック。
唯莉さんの故郷で小学校に進学し、私の呪いを隠すことで再出発をきった後のことだ。
しかし、そこでも悪意のある言葉が次々と突き刺してきた。
ピンク色のランドセルが蹴られ中身が散乱する。上履きはゴミ箱の中。水をかけられる。
その嫌な記憶、逃げ出したい記憶が脳裏を駆け巡って私を虐める。
「ぅ、ぅ」
手は震え、涙が溢れてきた。
動悸は激しく、嗚咽が漏れた。
吐き気がこみ上げ、トイレに駆け込んだ。
苦しい。出るものが無くなると落ち着く。
しかし、逆にそれで今起きていることが、現実だということを受け入れ始める自分が居ることに気付いた。
「あはは」
乾いた笑いが一人の家に寒々しく木霊する。
幽霊屋敷で一人寂しく笑う自縛霊、それが私であるという錯覚すら覚える。
トイレの鏡を見ると、カツラが脱げかけ、肌色の化粧も取れかけていることに気づく。
もういいかと、脱ぎ捨てると鏡の中が一気に白くなった。
ショートボブにした白い髪、常軌を逸した白い肌。
それがいけなかった。
『こいつ白いから親が居なくなったんだぜ』『うわ、なにこいつ泣いてるぞ』『やーい、お前の母さん人でなし』『悔しかったら親呼んでこいよ』
再びのフラッシュバック。
先ほどとは別の虐めで更に前、関東での幼稚園の頃のモノだ。
家族という題材で描いた絵、金賞を取ったそれは無残な姿にやぶかれ風に舞った。
お弁当をひっくり返された。
泥団子を体中に塗りつけられたこともある。
アルビノ――これが私の呪いだ。
「ぅううううう」
もう吐くものが無い筈なのに、胃液が逆流してトイレを汚していく。
ゲームやアニメなら一個性だと片付けられるが、現実はそうはいかない。
日本社会という黄色系単一民族社会では否応がなく目立つ。
普通の人と色が違うというだけで、噂され、虐められ、行動を制限されてしまうからだ。
そして自分の場合は常人とほぼ同じ行動が可能で……だからこそ、自分は呪われている。
家以外では私は目立たない様に、カツラをし、肌の色を隠し、黒いカラコンをすることを余儀なくされていた。
これが呪いでなくてなんなのだろうか⁈
「私に家族はいない。
どこにも行けない。
死のう。私なんか生きてる価値は何処にも無い」
――ピンポーン
そう思った瞬間、チャイムが鳴り、心が驚きで跳ねた。
すぐに落ち着くが、当然、出る気は起きない。
ピンポーン、うるさい。ピンポーン、それどころじゃない。ピピピンポーン。ピンポピンポーン。ピンポーン。
ピンポーンピンポーンピンポーン――
――ガチャ、キー……パタンッ……
チャイムが鳴らなくなった代わりに玄関が開く音。
ようやく諦めてくれたのだろうか、と安心した自分の心が吹き飛んだ。
玄関の鍵は閉めたのに誰かが入ってくる。
唯莉さんではない。義母は入ってきた後、足音をなるたけ消すような真似はしない。
唾を飲み込む音がうるさい。トイレの前で気配が止まるのが判る。自分が居ることに気付かれているようだ。
さっきのフラッシュバックが尾を引き、今は誰も守ってくれないという事実で手が震えているのが判る。相手がもし殺人犯や強盗なら、ここでゲームオーバー。
怖い。怖い。怖い。今さっき死を考えた私が実際の死に直面しただけで生きたいと感じてしまっている。
思考が真っ白になると同時に、
「なんで私ばかり!」
ムカついた。
自身の境遇や、唯莉さんのことや一切合切に苛立ちを覚えた。
だから、その衝動のまま、今、自分にストレスを掛けてくる相手めがけて思いっきり扉を前へ叩きつけた。
しかし、手ごたえが無い。
避けられた。
「っ!」
目が合った。
そして抱き着かれ、優しい言葉をかけられた。
――
しかし、思い返しが終わると知らない男の人に私は抱き着かれている現実に直面し、
「ぇ、あ、はい?」
そして何が起こっているのかを理解すると、恥ずかしさと気まずさで卒倒するしかなかった。
それが彼、九条・
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