1-32.ソラの空。
〇望〇
諦めてついていくと、立ち入り禁止の文字を無視し屋上の扉の向こうへと。
「――素晴らしいな、これは」
「そう言って頂けると、自分の事のようにうれしいですわね」
空が広がっていた。
立ち入り禁止の文字が気にならなくなるぐらいに価値がある広い空だ。
薄っすらと赤みが沈んでいく青紫の空は美怜の瞳を思い出させる。
西舞鶴の山間にあるこの学校から、海も、山も、峠の向こう東舞鶴の街並みまで見える。
それは舞鶴市を掌握したかのような錯覚さえ覚えさせる。
「なるほど、ここはこの前までの君だ」
それを聞いたゲジ眉君は嬉しそうにしながら、僕の手を離れ、中央へ。
「ふふ、でも、ここに来るようになったのは――いえ、ソラがこの場所に気づいたのは皆から無視されるのが怖くて居場所を探した結果ですわ」
そしてパタンと後ろに彼女は寝そべる。
掃除がされていないため、彼女は汚れるが気にした様子は無い。
今までの彼女からは考えられない素振りに――面白いなと感じている自分が居る。
「初めて来た時、家族以外は何でも持っていた自分に重なったから――最初はここが大嫌いでした」
感慨深さを含めながら彼女の独白は続く。
「ソラが過去の栄光に縋っているように見え、また舞鶴という場所に縛られている自分の境遇にも重なって。
でも気付くとここに来ていて――ふとある時、横になると空が見えました」
そして寝転んだまま鳳凰寺君は空を見つめ、右手を開いて上へ掲げた。
「私の名前が奇麗で、自由で、そしたらここが好きになりましたの」
僕の方を向いてくる。
その眼差しに秘められた力は真剣そのもの、茶化す場面ではないなと考え、言葉を選ぶ。
「つまり、対比するように自分を見つめるきっかけになったということかね?」
「はい」
正解したらしい。
鳳凰寺君はその通りだと嬉しそうにゲジ眉と眼を弓にする。
「貴方は何者?」
不意に真顔で問われた。
ちょっと、答えに窮する質問だが、
「ただの魔法使いさ。但し、シンデレラは美怜さ。君ではない」
正体を明かす訳にはいかない。
胸元からペンを取り出し、振る。
これで同じ演技をするのは三回目だ。
鳳凰寺君も初回と同じように面白そうに笑む。
ただ、今回の笑みは邪気を感じず、素直で無垢な印象を覚えた。
「君にとっては僕は……そうだね、舞鶴の伝承で例えれば妙法寺の鬼子母神、彼女から大切な子供を隠したお釈迦様という所だろう」
鬼子母神、よくある民話だ。
内容としては、
「他所でも言われる通り、それでおおいに動揺した彼女は、彼女は他人の子供を食べたことを悔やみ、改心した。
そして今や守り神様さ――君がそうなるかは、これからの君の働きと周りからの評価次第だが」
こんな感じだ。
ただ僕の場合は美怜が居なければ最期まで鳳凰寺君を潰していた。
実際、高校以前の僕は容赦なぞ無かった。
言うなれば復讐鬼であり、お釈迦様とは程遠い。
「お釈迦様――ふふ、言われれば確かにそうですわね。
ソラに返して下さいましたもんね? 貴方が奪った私の学校での存在感は」
「判ってくれたのなら、僕は君の行為をお釈迦様のように君を許すさ」
判りあえたと、お互いに笑みを浮かべあう。
前回と違う点は狐の化かしあいではない。
「確かに美怜の忠告を聞いてよかった、君に対してわだかまりが完全に消えた気がするよ」
「それは本当に感謝ですわ、本当に……」
ゲジ眉君は、僕の言葉を噛みしめるように立ち上がる。
表情は俯きながらで、神に隠れて見えないが、悪い印象を受けない。
「――さて、そろそろシンデレラの元に戻るかね」
沈んでいく夕日に時間を気づかされる。
僕は彼女に背を向け、立ち去ろうとする。
「――でも、まだ返してもらってないものがありますわ」
返していない物……それは一番という地位と彼女のプライドと答えが浮かんだが遅い。
「せやっ!」
「っ!」
――次の瞬間、僕の視界が回転した。
振り向くと同時に僕の真後ろ五十センチに鳳凰寺君。それが見えたまでは良かった。
彼女の気合と共に腕を取られ、足を引っ掛けられ、僕は地面に押し倒される。
受身を取り、頭へのダメージは回避した。
しかし、完全に不意を突かれた僕の上に乗られ、押さえ付けられてしまった。
――不味い。
僕は武術をある程度修めている。中国拳法ベースだ。
しかし、その僕の対応は利用が想定内だと、鳳凰寺君は日本古武術系の動きで足を引っ掛けてきた。
初動の気配を感じさせないことからも推測するに相応な使い手だ。
彼女が僕の想定している実力者であろう小牧君程では無いにしても、熟練者同士の戦いでこの体勢は相当な不利だ。
この状況でも勝てる自信はある。男性と女性の
ただ、無事にとはいかないだろう。
無理矢理引きはがすことが出来ないわけではないが、どうしたものか。
やはり、自分が一番信頼できる、舌と言葉を使うべきであろう。
「つ・か・ま・え・ま・し・た・わ・♪」
彼女は心底、嬉しそうにゲジ眉を上機嫌に曲げ、僕の頬をヒンヤリとした手で撫でる。
まるでそれは獲物を食べるための儀式のように見えただろう。
「――今、触れて、確信致しました。やっぱり盗られていたんですね」
彼女の頬が興奮のあまり上気し、赤く染まる。
そしてうちから感情を堪えられなくなった様に笑い出す。
――くすくすくすくすくすくすくす。
僕を見て、上品かつ、不気味に笑う。
僕は今まで受けた事の無い感情を向けられ、戸惑うことしか出来ない。
狂ったのではないかと、恐怖を感じた。
怒りの暴発ならいい、それならどうにでも洗脳出来る。
しかし狂人には扇動はおろか、洗脳も利かない。
ある種の心を閉ざした状態で、外から干渉しようがないからだ。
一番の武器が失われた状態に等しい。
不味い状態かもしれないと僕は暴力という選択肢を現実の考慮に入れ始める。
「さて、どういたしましょうか――このまま、襲ってしまうのも手なのですが」
「僕は食べても美味しくないぞ? 雑食なんでね?」
冗談を向けて感情を動かそうとするが、返ってくるのは舌ナメズリ。
無力なペー太君を組み伏せ、今にも捕食せんとすポントライオンちゃんが鳳凰寺君だ。
哀れな兎な僕がライオンに食べられる未来が安易に見える。
「鳳凰寺君」
平和的に解決できる最後の一か八か。
どんな状況でも応答の可能性が高い言葉、名前を呼ぶことで勝負に出る。
「ソラとお呼び下さいませ」
応答がされた瞬間、僕の心が軽くなった。
彼女に干渉する取っ掛かりが出来たからだ。
同時に彼女が名前の呼び方を求めたことに疑問を覚えるが、気にしている余裕はない。
お互いの無事のためには本気を出さなければならない。
僕は美怜の元に五体満足で帰られなければいけないのだ。
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