1-51.美怜と望はお互いに美しく怜《あわ》れみあう関係、依存症を望む。
○美怜○
「望なんて居なくなってしまえばいい、そう思うんだね?」
望はそう言うと一度立ち、台所へと向かい、戻ってくる。
その手には包丁を持っており、私に警戒心を鳴らす。
刃物を台所以外で使うのは物騒な発想しか出来ない。
そしてその包丁を躊躇なく、振りかざして、
「なら、僕がここで死んでも一緒だ」
自身の腹部へと差し込む望。
足から力無く崩れ、うつ伏せに倒れる望。
瞬く間に赤い液体が、畳を汚し始める。
それはまるでお芝居のようで、現実感がまるで無かった。
「のぞむ?」
呼んでも反応が無い。
「な、んで?」
点滴チューブが外れるのも気にせず、近寄り揺さぶるが、反応が無い。
顔へ耳を近づけるが息をしていない。
仰向けにし、鳩尾左、心臓に耳を当てるが、止まっている。
「――あれ?」
望の手から赤く染まった包丁が力なく床に転がり、死という文字が頭の中に浮かんだ。
「私が望を否定したからこうなったの?」
私は何をしていたんだろう。
望は私と暮らしたい、そう言っていただけなのに、どうして死ななければならないのか。
「――なんで私が望との生活が楽しくなかったなんて言うんだよ」
否定しか出来ない事実と共に涙がこぼれた。
「お弁当を美味しそうに食べてくれるから嬉しかった。
あのワンピースも自分に似合うから買った。
望が変えてくれた今の自分も好きだよ。
なのに――私が、許さなかったからなの?」
望が話しかけてくれている間に思っていたことは望の好きにされないように、その一点だけだ。
自分が意固地になって望を否定しようとしていただけだ。
「望、ねぇ、起きてよ。
起きてよ。
半分は嬉しかったんだよ、戻ってきてくれて――だから起きてよ――望の青春を助ける約束もきっちりするから」
急激に湧いてくるのは罪悪感だ。
そして喪失感だ。
私のために色々してくれた望。思い返しては消えていく。
「答えなかったのもごめんなさい。
コミュニケーションを否定したのもごめんなさい。
だから、起きてよ――だから、ねぇ……」
言葉が嗚咽になる。それでも気持ちを伝えようと、望の左手を両手で掴んだ。
「――っ、ゲフンゲフン」
突然、咳き込みながら、望の上体が起き上がった。
「自分でやったことなのだが、呼吸を完全に止めるのは辛いね。
牛乳一気飲みとは違ってやめていいタイミングがわからないね。
どうしたらいいと思う? 美怜」
そして余裕のある表情で笑ってきた。
「――へ?
あれ、刺したよね?
その赤いのは?」
お腹から取り出すのは、空になったプラスチックボトル。
よくあるトマトのマークが書かれている。
鈍くなっていた嗅覚を何とか動かせば確かに良くオムライスに乗る匂いがした。
「あ、この赤いのかい?
トマトケチャップを腹に仕込んでグサリ。それで、倒れれば自分の体重で広がるという寸法だね?
心音は慌てた状態で服の上から聞こえるものではないよ、うん。
ちなみに僕は内臓の向きが逆だから、心臓は右にあるしね?」
どう反応すればいいのだろう。
怒りと安心が同時に湧き出てきて、どうしていいか判らない。
抱きつけばいいのだろうか、それとも怒鳴ればいいのだろうか。
「で、今の言葉に嘘は無いね?」
その言葉で私の感情メーターが振り切れた。
「ばかぁああああああああああああああああああああ!」
手が使えない、だから頭を足の裏で蹴り飛ばしていた。
弱弱しい力だが、それでもだ。
そして呆気なく後ろに倒れる望。
「なんで、そんな、こと、するんだよ!
し、んじゃった、かと、おもった、よ!」
望の手を持ったまま、感情任せに何度も何度も踏みつけていく。
「美怜を取り戻したいからに決まってるじゃないか」
言われ、止まる。
そして理解した。
「望は馬鹿だね」
「酷い言われようだが事実だろうね。
ソラ君にもそう言われた」
否定してこないのは自覚症状があるからだろう。
望は上半身を起きあげながら、力無く笑む。自嘲しているようだ。
「でも、嬉しい馬鹿だよ――だって、私を取り戻すためにここまで馬鹿なことをしてくれたんだから。
ありがと」
本当にそう思う。
そして片意地張ってた私自身も馬鹿らしくなる。
「何というか、意固地になってたよ、ごめん」
「いや、元々、僕が悪かったんだ。すまない」
お互いに謝り合い、そして二人で笑い出した。
「望、本当に私と一緒に家族でありたいの?」
「あぁ、そうだとも――二人の進路が分かれるまでは中毒症状を治す気はないね」
その言葉で嬉しくなる自分がいるのは判る。
だって、この人は私のために動いてくれて、私を求めてくれる人だからだ。
「美怜は僕と生活をし続けたいと思うかい?」
「勿論――続けたいよ」
だから、精一杯の笑顔で答えていた。
望の頬が緩み子供っぽい印象になる。
あぁ、この人は本当に面倒だけど、根は素直な子供なんだな、っと確信する。
「私は言ったんだよ?
依存症だって――だから、私に依存してくれるのは対等でおかしな話じゃないよ――物質で言えば、ノゾミン辺りかな?」
「依存症同士か」
「そうだよ、お互いに家族依存をしてたんだよ。素敵だよね?
他人だった二人が家族になって依存するまでになるなんて」
「僕らにはお似合いか」
望が楽しそうに言ってくれる。
ここからが本当のスタートだ。だから、改めて言い直しておく。
「望。高校三年間、二人で家族生活してみようか?」
与えられた家族計画が終わり、二人で創る家族計画が始まった。
お互いに美しく
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