1-50.兎同士の喧嘩は殺し合いになる。

〇望〇


「どうして君は答えなかったんだい?」

 

 無言のままの美怜、彼女はこの質問に答えることが決定打になることを理解しているようだ。

 流石に賢い。

 だから、答えなかった場合も決定打になることを示してやる。


「はいでも、いいえでもよかったのにねぇ?

 日本語が嫌ならイエスでもノーでもダーでもニュートでも。

 それこそ、曖昧な返事でもね?

 つまりこういうことだ。君は僕に警戒をしていて答えられなかった。

 その理由は僕に警戒をしなければいけないという確信、すなわち信用が有ったからだ。

 信用の意味を辞書で調べてもらってもかまわない。

 確かなものと信じて受け入れること、そう出てくるからね?」


 美怜の眼が見開く。

 図星のようだ。そもそも、この状況で僕に警戒を持たない訳が無い。

 あれだけ、くどく言ったのだから。

 はい、と言われても同じ論法で返していただろう。


「――迷ってただけだよ。望には警戒してないよ」

「君は僕に警戒をする必要は無いと信用してくれたんだね。

 僕が君にどんなことをしても、危害を加えない――そう信用してくれたんだね?

 嬉しいよ!」


 この質問はどう答えても信用しているに帰結するようになっている。

 それこそ、時間オーバーでもだ。

 詐欺師の手法に近く、相手に選択権は有る様に見えて実は無い。

 前日に見せたトランプの選択に近い。


「という訳で、証明できたね? 

 さぁ、許してくれ」

「――詐欺だよ、それは!」


 質問自体を無かったことにしたいらしい。

 そうすれば、美怜が答えると言ったことを反故にしたことも、負けたことも無かったことになる。

 確かに有効な一手だ。



「君は言っていた事を反故にするのかね? 

 なら、サービスだ。だいさああああびすだ。

 もう二つ、論拠を出そう――まず、君は説得されたがってる」


 僕の狙いはここからだ。

 動揺させたところで本命をぶつけてやることにする。


「僕が君を信用させる行動を取ることに期待していたに違いない。

 何故、君は『やってみてよ!』と言ったんだい?」

「――っ!」

「単純に『それでも許さない』と否定すればよかったのにね。

 僕は三度も確認しているのにね?」


 赤い目で睨んだ所で事実だ。

 僕は引かないし、引く必要も無い。


「そしてもう一つは僕の呼び方から敬称がなくなっていることだ。

 君は小牧君ですら『さん』をつけるのに、僕にはもう付けていない。

 君は正直な気持ちを僕にぶつけることができる位には、僕を信用している」

「――っ。

 言葉の弾みだよ、揚げ足だよ、それは!」


 強い言葉だが、意思が篭っていない。

 どうやら自覚してくれたようだ。

 無意識に発生した言葉に理由付けされると、そうなのだろうと思い始めるのが人間だ。

 美怜がソラ君に僕への恋心を植え付けたのとほぼ同じ手法だ。

 因果応報だねと思うと、少し心が晴れる。

 さて、そもそもに売り言葉に買い言葉は意識して無くても願望や思考傾向が出やすい。

 そして美怜は会話に関して鋭く、自分の言った事を覚えており、自分の言った意図を当然考える。

 僕はこころの中で安堵の息をつく。

 どんなことをしてでも、説得すれば良い――そうすれば彼女は受け入れてくれる。

 それが確認できたからだ。後は簡単だ。


「君は言った言葉を否定するのかね? 

 自分の言った言葉を」

「――するよ、望を否定するためなら」

「なら、否定することを許す代わりに、僕が拒絶したことも否定したまえ

 そうで無ければおかしい」


 今度は交渉で砕きにいく。

 美怜の間違いを正当化させて、僕が間違えたことも否定しろと言っているのだ。

 譲歩した分、負い目を感じさせて譲歩を引き出しているともいう。


「――」


 僕を赤い眼で見たまま、今度はだんまりだ。

 会話における扇動や洗脳を得意とする僕にはとても有効な手段だ。

 時間が立てば、自覚してくれた意思も誤魔化してしまうかもしれない。


「さて、そんなことはどうでもいい」


 だが、無意味だ。

 いきなりの否定でいく。

 ここは押す。


「家族であろう、そう僕は言う。

 対して君はどうしたいんだい? 

 黙っているのなら、肯定とみなしていいと、ソラ君に言われたのでね。

 そういうことにする」


 こういえば、美怜は、好き勝手言って否定の言葉を引き出し、コミュニケーションへと持ち込もうとしていると思い込むだろう。

 彼女は絶対こう思う、望の言葉の反対を考えてやろうと。


「美怜は僕のことが嫌いだ。

 今までの家族生活だって、嫌で嫌でしかたなかった。

 そして自分自身が変わったのも仕方なくだ。

 無理矢理だ。

 嬉しくない。

 本当は地味な真っ黒な姿がお気に入りだった。

 白いワンピースを買ったのは望を欺くためで仕方が無かった。

 お弁当も仕方なく作ってた。

 望に青春を教えると言っていたのも仕方なくだ」


 だから、逆に反対の言葉をぶつけてやる。

 美怜の表情が驚きに変わる。


「だから、望とは一緒に過ごしたくない。

 一人で生きていきたい――そうなりたいんだね?」


 同意を求める。

 しかし、答えは求めていない。


「望なんて居なくなってしまえばいい、そう思うんだね?」


 立ち上がり、居間からキッチンへ。

 そしてそれを取り出し、戻る。

 僕の手に持たれた包丁を見た美怜の顔がこわばる。

 そんなに怖がらなくてもすぐ終わるさ。

 さて、頑張ろう。

 僕は気合いを入れて振り下ろした。

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