1-52.育て主と兎。
〇美怜〇
次の日も私は病院に来ていた。
あの後、救急車にケチャップだらけの望が血と間違われて運ばれそうになったのは笑い話である。
さておき、診断の結果は問題無かったのだが、念のためにと登校日だが休んだ。
掛かりつけの大学病院まで行くには京都市内まで出る必要があり、全身火傷状態だった私には辛い。
何かがあった時に望に助けを呼ぶことも出来ない。
だから、今日も舞鶴市の病院だ。
「問題なし」
ぐっと、拳を握り嬉しさを噛みしめる。
全身ガーゼ状態ではあるものの、望の適切な処置が功を奏したらしい。
潰すと直りは早いが跡が残るとのことだ。
「ありがたいはなしだよ」
望は学校に行っている。
望もついて来る気はなさそうに、いつもの朝練の後、学校へ向かっていった。
私も出来ることは出来ると、そう信用してくれているのだろう。
部屋番号も教えられた。
ただ、何か困ったことがあったらすぐ連絡しろと言ってくれたので、それで十分だ。
「お父さんいるんだよね、ここに」
市内の病院に来た理由はもう一つあった。
望に教えられた部屋の前へ立つ。
どうしたものか。
驚くほど、私は何も感情が沸いていない。
「――美怜ちゃん?」
自分の気持ちに向き合うために扉の前で立ちながら考えていると声を掛けられた。
見れば、そこには唯莉さん。
唯莉さんの拳を見る。
望から聞いていた事だが、利き手は固定具が付いていてしばらく使えそうに見えない。
そうで無い右手も血が固まった跡が残っていた。
どうやらお父さんのものらしい着替えやらを鞄に入れている。
――表情はいつものニシシとした笑いなのに警戒の雰囲気が漂っている。
「ここに来たかっただけですから気にしないで下さい」
動機を正直に話すが、怪訝な顔をされる。
もう一つの動機の存在がばれている訳ではなく、こちらの意図が読めていないだけのようだ。
「望が教えてくれたんです。
ここのこととお父さんの状態を。
何をしろとは言って来なかったので、それに対してどうするかは要するに好きにしろということなのでしょう」
「あの望が?
彼のことを考えれば言わん筈やのに」
「望はどうでもいいようでしたよ?
それよりもソラさん。
望を好いてくれる女性にどういう顔をして会えばいいのかが重要だと転がってました」
私は体中の痛みもあり少しイラっとした感情のまま、笑えばいいと思うよ、と望に言っておいた。
「訳が判らん、何があったんや、望に」
「青春しているんだと思います。
お父さんに対しての義務よりも自分。
――例えば青春の優先度が高くなった、それだけだと思います」
さておき、唯莉さんの表情が警戒のままなのでどうしたものだろうか?
別段、喧嘩をしに来たわけではない。
仲良くしたいという感情は沸かないが、敵対するのは少し悲しい。
少なくとも私にとって恩人である。
「私がここに来た理由は足長おじさん――お父さんと言う存在の近くにくれば、自分の感情が湧くと思ったんです。
けど恐ろしいほど何も湧いていない自分が今は居ます」
感情を確かめる時に望が見せるように自分の手を見る。
「家族と言われても望のようにしてくれないと理解してしまっているんだと思います。
私のことを忘れているからそれは無いことがもう判ってしまっていて、
だったら、この扉の向こうに居るお父さんは現段階では血縁上は家族でも、事実上は他人なんです」
「エラいドライやなぁ?
普通はそこまで言いきれんで?」
私は変なことは言ったつもりは無い。
要するに望とお父さんは全くの逆なだけだ。
「まぁ、ここで扉を開けてお父さんに会うのは面白いかもしれませんけどね?」
一つ確認したいことがあったので試しに言ってみる。
「っ」
唯莉さんから表情が消えた。
殺気すら混じるその表情はいつもの小学生風貌のそれではない。
年相応以上の迫力を感じる。
同時に結論が出てやっぱりな、と思う。
「お父さんに対して何かあったら困るんですよね?
唯莉さんはお父さんに何らかしらの特別な感情か、強い義理を感じているんですね?
両方かもしれません。
どちらにせよ、私を引き取ったのはそれらや私のお母さんに対する義理だったのでしょう?」
唯莉さんに抱いていた好悪が消える。
唯莉さんにとって私はそもそもに捨てる、捨てないを論じることが出来る関係じゃなかったのだ。
最初から他人同士だった、それだけだ。
そこに私が勝手に家族を求めていたのだ。
自分の中でそう整理がついた。
「他人である私が求めているものに答えられない。
そう言い、突き放せばいいだけなのに、色々してくれたのは――優しさですよね?
有難う御座います」
同時に感謝の気持ちも湧いた。。
「――変装道具一式、あれは虐めの回避もありましたけど、
私のお母さんの面影を隠して、お父さんと会わせようとしてくれようとしたんじゃないですか?
虐めの時に本気で怒ってくれた時の感情は本心ですよね?」
どんな形であろうと私のことを考えてくれていたのは確かだ。
そして最終的に同じように家族を求めていた私と望を家族舞台に立たせることで満足させる形に当て嵌めた。
見事にその目論見は当たり、私と望はお互いにお互いへの依存症だ。
結果的にも動機的にも感謝していい。
恐らくはいくつか考えては実行し、挫折してきたはずだ。
それはある意味で、家族であっても難しいことを他人である唯莉さんが私に対してくれた事実だ。
そう考えれば、私に与えたくれたモノ・コトの理由がつき、感謝の意は沸いてくる。
「……せやで。
望が全部説明する必要が出てしまったわけやな。
ホンマ美怜ちゃんは賢いわ。
名前通り、美しいほどに
美怜さんが、驚き、そしていつものニシシとした笑顔が戻ってくる。
「でや、その他人行儀な口調は唯莉さんのことを他人と見とるようやな?」
その通りだと、「はい」とだけ短く答える。
これぐらいは汲んでくれると思った。
ある意味で信頼しているとも言う。
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