1-49.兎の威嚇。

○望○


「さて、救急車が来るまでお話をしようか」


 プイッとそっぽを向かれる。

 何でだろうと思って、先ほど言った事に思い当たる。


「あぁ、そうか、もう喋ってもいいさ。

 ――さっきはすまないね」


 そう言いながら、僕は美怜の対面へと回り、こたつへ足を入れる。

 じんわりと暖かい。


「――さて、何から話そうか。

 うん、何も考えて無いから話すことが思いつかない。

 基本コミュ障なのでこういう時に困る」


 正直に話すと、美怜は怪訝な表情だが、視線を向けてきてくれる。

 どうしたものか。


「さて、聞きたいことはあるかい?」

「……ないよ!」


 相手の質問を聞くことで、テンポとコミュニケーションのきっかけを掴もうとするが、拒否られた。

 なら自分のペースで行くことにする。


「聞きたいのだろう? どうして助けてくれたのとね?

 そりゃ助けるとも、僕の大事な家族だからさ」


 本音で答えるが向けられるのは疑いの眼差しだ。

 まぁ、仕方ないと受け入れる。

 ここからどうやって納得させるかが課題だ。策も仕込みも無い。

 己の頭脳と口先だけが友達だ。


「さておき、僕は取り戻しにきたわけさ――君を」

「――っ!

 家族じゃないんでしょ、だったら他人だよ!」


 ソラ君のおかげでまとまった考えに感謝しつつ、言葉にしていく。


「この三年間、僕は美怜と家族でありたい。

 これが僕の意思だ。

 君が認めてくれれば、何であろうと他人がどう言おうと、僕らは家族として生活していける。違うかい?」


 美怜が言葉を失い、こちらをどうしたものかと見てくる。


「――望さん、それは変だよ?」


 ようやく、言葉にしてくれたそれは警戒の色が強い。

 素直に答えすぎたか。


「さんは要らない。

 他人の評価なんぞ、僕を栄えさせるだけさ――多くの他人が僕から外れていることは理解しているがね?」


 美怜の赤い視線が厳しくて――ぞくぞくしてくる。


「何が目的?」

「目的、あぁ、それは君との生活、その充実と今からの青春をやりなおしたいんだ」

「望さんは私の親や唯莉さんに言われて来ただけじゃないの? 

 そう聞いてるんだよ!」

「あぁ、そんな話もあったね。

 連れて来いと父さんに言われてるけど、そんなことは二の次で、美怜が嫌なら連れて行くつもりは無い。

 美怜との生活を取り戻すことが今の僕には優先順位が高いからね」

「わけがわからないよ」

「まぁ、僕が君の立場であってもそう思うだろうね」


 意見の目線を合わせる。

 これは相手を理解しているぞという意図を流し込むことで警戒を解く効果がある。


「お父さんのことが第一だったから今の言葉は信用出来ない、そういうところだろう?」


 こくりと縦に頷いてくれる。


「手が理由だ」


 そう言いながら自分の手をコタツの上に出す。


「順を追って話そう。

 義父が、父さんが息子と認めてくれたんだ」

「――私を認めてくれないのに、望さんのことを――?」


 静かに、それでも力強く反応を返してくれる。


「美怜を連れて来いと言われているので、僕だけでは無いだろう。

 まぁ、発作でまた倒れるかもしれないけど、その覚悟はしているんだろうからね?」

「やっぱり、家族という義務感を得たから私を取り戻しに来たの?」


 美怜の眼が、唯莉さんに向けていた視線と同じで、こちらに失望を抱いているようだ。


「それは違うといっている。

 本題じゃない。認められたのは嬉しかったし、溢れん出るほど泣いた。

 僕はついに家族を手に入れることができたんだって――けれども、欠けてたんだ。

 ふと君の顔が浮かぶと嬉しくなくなった。

 物足りない、困ったぞと。

 君が夜、手を繋いでくれた生活はそんなこと無かった。おかしいね? 

 まるで麻薬のように、僕の生活でなくてはならない要素になっていたようだ、恐ろしいね? 

 君の手は」

「人の手を麻薬のように言わないでよ……」

「事実なのだから仕方ないね?

 名付けてミレトニン」


 少し興奮気味で言ったからだろうか、美怜の青紫色の視線が冷たくてとても良い感じである。

 まぁ、事実なので仕方ないし、隠す必要も無い。


「――君を突き放したら欠けてしまったんだ。

 何かというのは僕にも良く判らないから言語化出来ないのだがそれを埋めたい、そう思ったんだ。

 これは否定出来ない事実だ」


 だから、と一息つき、


「君との家族生活を取り戻したい」

「最低だよ、それ――要するに、望の自分勝手だよね、それ」


 言われ、その通りだと思う。

 自分勝手にしたいことをぶつけているのが今、現状だ。

 僕はいつだってそうだ。共感出来ないから、自分をぶつけることしか出来ない。


「自分の私怨を私にぶつけて身勝手に捨てて、無くして自分に必要だと気づいたから、戻ってきた。

 捨てられた本人の事なんか、全く気にしてない、最低の物言いだよ」

「最低、確かにそうかもね?

 でも、僕は君が家族である必要があるんだ――だから、自分勝手をぶつけることが出来ると甘えてやる」


 僕は責められて当然だ。

 それでも、と美怜に視線を向ける。


「お前を説得するために、今、対峙している。もう一度、三年間一緒に家族してくれ」

「お断りだよ! 

 だって、捨てたんだよ? 

 私のことを捨てたんだよ? 

 そんな人をどうやって信用すればいいんだよ! 

 また捨てられないとも保証が無い。

 私は嫌だよ、唯莉さんに捨てられ、望に捨てられ、また捨てられるのは!」

「謝る。そして捨てない。

 僕は美怜を捨てない」

「それも嘘なんでしょ!」


 強い否定の言葉は叫びに近い。

 でも、僕は勝ち筋を見つけた


「美怜――嘘でないと証明すればいいのだね?

 つまり、信用してくれれば許してくれるのかね?」

「やれるものならやってみてよ!」


 売り言葉に買い言葉と来た。


「そしたら許してくれるんだね?」

「いいよ、やってみてよ!」

「間違いないね?」

「くどいよ、ほら早く、出来ないよね? 

 出来ないから、望はそんな風に繰り返してるんだよね? 

 やってみてよ! ねぇ!」


 急かされる。

 いや、急かさせた。相手の痺れを切らすことで僕の言葉を求めさせる。

 美怜の眼を見る。

 赤くなった瞳は感情の高ぶりだ。良い傾向だと思う。

 自然に笑みがこぼれてくる。人として軸がやっぱりずれている。


「うん、それなら一つの質問で十分だ――答えてくれるね?」

「いいよ、言ってみて」


 身構えても無駄だ、美怜。

 恐ろしい無表情や暴力で脅してくるなら、非力でも抵抗する。

 優しい言葉で私を宥めて来たら、そんなものでは信用できないと拒絶する。

 強い言葉とテンポだけで捻じ込もうとしてきたら中身が無いと否定する――そう思っているのだろう?


「今、君は僕に警戒してくれている。違うかい?」

「――へ?」


 質問の意図が読めないようだ。


「どうなんだい?」


 答えを求める。

 けれども、無言のまま、五分が経った。

 確かに無言は普通の質問には効果的だ。

 黙秘権は武器である。でも、この質問はそれすらも凌駕する。


「――ありがとう、君は態度で僕に信用を示してくれた」


 そう言い切ってやる。


「――な、どうしてそうなるんだよ!」


 美怜に狼狽の表情が浮かぶ。

 怒り以外に感情が動いたのを僕は見逃さなかった。

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