1-48.森のくまさんを気取るうさぎさん。
〇望〇
腕で抱え、家に戻る。朝代神社から美怜をお姫様抱っこで担いでも徒歩一分だ。
そして風呂場へ。
「冷たいけど我慢してくれ」
「――」
浴室に横たわらせ、桶から細心の注意をしながらゆっくりと冷水を掛ける。
水疱の皮を
冷水が溜まった風呂の中へゆっくりと美怜を置き、風呂内暖房をオン。
「ゆっくり飲むんだ」
生理食塩水系飲料『ヌカリスウェット』のキャップを開け口につけてやり、飲むように指示する。
自分で飲めることを確認したら、ボトルを手渡してから唯莉さんの使っていた書斎へ。
美怜ちゃん火傷用と書かれた箱を押入れから取り出す。
居間には輸液固定用のスタンドを用意し、風呂へ戻ると少し落ち着いた様子の美怜がいた。
「美怜?」
呼ばれた彼女の青紫の眼が様子を見ようと覗き込んだ僕を捉えた。
「よし冷やすのは十分だろう。よっと――いた」
細心の注意をしながら引き揚げようとし――蹴られた。
「良い蹴りだね?
うん、大丈夫そうだね。どうやら視覚も戻ったらしいね?」
「違う! 違う! 違う!
何で、私を助けてるの!
私は家族じゃないんでしょ!
他人なんでしょ!
だったら構わないでよ!
私を裏切るために戻ってこないでよ!
ひどいよ!」
「そんなことは後だ。
今はどうでも良い、まずは美怜の体調を気にしなければならない」
「今だよ!
私のことはどうでもいい!」
「――黙ってろ。
そして動くな。
今は言葉を戦わせるときじゃない――お前に火傷の痕が残るのが嫌なんだよ」
「それはお父さんへの義理立てでしょ!
いたっ!」
とりあえず、デコピンをし黙らせることにする。
何を言っても聞かないことを察してくれたのか、黙ってくれる。
先ずは輸液だ。
火傷の割合十三掛ける美怜の体重四十一キログラム掛ける四=二千百三十二ミリリットルの乳酸リンゲル液の輸液が二次性ショックを防ぐためには必要だ。
しかし、これを一気に容れてはいけない。
最初の八時間でその半分を、次の八時間でゆっくりと残りの半分を容れる必要がある。
間違えれば、血圧上昇により腹部、四肢、眼窩などにコンパーセント症候群が起こり、機能障害を一生残す可能性がある。
「左手を、少し痛いが我慢してくれ」
乳酸リンゲル液のパッケージと点滴用チューブ一式を箱から取り出す。
パッケージをタオル掛けに引っ掛けてチューブをセット。
火傷と水泡に気をつけながら、静脈を計り、酒精綿で消毒、そして消毒済みと書かれた袋から取り出した針を差し込む。
血が逆流してきたのを見、酒精綿を引き、点滴チューブを針とドッキング――滴下を確認し、第一段階の終了だ。
美怜の腕を浴場台の上に乗せ、固定する。
「体は冷えていないかい?」
言葉はない。
でも、こくりと頷いてくれる。
「服を――破くぞ」
鋏を取り出し躊躇わずに体操上着をブラジャーごと破く。
これも水疱の皮を磨りとらないようにする配慮だ。
シチュエーション的には濡れ場の表記ではあるが、気にしている余裕はない。
場所も濡れ場、すなわち風呂場ではあるのだが、と心を言葉遊びで落ち着ける。
豊満なそれが露わになるが、直接日光に当たっていた所よりはマシ、その程度だ。水泡も所々に出来ている。
下半身のジャージも破く。幸いこちらは水泡にはなっていない。
「先ずは腕だ」
清潔なタオルで水を丁寧にふき取る。
次に抗生物質軟膏を染み込ませた軟膏を皮が破けないように当て、吸湿性パットを重ねる。
そしてガーゼで固定。この手順を何度も繰り返す。潰れてばい菌が入ると敗血症を起こす可能性がある。
自分に美怜の一生の責任が乗っていると思うと緊張する。
しかし、やらないわけにはいかない。その緊張のまま、続けていく。そして首元、腹部、胸と続ける。
時折、痛いのかビクンと反応する美怜に大丈夫だと宥める。
「終わった――ふぅ、救急車が火事で全部出払っているとはね。
……田舎も考え物だね?」
丁寧に水滴をタオルでぬぐい、ようやく一息だ。
輸液をさせたまま、美怜と共に居間へ移動し、コタツへ。
輸液パックを固定用スタンドに掛ける。
そしてタオルを二つ用意し、一つを美怜に大き目のシャツとパジャマズボンと一緒に着せる。
「救急車は呼んであるが、いつ来るかわからん。
その間に不意をついて逃げないでくれたまえよ、流石に今、外に出たら死ぬぞ?
それは辞めてほしい。
水泡を潰すと痕になるからね。それも避けたい」
輸液が終わるまでは動けないとは思うが念を入れておく。
「体を温めてといてくれ。
冷水でかなり冷えている筈だ、暖房もつけておく」
そう言い、立ち上がってエアコンなどを調整し、その足でキッチンへ。
生姜、コンソメ、卵、ネギ、鳥を用意し、手早く作っていく。
「痛かったり気になるようなら速攻で行くから言ってくれ。
唯莉さんに習った通りにやったから大丈夫だろうとは思うがね」
そうキッチンから一応、声を掛けておく。
逃げようとした心が少なからずある筈だ、見ているぞとポーズしておくには意味がある。
○美怜○
私は山の中を走り、そして家に戻り、変装をすることで誰にも気付かれずに遠くへ行くつもりだった。
その先は決めていない。望から離れたかっただけだ。
しかし、アルビノは運動会で弱っていた私にそれをさせてくれなかった。
体中がだるくなり倒れた。痛いと思ったが、石段が冷たくて気持ち良かった。
何とか木陰に逃げるが、気を失い、気付くと、私を捨てた望が何故か助けてくれていた。
「――望」
自分のおでこを撫でる。でこピンされた痛みがまだ残っている。
お父さんへの義理だと言ったら喰らった。どういうことだったのだろうか。
彼は私を否定した。
家族ではないと。
要らないと。
そして逃げろと。だから私は逃げた。
「他人なんだよね、私と望は」
でも、彼はどうだろうか。
真剣な眼差しで私の体を労わってくれたり、望は叱ってくれた。
よく判らないが、嘘はないようにみえた。
自身に問う。
「嬉しい? 嬉しくない?」
よく判らない。どっちもだからだ。
自身が酷い目にあったのも、そこから助けてくれたのも望だ。
そして戻ってきてくれたのは嬉しいが、そもそもに突き放したのは望だ。
彼は森の熊さんでも気取るつもりなのだろうか。よく判らない。
「逃げようかな?」
しかし、拘束具、もとい輸液パックをどうするか悩む。
これがある限り、望からは逃げられない。
スタンドごと持って出るのもありだが『死ぬぞ』と言われている。
装備や体調が整っていない今、万が一もの危険は冒すべきではない。
実際、体が衰弱しているのは自分でも判る。
アルビノの体というのは不便だとしみじみ理解できた。
アルビノのキャラクターがゲーム内でバッドステータスがつかないのが不思議で仕方ない。体中がヒリヒリする。
「私にはよく判らないよ、私自身も、望も」
でも、望が優しくしてくれたお陰でだいぶマシになっている。
触られている時、敏感になった肌が気持ちよくなっていた自分も自認している。
「よしよし、いい子だ。
熱いからゆっくり飲みたまえ」
戻ってきた望の手元にはカップが二つ。
口を付けると優しい味のするチキンスープだった。
――どうすればいいのか、どうしたいのか。
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