1-33.悪役令嬢の告白。悪役の戸惑い。
〇望〇
「ソラ君――君は僕にとって魅力的だ」
――ピタッ
という擬音が聞えそうなほど、ソラ君の動きが完全停止した。
狙い通りだ。
敵である僕から賛辞を言われるとは絶対に予想外の筈だからだ。
そして褒めるということはいつだって武器だ。
「夕日を吸い込んだ金髪はそれこそライオンを思わせる程、凛々しい。
今は潤いを失っているミルクチョコレートの肌も皆を魅了し直すだろう。
それに乗ったさくらんぼの様な唇は男なら誰もが欲しがる様になる。
――しかし、そんな表面上のことはどうでもいい」
そんな有り触れた言葉は彼女の気分を好くする事は出来ても、心に響くはずは無い。
だから、要らないと切り捨てることで、相手の集中を集める道具にする。
「君は僕に似ている――これは推測だが、周りに認められたがっているのは、家族に認められる代わりとして欲していたのではないかね?
それなら僕も判る。同じだからね?
だから、僕は君に同属の念を感じている。
そして、それが好ましい――理解しあえると思った」
いつも通りの手順を踏む。
情報が足りず、憶測の域を出ていない部分は確かにある。
それでも共通点を指摘し、共感をさせやすくさせた上で、僕が鳳凰寺君の理解者で在れると示すことで彼女の心を開かせるのが狙いだ。
バーナム効果……占いなどの誰にでも当てはまる言葉で攻めるか悩んだが、効果が薄いと切り捨てた。
だから鳳凰寺君の事情を決め付けにかかり、賽を振った。
これは賭けだ。
もし、僕の予想が外れれば彼女の反感を得た際には今ここで僕は手の打ち様が無くなる可能性もある。
例えば、激昂し殴りかかられる。
そしたら僕は本気を出さなければならない。
「どうだい?」
ゴゴリと喉の奥が鳴った。
否定でも何でも会話さえ成り立てば、僕は勝つ自信がある。
「――その通りですわ」
僕の頬に水滴が垂れて来た。
「私は家族を振り切るために周りに認めて欲しかった」
「ソラ君?」
涙だった。
エメラルドグリーンの
「望君――あなたは何で私をこんなに苦しめるんですか? 苦しい、本当に苦しいんです」
それは感情の動きだ。
チャンスだ。
「それはすまないと思っている。
僕は手を抜けない性質でね?」
だから、ここは追撃だ。
今までのことを謝罪し、相手の気勢を更に削ぎに行く。
「今までに無い屈辱で怒って、家族との関係が妬ましくて壊そうとして――負けてしまって苦しさを刻まれて――更に貴方はソラに違う苦しみも与えてくる、憎い、憎いですわ」
違和感。
今の苦しみとは何だ?
僕は今まで彼女の行動は貶め過ぎたことから来る狂乱だと予想していた。
しかし、違うのか?
「返してください、私の心を――貴方に奪われた心を――」
ソラ君は涙を指で飛ばし、僕に微笑みかけてきた。
「鳳凰寺・ソラは貴方、九条・望君が好きです」
――?
「……?」
思考が追い付かない。
何を言われたのかは理解できた。うん、好きだと言われたんだね? 間違いないね?
なんで? 何故言われたのかが不明だ。
どうする? これからどうすればいいのかも答えが出ない。
老若男女問わず人と相対する経験値は高いと自負する。
しかし、性差を扇動、洗脳の指標としてしか認識してこなかった弊害なのが判る。
そして僕はそれらの経験上、女のつく嘘もだいたい把握できる。
――だから、嘘の無い彼女からの好意を向けられてどう反応すれば正解かが判らない。
「本当にずるい、どうして私の心をここまで奪うんですか?
ソラを好ましく見てくれて、理解してくれて、更にそれに手を抜けないと――舞鶴の鬼子母神にしても、彼女はお釈迦様の妻になったという伝承がありますし」
ここの伝承が創作派生系なのは知らなかったと冷静に考えている自分が居るが、どうでもいい。
しかし、大きな問題、今彼女に好意を向けられること自体が理解できないことに恐怖を覚える。
彼女にとって僕は怨敵なだけの筈だ。本来なら殴り合いをしているか、説得に移っているかの筈だ。
だから、僕は戸惑う以外の反応を知らない。
「――信じていただけませんか? ぇい」
ソラ君は僕の左手を取ると自身の右胸に。
制服のブレザーの上からほのかな柔らかさと速い息遣いが直接伝わってくる。
パッドはつけて無かった。
そのドキドキが伝染してきたのか、更に僕の思考が混沌に落ちていく。
美怜のは柔らかいメロンのような大きさだったが、ソラ君のはすっぽり手に収まる感じだね?
うん。何を考えているんだ、僕は。
餅付きウサギが一匹、二匹――それ違うよな、僕? 落ち着けよ?
「ソラ君は今、虐めにあったことで精神的に弱くなっているだけだ」
うん、先ず、落ち着こう。状況を整理しよう。
「それにつけこんで優しい言葉を掛けている様に見える僕は、君を貶めた張本人だ。
穴に嵌まった君は極限状態に陥り、穴を掘った奴に縄を投げ込まれて、優しい言葉を掛けられて惚れる――要するにマッチポンプだ。
君は安易な同情に釣られるような女じゃない、そうだね?」
僕は落ち着こうと現状を言葉にするが、自業自得な気がしてきて、今この状況を作った自分を呪いたくなる。
過程を見れば洗脳一歩手前まではしてる。
癖のように自覚無くやるのは、悪意があるより悪質だなと他人事のように思うが、どうしたものか。
「確かに負け続け、完敗させられ、それこそズタボロにされて、勝てないだろと言われ助けられた時――あぁ、勝てないとそう思えましたわ」
「だから君の勘違いだし、それに僕から見れば擦り寄って立場を回復させたいだけにしか見えない」
「――ソラはそこまで安い女じゃありません」
事実で割り込もうとするが、強い意思を含んだ否定でターンを継続される。
「美怜さんに望君のことが好きなのか聞かれた時はそんな馬鹿なと――憎悪は有りましたが、恋愛感情では決してありませんでしたし。
でも、言われ、だんだん貴方のことを考える機会が増え、気づけば目線で追っており、貴方の言葉を反芻し噛み締めていました」
想定外の要因が判った。マイ・シスターがとんでもないことをしてくれていたことに気づく。
彼女の思考の基本的な部分に方向性を与えている。
簡単に説明すれば、自身が否定をしていても、第三者から言われたら、そうなのかもしれないと脳裏の端に残る。
これは意識誘導する際の伏線になる。
その上で、敵対意識とはいえ、意識する機会が増えた上に、孤独になったという状況に合致し、花開いてしまった形だ。
好きも嫌いも共通点的に相手を強く意識する感情で、きっかけがあれば好き、嫌いは簡単に転じやすい。
結論、僕のことが好きだという認識が真実になってしまっている。
「一人、寂しかった。
そんな中、貴方の事を考えるとトクントクンと胸が跳ねたんです。手が冷たく、背筋がぞわぞわとして。
ソラは話し掛けられないのが切なくなって――貴方に話し掛けられた時、とても嬉しかった――あぁ、恋してるんだと」
確かに、美怜はソラ君の僕に対する好感度を上昇傾向に振れさせようとしている。
理由は判らないが、美怜が楽しそうに送り出したのは、間違いなくこれを予想していたのだろう。
「今も、聞こえますよね?
私の心がこんなに跳ねているんです」
こちらの手を捕まえたまま、ソラ君は上半身を僕の上半身に重ねてくる。
確かに鼓動が速い。
僕の鼓動まで早くなる錯覚に陥る。
いや、錯覚ではない、確かに早くなっている。
「それも勘違いだ。
周りに無視される中で考えることが憎い僕しかいなかっただけだ」
「そうかもしれませんね、愛と憎悪は近しいから愛憎ですし。
ただそれは事実ですが、私の心は帰ってきません――ソラでは足りませんか?」
彼女は自身にされたことを理解した上で、僕に言い寄ってきている。
僕の理論付けを認めつつも、それがどうしたと猫科を思わせる金色の眼が上目遣いを絡めて、にじり寄って来る。
「僕は君に同属意識はあっても、恋愛感情は無い、というか嫌いなんだ、諦めてくれ」
明確な拒否で相手の意思を挫きにかかるぐらいしか手が浮かばない。
「私のどこが好みではありませんの?
直しますわ、全部! 言って下さいませ!」
うーん、どうしたものか。
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