1-17.悪役同士の中盤戦
○望○
月曜日のお昼時、僕は予定通り、食堂へと歩を進めようとした。
「御機嫌よう、九条君」
教室を出てすぐ、良く通る声が僕を呼び止めようとする。
無視だ。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいな!」
無視だ。
「聞こえてますわよね⁈」
「ぉっと、教室外で声をかけてくる女子は珍しいね?
クラス外の女子からの視線も多いのだが、あまり声を掛けられたことが無いからね?
どう思うかね、ゲジ眉君?」
さも意外さを演出するように、彼女の名前を間違える。
僕の目の前に立ち塞がった彼女は肩を震わせながら、特徴的なゲジ眉を跳ね上げて僕を睨んできた。
「九条君はどう何を話していいか判り辛い印象がありますからね。
ただ、クラス内では何でも答えてくれるので話の取っ掛かりが見えやすいと評判ですわ」
名前の件がスルーされて少し悲しい。
「普通に話しかけてくれれば、僕はいつでも、なんでも、どこでも歓迎さ。
手紙で呼び出しとかは受けないが――それで何か?」
手紙という部分で鳳凰寺君の
「九条君と二人だけで会話をしたいと思いまして、
……そんな折、今日の朝、学食に一人で行くということを言っておられましたので……どうです?
食堂でお昼をソラと一緒に」
朝、いつも通りの訓練を終え、美怜よりも後に学校へと着くと『今日はすまない、僕が材料を買い忘れたせいだ! だから、一人前の弁当を分けてもらう訳には行かない。一日でも美怜の弁当を食べられないなんて、ぬぐぐぐ。仕方ない、昼ご飯は食堂にいくさ』と事前打ち合わせ済みの一芝居を目立つように打った。実際、他人が僕のために作ってくれた手作りの弁当を食べられないのは悔しいので、芝居で無い部分もある。
――というか感情の面では演技ではなく本心であり、心の叫びだ。オノレ許せん。
ちなみに水戸の食券を既に奪ってあるので、小牧君の世話になっている筈だ。今日の勝負内容は呼吸を止める分数だ。
「光栄だね、ゲジ眉君みたいな美人さんに他愛も無い会話を楽しめるランチに誘われるなんてね。
明日は雨かもね?」
彼女の隣に並び、歩幅を緩める。
横に並ぶと少し目線を下げるておく必要性がある。美怜程ではないので163cmぐらいだろうか?
「どうして金曜日の放課後、来て頂けませんでしたの?
すっとお待ちしておりましたのに……お手紙、お読みになられましたよね?」
「これかい?」
ブレザーの内ポケットから取り出す一枚の封筒。上質な白い和紙の封筒で中身は単純に、『放課後に体育館の裏で待っています。鳳凰寺・ソラ』である。
要するに普通に見ればラブレター、あるいは果たし状。
当然に無視した。なぜならば、
「僕はチキンハートなものでね?
君のような才女からこのような恋文や果たし状を貰うなんて想像出来ず、誰かのいたずらかとそう思ったのだよ。
例えば、屋上で女子と二人きりになったところで、叫ばれたり、乱暴しようとしたなどという流言を吐くぞと弱みにされるとか――怖いね?
そもそもに呼び出すという行為が、相手の都合や立場を気にしないという現われで無礼ではないのかね?
だから、相手に主導権を握られるような手紙での呼び出しは受けないことにしているのさ」
「ふふふ、面白い方ですわね」
僕の言葉を表面上は冗談と受け取ったのか鳳凰寺君は張り付いた笑みを返してくれる。
その笑みに美怜のような純粋さは無く、全くの作り物であることが判るし、ゲジ眉がピクピクと痙攣している。
恐らく裏の表情は待ちぼうけを喰らった怒り、挑発に対する憤り、そしてこちらに対する警戒――
「水戸――霞君に僕のことを聞いているそうだが、僕なんかに興味を持つとか、どうしても信じられなくてね?」
水戸と言った際、悩んだ顔をしたので、苗字に訂正しておく。
「貴方はシンデレラの魔法使いですもの、興味は尽きませんわ――中学時代、地味地味な少女を高校デビューさせるなんて、普通は出来ませんもの」
彼女は二歩前に出てこちらを振り返り、面白そうに、そして眼から愉悦があふれる表情になる。
「外見だけ特殊なあの程度の少女をね?」
予想通りの挑発だった。
僕はゲジ眉君の美怜への評価は理解していた。僕のシスコン評価からも美怜を餌にそう動揺を誘ってくるのは判っていた。
怒り――それなのに自分の感情が動いた。今は家族であり、それへの侮辱は自分の家族への幻想をも傷つけられた。
そう思ったからだと自分を納得させ、落ち着く。ここまでゼロ点三秒。
それを気取られないように、シャツの胸ポケットに刺したペンを杖を握るような魔法使いの仕草で取り、
「はは、そう好意的に受け取ってくれると嬉しくは思うね――シンデレラの魔法使い、いい例えだね」
振ってみせる。
ゲジ眉を弓状にし彼女は面白そうに笑む。
「そんな所が気になって、そしたら九条君をずっとみている自分に気づきましたの」
「個人的には自身で頑張って欲しけどね?
醜いアヒルの子が自分で飛ぶことで、居場所を見つけたようにね?」
実際、そうあれるように僕は道をつけているだけだ。
それが出来れば僕の役目は終わる。
「羨ましいですわね。貴方の妹さんは」
ポツリと呟かれ、何のことかと思う。
ゲジ眉君の表情は――寂しそうだった。
――違和感を覚え、突っ込もうかと悩むが、彼女にターンを取られた。
「逆にお聞きしますが、ソラのことを気になる女性だと言っておられたようで?」
「君のようにキラキラとした太陽のような髪の美人を気にしない男性がいるかね? そもそもは霞君が君にお熱でね、好奇心が出ただけさ。彼は美人に弱い」
思考を切り替え、褒めちぎる。褒めるというのは基本的に良い武器だ。
嫌いな相手から褒められたとしても悪い印象を与えることはそう無いし、隙を作れる。
また、具体的な部分を褒めることで説得力を足せるし、他者の評価を引き合いに出すのも効果的だ。キラキラという擬音語を使ったのもこちらの中にあるイメージを伝えやすくする狙いがある。
「――当然ですわ」
自信満々の微笑みを浮かべたゲジ眉君は周りへと視線を向ける。
いつの間にか滝を割ったモーゼのように人だかりを割って歩く様相が出来ている。
ゲジ眉君はサービスだとギャラリーに笑みを投げる。
こちらを遠巻きに見ていた廊下の男子勢が沸く。一見、このような行動を取る鳳凰寺君はその状況を楽しんでいるし、上機嫌を隠しきれていない。
「霞君……九条君と良くお話しているあの野球風貌の彼ですね?」
「どうやら霞君にはチャンスなんてこれっぽちも無さそうだね? 後で言っておくよ」
僕と同じでやはり有象無象の名前や風貌なぞあまり気にしないようだ。関わらずに済みそうだぞ、良かったな水戸。
「ふふ――それでは私の貴方へのチャンスはどうですか?」
僕の前を塞ぎ、ニコリと視線を向けてくる。悪戯好きの小悪魔のような笑顔に見える。けれども、その文字に小さい文字が付かないのが透けてみえる。気持ち悪い。
「冗談を。僕だったら成績優秀者の椅子や委員長という顔役を簒奪してしまった人にそう易々と声を掛けられないね」
判っているぞと断定してやる。
すると鳳凰寺君の顔から作り物の笑みが消え、無表情になる。
「くやしい、くやしいから、どうにかして潰してやろう。
そう思っているところに、手を伸ばすとかどうみても追い討ちで逆効果じゃないかね?
君も安易な同情で釣られるタイプではないだろ、どうだい?」
ゲジ眉君は口元を手で隠し、腹から笑う。堪えられない、そういう笑いだ。ゲジ眉も上機嫌に弓になる。
「ふふ……非常にいい。
今までいなかったタイプですわね」
「僕のような賢しいだけの少年はこんなのは小さい街から出れば沢山いるものだよ?」
「ふふ、確かにソラは大海を知らなさ過ぎるかも知れませんね――こちらに行きましょう」
そう言い、僕の手を取り、教職員用食堂に入っていくゲジ眉君。
その手はひんやりとした氷のようだと感じた。
「私の親を知っている人は誰も咎めませんよ」
悩むがそういわれて手を引かれたままにする。
そこは教師が数名座っているだけだ。
その教師たちは生徒であるこちらを一瞥し、異質のものを見るような目を向けてくる。
しかし、ゲジ眉君がいることに気づくとそそくさと視線を逸らす。
「問題あるなら堂々と言えばいいのに――今日は狐うどんの気分ですわ」
「奇遇だね、僕も狐うどんにしようと思った所だよ」
カウンターのおばちゃんも気にしていない様子で注文を受け、渡してくる。
そして奥のテーブルに二人で向き合い座り、いただきますの後、食べ始める。
「土曜日、京都駅で見かけましたが、お出かけでもしておられたのですか?」
お互いにある程度うどんを終わらせた後の第二ラウンド。
出だしの話題――どういう意図でそれを言ったのか測りかねる。しかし、特に意味は無いのだろうと結論を出し、
「僕の育て親への所用でね」
「――そうですか」
――寂しそうな表情に変わるゲジ眉君。
「鳳凰寺君こそ、どうして京都駅へ?」
あえて突っ込まず、無難なラインで攻める。
「ソラはお稽古事のためですわ。毎週土曜日からお茶の指導を京都の家元へ、そのままホテルに泊まり日曜日は武芸を習いに――電車が一緒だったようですが、気付いたのが駅に着いた後でしたし、急いでおられたようで声をかけられませんでしたわ」
嘘は無いように見える。ゲジ眉も定位置だ。
「さて、言葉遊びもこれくらいにして本題に入りましょうか」
いきなりの話題の転換。
……前振りに関して何かがばれているのか?
不安をうどんの汁を啜るお椀を持ち上げる動作で隠す。
「どうです、私と付き合ってみては?」
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