1-38.平穏な? 昼ご飯。

〇美怜〇


「――うん、いつも通り、美怜の作ってくれる弁当は美味しいな!」

「えへへー」


 嬉しい。

 いつも早起きをしている甲斐があるというものだ。

 今日のお昼の弁当はご飯、ハンバーグ、レタス、プチトマト、マカロニサラダ、そして甘い卵焼きだ。


「ただ、今度の卵焼きは醤油がいいかな?」

「ん、了解」


 最近気付いた事だが、双子だというのに私と望の食欲に対する好みが対立することが多い。

 キノコを買おうとしたらタケノコに摩り替わっており、だしは昆布だと言うとカツオと言われ、コーラを買ってこようとするとルートビアを頼まれる。

 私が関西北部育ちで、望が関東育ちなのが大きいのかもしれない。

 それでも望は意見は言うものの、文句は出さない。

 好みでなくても美味しいものは美味しいと、直すべきところも素直に言ってくれるので自分の料理のレベルが上がっていくのが楽しい。


「水戸は甘いのと醤油味、どっちが好き?」

「味付けなしでダシに潜らせるのがいい」


 前二人はいつも通りなのだが、


「ソラの卵焼きは醤油ですが、どうですか?」


 と、望に差し出される高そうな塗りがしてある弁当箱。

 プロが作ったような料理が詰まっている。

 望のテーブルに椅子をひっつけて座っている鳳凰寺さんだ。


「鳳凰寺さん、私に一つ頂戴? 代わりに私のあげるよ」

「美怜さんどうぞ」


 望の前を黄色い塊が行き来すると、彼は怪訝そうな顔をする。

 どうやら、その鳳凰寺さんに何も言わない私や前の二人に何かが言いたいようだ。

 私としては、一緒に食べる人が増えるのは悪いことではないと思うから無視である。


「鳳凰寺君、学食ではないのかね?」

「ソラ、とお呼び下さいと、望君」


 霞さんが小牧君にご飯を噴出し、折檻される。

 アルゼンチンバックブリーガーとか良く出来るなと思う。


「げほげほ、余りにも普通に溶け込んでたから言わなかったが、

 そういうことだったのか」


 技を解かれた霞さんが床に這い蹲りながら、親指を上に立てて望に向ける。

 今度は望が咳き込んだ。

 幸い、何も口に入っておらず、霞さんのような無様なまねにはならずに済んでいる。

 そんな望にどくだみ茶を渡し、飲むように促す。


「ごくっ……苦い……ありがとう、美怜。

 誤解があるから教えておこう、僕は鳳凰寺く……

 ソラ君に告白などしてないし、恋愛感情は無いからな?」


 途中で、鳳凰寺さんに泣きそうな眼で訴えかけられて、名前を訂正する望。


「は? じゃぁ、どういうことだよ。

 お前が憎さ余って可愛さ百倍で、鼻をへし折った後、自分のモノにするためにあんなお芝居したのかと思ったぞ? 

 そして告白したのかと。吊り橋効果というやつだっけか、テレビでやってたような気がする」


 吊り橋では無い気がするが、アンケートの件や望の鳳凰寺さんを助ける舞台で霞さんが楽しそうにしていたのはそういうことなのかと納得する。


「いえ、ソラが望君に告白を申し上げたんですよ?」

「「は?」」


 前二人の声がハモった。

 私としてはやっぱりな、というところだ。

 だって、お似合いだもの。


「ぇっと、水戸からある程度聞いてるけど、

鳳凰寺さんは、この白髪鬼にやられたこと、苛めの主役である真実を知らないわけ?」


 更にその裏事情があることを知らず、乗り出して私に耳打ちしてくる小牧さん。


「知ってるよ?

 そもそも私への虐めが鳳凰寺さんの仕組みだったんだけど、望が炊きつけてたし、何だかややこしいんだよ。

 あ、でも望は私のこと思ってくれてやってるから嫌っちゃ駄目だよ?」

「……いや、呆れてモノも言えないわ。

 ……本人たちがいいならいいと思うけど」


 小牧さんは占いの本を広げると何とも言えなさそうな表情を浮かべる。

 ふと、望の視線がこちらへ向く。すっと彼からほっぺたに手を伸ばされ、掴まれる。

 突然のことでビクッと驚き、そして落ち着くと痛みが伝わってくる。


「はひすんだよぉ――

 うー、私は鳳凰寺さんに好意の確認しただけだもん!」


 抗議の声に憮然としたまま放してくれる。

 どうやらこの状況を作り出した責任を言われているようだ。少し涙目になってしまった。

 仲良くしてほしかっただけなのにな……


「その件、ありがとうございます、気付いたのは美怜さんのおかげです。

 それに私を許し、助けてくれました。それをする理由が無いのにです……だから、ソラは美怜さんのことも好きですわよ?

 どうぞ、ソラ、とお呼び下さい」


 私は吃驚し、眼を見開き、ハンバーグを弁当箱に落としてしまう。

 望もポカンと眼を見開いて、食べようとしたハンバーグが弁当箱に戻る。


「ご、ごめんなさい。ソラさん、友達からでお願いします」


 ペコリと腰を折り、断ることしか出来ない。


「キマシ・タワーをここに、がふっ」


 ネット上でも死後になりつつある単語を吐いた霞さんが小牧さんの打撃を顎に喰らう。

 言い回しを知らなすぎるのは最近、自分でも良くわかった。直していかなければいけないと思う。

 ソラさんは面白そうに笑んでいたが、その顔が望に向くと、ニヤリと口元がゆがむ。


 ――っ! 悪意ではなさそうだが、私は心の中で違和感を覚えた。


「……ソラ君」


 何かの抗議を望がソラさんに眼で送るのが判る。望の様子もおかしい。


「はい、なんですの?」


 名前を呼ばれてか嬉しそうに微笑むソラさん。

 または何かしらの抗議の意図を無視するかのように疑問系で返しているようにも見える。

 受けて望は一瞬だけ悩んだ様子を見せ、言葉を続ける。


「失礼だが、自分で料理をするのかね?

 プロの手前にしか見えないものでね。

 こういう時の落ちとしては料理が出来ないお嬢様落ちになるのが定番なのだが」


 字面はいつも通りだが、望の声色に迷いが見える。


「はい、勿論ですわ」


「凝り性で作り出すと時間が掛かりすぎるので学食で済ませることが多かったのですが――

 これを機に再開というところですの。

 後、ソラが居ない間に何かされても気付けませんし、仲間外れは嫌です。

 それに胃袋を押さえるといいと、初めて買った女性誌にありましたので」


 気付く。

 ソラさんの左手が望の服を掴んでいる。

 なるほど、っと思う。


「望、それぐらいは許してあげなよ?」


 口元をバッテンにし、まるでペー太君みたいに不機嫌そうにする。

 私はそれを微笑ましく思いながら、貰った卵焼きを口に入れる。


「……美味しい」


 醤油がきつ過ぎず、丁寧に焼き上げられており中まできっちり階層になっている。

 しっかりとした歯触りを返してくるそれは習熟度の高さが伺える。

 中は半熟時に丸めていくふんわり派の私も思わず、感想が漏れてしまった。


「そういって頂けると嬉しいものです……なるほど、このやり方もいいですね」


 ソラさんは特徴的な眉毛を跳ね上げ、心底嬉しそうにする。


「俺も食べていいかい?」

「……どうぞ」


 霞さんが言うと、何だか、凄い表情を一瞬だけ見せ、渋々と明らかに仮面の笑顔で渡すソラさん。

 頭の中、凄い速さで打算が生まれていた気がする。

 望しかり、ソラさんしかり、自分で自分を偽ることに慣れている人間は素になった時とのギャップが激しいようだ。

 予想外のことで驚いた時の表情は望もソラさんも確実に素だ。

 後、好意を向けられた時にうろたえるのも慣れていない様子で明らかに素だ。

 やはり、お似合いだと思う。


 ――ただ、望の場合、私を押し倒した時のあの恐ろしい表情だけは良く判らないのだが。


「ぉぉ、旨いぞ、望、食べないのか?」

「僕は美怜のが好きなんだ」

「まぁ、そう言わずにお一つ」


 望の口にお箸で放り込む鳳凰寺さんはウキウキとした年相応の女の子だった。

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