1-39.勝負しましょう。

〇美怜〇


「……旨いな」


 望のポソリと言った言葉に、ぱぁっと向日葵が咲くようにソラさんが笑顔になる。

 女の子が笑むだけで得になると言われたことがあるが、美人が笑むと三倍は得になると思う。

 羨ましい。


「これもどうです?」

「ああ、仕方ないなぁ! 食べるとも、食べるさ!」

「他人に押し切られたのは始めてみたわ。

 いつも自分の意見を押し付けたり、水戸を粉砕しているか、

 平沼さんを賞賛してる姿しか見てないのもあれだけど」

「――基本的には優しいよ。

 私が一緒に寝ようと言う時も、晩御飯で揉めた時も、

 ぎゅっとして欲しい時も最後に折れてくれるんだよ。

 何か余程の事情がない限りは何でも」


 思い出すとおのずと、えへへーと笑みがこぼれる。


「それはそれで狂ってるわ、どっちも」

「お前もな……バタッ」


 ようやく話された霞さんが床で伸びるのをきにせず、呆れた様子の小牧さん。


「料理の腕は認めてやろう! 

 しかし、この望、それぐらいでは堕ちんぞ!」

「なら、もっと頑張りませんと」


 いつの間にか、ソラさんのお弁当が半分ほどになっている。

 私の作ったものはというとちゃんと完食されているので、ほっとする。


「そう言えば、どっちの弁当の方が旨かったんだ?」


 その霞さんの質問に望がピクリと止まる。

 しかし、すぐ呆れ顔になる。


「……どちらも特色が別のところにあってだな、比べるのは間違いだね。

 そもそもにお前、それで僕を困らせようとしているだけだろ?」

「すぐに勝負事に持っていくのはハシタナイですよ?

 どちらの良い所も認めるのが寛容……ぇっと所でどなたでしたっけ?」

「望と鳳凰寺のば~か! ば~か! 腹黒! 頭でっかち!

 ――胸なし!」


 霞さんが泣きながら出て行く。

 その後を仕方ないなと顔に浮かべながら追い掛けて行く小牧さん。

 望は何処吹く風と受け流すが、ソラさんは今の小学生のような挑発でも一瞬だけ修羅のような顔を浮かべた。

 煽り耐性が無いという奴なのだろう。眉が引くついたままだ。


「……望はほうお……ソラさんのと私のどっちが好きなの?」


 ソラさんに悲しそうな顔をされたので言いなおすと、望が困ったのを隠すように笑む。


「美怜のことだから、今のを聞いていて言うってことは理由があるんだね?

 ……舌の好みという点と技術点ではソラ君のだ」


 必要が無い時以外は正直な望らしい解答だ。

 ソラさんが、乙女らしくないガッツポーズを小さく取る。

 この人、ホントは感情の表現が行動や表情(特に特徴的な眉毛)に出る愉快な人ではなかろうかという疑惑を得る。

 望もそう言う所がある。

 同時に仕方ないかなっと思う。

 私は料理をするが、家事の域を出ていない。

 鳳凰寺さんと望はやっぱり似たもの同士なのかもしれない。味覚の好みも一緒だ、

 でも、


「私のにもいい所があると」


 でなければ、完食しないのであろうとも思うし、言葉に裏の意図を含ませない。

 意味合いを確認するとその通りだと笑みを返される。

 言わないということは、理論的に言えないかソラさんにそれを知られたくないかのどちらかであろう。

 あるいは両方。

 心がじんわりと暖かくなる感じを覚える。


「――美怜さん、来週の体育祭のお弁当で勝負ですわ」

「ふへ?」


 いきなり言われても私にどうすればいいのかと。

 勝負と言えば、望と霞さんではある訳だが、今日は鉛筆を転がしていた。バトル鉛筆とか実物は初めて見た気がする。

 それはそれで楽しそうだった訳で、最近、勝負も一種のコミュニケーションなのではないかと思い始めている自分が居る。

 だから、


「いいですよ」


 と、答えていた。

 望は私のそんな様子に、良い傾向だと納得しつつ、勝算があるのか? とすぐに考え始める。

 正直、勝てるかは判らないけど、やってみてかったのが大きい。

 さておき、この学校、ゴールデンウィーク中の平日に休むのを防止するためにそのど真ん中に体育祭を用意している。

 父母の方が来やすいようにという配慮もあるのだろう。


「私の家族は絶対来ませんし、丁度よい機会ですわ。

 賞品は望君……と言いたい所ですが、

 本人の意思を無視すると何だか怖いので、美怜さんとのデート権で」

「お、女の子同士だよ?」

「構わないではありませんか、ぇえ、女の子同士でも。

 可愛い洋服だとか着せてみたいじゃないですか、ふふふ」

「えぇ……」


 鳳凰寺さんが、私をからかっているのか、笑みを浮かべてくる。

 いや、この様子だと脳内でファッションショーが繰り広げられている気がする。


「鳳凰寺君」


 その声は大きくも無く、力強くも無かった。

 その望の表情は、ソラさんの方を向いていて見えない。

 けれども、本能に訴えかけるような恐ろしさを対象でない自分にも与えてきた。

 多分、あの表情だ。

 ソラさんは笑みを浮かべたままだが、眼元に透明な液体が浮かぶ。


「――望、だめだよ。私は大丈夫だから」


 流石に不味いと思い、窘めに入る。

 その望はここにいる誰のためにもならない気がする。


 ――それに私だけが知っていればいい。


「――まいったまいった、賞品は僕でいいさ。

 一日自由権を進呈しよう。

 そっちのほうが僕にしか被害が出ないし、コントロール出来るしよっぽどいい。

 買い物でも、勉強でも、遊びでも、何でも付き合うさ。

 但し、高校生らしいことまでという制限をつける。僕が対処できないのでね?」


 私は最後の付け足しに疑問を覚える。

 自分が出来ないということをみせるのは初めてな気がする。


「なお、審判は公平に行うから安心したまえ。

 ――自由にやってくれ」


 望は私の頭にぽんと手を乗せ、くしゃりと撫でてくれる。

 その行動の意図は判らなかったが、心がポカポカした。

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