1-34.上(うわ)のソラ。

〇ソラ〇


「ご機嫌よう」

「でさー、この前のドラマ、ヤバくない?」「やばいやばい」「というか、何でもヤバいつければいいとかマジヤバい」


 ――あれ?


 返ってこない返事、最初は気のせいかと思った。

 放課後、昼食ぎりぎりまで考えていた憎たらしい九条君をどうしてくれようかとの考えを実行にうつそうかと、皆に声を掛けた時の事だった。

 反応が無かった。


「そろそろかえろっかー」「私、せんせーに呼ばれてたわ」「それマジでヤバない?」


 まるで私が居ないかのように、解散してしまう皆。

 それを皮切りに、私の状況は一変した。

 次の日も、おしゃべりの輪に入ろうとし、無視された。

 男子に私から話しかけるべきかと、考えても見たが、男子生徒とのかかわりあいは元々薄く、きっかけがつかめない。

 授業についての質問が数名、男子からは来たが、踏み込めない。


「準備運動、二人一組な」


 一番心に来たのは体育では誰も組んでくれないことだ。

 前までなら誰かが我先にと声を掛けてくれるのに。


「一緒にやる?」

「――美怜さん」

 

 委員長とのことで、美怜さんが来てくれたので授業自体は問題が無くなったが、心に影が残った形だ。

 どうしてこうなったのだろうか。

 美怜さんは私と反比例するかのようにハキハキとし始め、女子の間に少しずつ溶け込む努力をしている。

 眼で追っていると生来の特性か、少し危うい部分があるが、それが庇護感を煽る。

 何より、望君との家族関係の話が女子の間でも人気があるらしいことを横から聞いている。


「美怜さんは何か知っているんですの?」

「……うーん、言っていいのかなぁ」


 体操中。

 美怜さんが困ったぞと、顔に出しながら固い体を何とかしようとしている。


「気づいているとは思うけど、原因は望だよ。それ以上は私から言えことはないかなぁ、ごめんね?」

「……やっぱりですか」

「私としては復讐とか、どうでもいいのにね」

 

 美怜さんは呆れたように望君に視線を向ける。


「望に聞いたんだ、私を虐めてたの、鳳凰寺さんの差し金だって」

「――」

「あ、責める気は無いよ、別にどうでもいいことだから」


 青紫色の瞳がまるで混沌を写すような印象を覚えた。

 心底どうでも良さそうに言う美怜さんの意図が読めない。

 いや、理解出来ないという感情が正しいはずだ。


「私個人としては鳳凰寺さんには気をつかって貰ったのは事実だから、私はそれを返さなきゃいけない」


 ニコニコと、眼前の得体が知れない謎の少女は言った。


「望の事、もっと教えてもらったし、走り方も教えてもらったし――のお礼だよ?」


 虐めのお礼もと言外に言われている気がしたが、それは穿ちすぎだろう。

 その事は本当に言葉通りに『どうでもいい』ということは感じ取れている。


「そういえば鳳凰寺さん、望の事、好きなんですか?」

「――無いですわ、それは」


 一瞬、思考が止まった。


「そっか、雰囲気が良く似ているからピッタシだと思うんだけどね?

 私は二人に仲良くしてほしいんだよ。

 二人とも私を介して色々やってるけど、当人同士で直接やりあってほしんだよ」

「それは……申し訳ありません」

「別にいいよいいよ、素直になれないのは世の常だし、言えない事があるのも仕方ないよ。望もそうだし」


 でも、っと美怜さんは続ける。


「直接言わないと伝わらないこともあるかな、私と望みたいに」


 そしてえへへーと、笑みを咲かしてきた。

 その笑顔は私にとって眩しすぎた。


 全ての授業が終わり、帰宅。

 家の門をくぐる。

 広大な敷地を歩き終えると妹が丁度出かけるところで車に乗り込んでいた。

 挨拶はお互いにせず、スレ違うだけだ。

 元々の事だが、妹――次当主の鳳凰寺・リクとはここ正月などの特別な時以外は数年挨拶すらしていない。

 する必要も無いというヤツだが、これが日常だ。それにリクは私の事を無視する理由が有る。

 両親も忙しく、話すことはほぼほぼ無い。

 否、父親は現当主として確かにそうだが、母親は意図的に私を無視している。

 そもそもに妾の子であるソラは今の母親からは居ない子として扱われている。リクもそれにならう形だ。

 これが、私、ソラが外に居場所を求めた原因だ。

 そして私が家族に対して良い感情を抱かない原因で、仲の良い兄妹に嫉妬する原因だ。自覚はしている。

 

「ソラお嬢様いかがいたしましたか?」

「何でもないわ」


 心配そうに給仕の一人が声を掛けてくれるが、私は笑みを返すだけで、部屋へと戻ることにした。

 先ず、思い浮かべるのは、


『そういえば鳳凰寺さん、望の事、好きなんですか?』


 それは無い。

 自分の地位を脅かす存在だと、だから、排除しようとしたのだ。

 中学の時代、いや、小学校からソラの居場所は、家の外にしかなかった。

 だから、注目を集めようと頑張ったし、だからこそ、今まで注目されてきたのだ。

 勉強も、スポーツも、習い事も頑張った。

 高校もそうであろうと、心に決めており、それだけがソラの居場所になる筈だった。

 それなのに、あの九条・望とかいう、白髪の兄――あっさりと私の地位を奪い去った。


「白髪鬼とも読み変え出来ますわね」


 さておき、ソラの唯一の心の拠り所であった場所ですら、奪い去った。

 端的に言えば、恨みだった。

 だから、いつもストレスの捌け口にしているノートを取り出す。

 もう、何代目かのノートかは忘れたが、一番最初のページだけは覚えている。

 父親への恨みだ。

 さておき、書く。


「おかしいですわね」


 確かに女子に無視されているから、女子の事も書くべきだ。

 そして、白髪鬼の妹こと、美怜さんの謎の態度も不可解だし、あの傲慢な考え方は否定されるべきだ。

 しかし、結果として出てきたのは、望のことばかり。

 それだけ、恨みが強いのだろうと自分を納得させた。



 昼休み。

 ずっと職員専用の場所にいるのも居心地が悪く、居場所を探していた結果、屋上に来ていた。


「空が青いですわね」


 立ち入り禁止とか知りませんわと、扉を開けて向こう側へ。

 そこに広がるのは、圧巻の光景だった。

 舞鶴が一望でき、学校がある反対側、東の街も五老タワーの奥に見える。

 

「一人になってからこんな所を見つけるとは皮肉か何かですわね」


 印象。

 そう、舞鶴を大きく腕を広げれば、包み込める――王様の様な感覚を覚えたからだ。

 ソラは何でも持っている、それこそ、家族以外は。

 誰もが私に見ていたのは、私が今見ている光景に頂く感覚だったのだろう。

 だが、その感覚には忌避感も覚える。

 家族というものが嫌いな私は使ったことも無い。

 自分の力だけで居場所を作ろうとした。

 それを壊したのは、望君だ。

 憎い憎い。



 数学の授業中。

 相変わらず無視されている私はそれを紛らわそうと、思考を勉強に集中していた。

 しかし、


「九条、解いてみろ」


 当てられた望君が前に出てくる。

 当然に私の目線が彼を追う。


「失敗して恥をかいてしまえばいいですわ」


 そんなことが無いのは私が知っている。

 悠然とした振舞いながら黒板に殴り書きでされていく式は当然あっている。

 

 ――背、私より高いんですわね。


 気にも留めていなかったことに眼がいく。

 例えば、学生服は奇麗にされており、隙が無いとか。

 数式を書いていた際の真面目な顔だとか。


「――っ」


 望君と眼が合った。

 そして私が彼を目線を追っていたことに気づかれたのか、笑みを返された。

 前までの私なら、余裕の笑みで返したのだろうが、心臓が跳ねてそれが出来なかった。


『そういえば鳳凰寺さん、望の事、好きなんですか?』

「違いますわ!」


 机を叩きながら立ち上がり、叫んでいた。


「ソラ君、僕の数式の何が違うのな?」


 望君が見てきていた。

 あれ、凄く動悸が激しくて――恥ずかしくて、何とも言えない気分になる。


「あ、いえ、良く見たら間違いないですわ」


 申し訳なくなり、小さくなって座る。

 無視されているからか、特にヒソヒソ話で言われることが無かった。

 動転して気にならなかっただけかもしれない。



 それからというモノ、いや、以前から望君のことは見ていたわけでなのだが、より一層に彼が気になり始めている自分を自覚した。

 先ず、彼は字が汚い。

 ノートを見せてと言われるが、それは拒否し、改めて図解や説明をしていることからも判る。

 美怜さんに対しては相当に甘い。

 何か言われると大抵言い返すが、最期には妥協している姿がよく判る。

 私のパッドの事を看破しやがりました野球の人とは勝負ごとをよくしている。

 今日は、消しゴムを飛ばしていた。小学生ですかね、二人とも。

 それで被害を受けた眼鏡の三つ編み、小牧さんが暴力を振るうまでが一セットだ。

 楽しそうである。

 たまに違う女生徒や男子生徒が質問だが、何かで輪に入っていくと邪険にすることもなく、望君が教えている。

 他にも、私に向けられたことのない表情が有り、全てが素面の彼であることに気づく。

 私とは違い、取り繕うことなく、自分を表現し、そのままなのに眩しい。

 勝てない、そう素直に感じている私にはこの時点で気づいた。

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