1-16.平穏な昼ご飯の終わり。

〇美怜〇


「アルビノを隠さないで生活をすることに不便を感じたかい?」


 ふと問われたその言葉。

 いきなり聞いてくる望にどう応えていいか悩む。

 前提条件が判らなかったからだ。


「身体的なことか、それとも精神的なこと?」

「両方、答えやすい方からでいいさ」

「精神的な面で言えば……変装しないのは、バレないかどうか気にしなくていいから楽だし、朝も余裕が出来たし……プラスが多いかな……」

 

 結論、私は変装を止めざる得なくなった。

 変装をする理由――アルビノの紫外線による害を皆の前で否定し、私が無理に変装しなくてもいいという認識を望は皆に作り出した。

 つまり、これは変装をすれば皆に変に思われる土壌にしてくれてしまい、ほとんど素のままの状態で学校に通うことの方が自然という状況だ。


「身体的なことはどうだい?

 今日も日焼け止めさえ塗れば体育の授業は大丈夫だったね?」


 確かにその通りだ。

 自分では知識として長時間の外に出れることは知っていたが、実際に体操着のような薄着で外に長時間いたことは本当に久しぶりだった。

 精神ではなく身体的に不安が無かったと言われると嘘になる。


「肌が少し周りの女子より赤くなるだけで火傷症状も水泡も出なくて今も少しヒリツク程度で――正直に言えば、明日の筋肉痛の方が酷くなると思うんだよ?」


 経験推測的に言えば、二時間は体操服の格好で出ていても大丈夫な気がする。


「だったらその姿のままでいいのさ」

「でもね、望。

 やっぱり目立ちたくないというのは本音。

 怖いもん。

 だから望は目立ってもいいけど、なるたけ私を目立たせないで欲しいよ」

「断る」


 やっぱりそう言われた。

 目立たせないでくれと、ずっと言っているが、彼はこのことだけは頑固に譲らない。

 ベッドで寝ることも、唐揚げのレモンのことも、他にも色々、私が我を張り続けると最後には仕方ないと折れてくれるのにだ。

 理由が何かあるのではないかと邪推もしたが、聴けずにいる。


 ――もし、私を虐めて楽しんでいると答えられたらと怖いのは事実だ。


「君は何をしなくても目立つ、それに慣れていかなければいけない――全く勿体無い。

 小牧君以外にも話すことがあるのだろう?」

「そうだけど。私なんて小さくて、白くて、へちゃむくれだもん。

 可愛いなんてのも小さい子扱いしてるんだよ、きっと。

 それに目立つのだって望のペットみたいな扱いだし……」

「君はもうちょっと、自分のことを知るべきだと思うんだがね?」


『……綺麗だ』


 リフレイン。

 ふと、思い浮かんだそれは出会ったときスグの望の感想。

 私がカツラを自ら外したときに、望むが意図したような口調ではなく、ふと漏れたようなその言葉。

 望はひねくれていたり、自分を作っているところはあるが正直者だと思っている。

 そんな彼から発せられた言葉は、すなわち正直な感想であり、私に対しての飾らない評価だ。

 自分の頬が熱くなるのを感じる。この感情が何なのかは判らないが、暖かい、そう感じる。

 それは寝る時に繋いでくれる手の暖かさに似ている。


「美怜?」


 問われ、思考の海から現実に戻ると、望の心配そうにこちらを見ていた。

 その視線に射抜かれたような衝撃を受け、驚き、椅子ごと後ろへ転げ落ちてしまう。

 痛い……自分は何をしているんだろう……と自己嫌悪に陥る。

 注目。

 クラスの視線に気付き、更なる自己嫌悪に陥る。


「大丈夫かい?」

「うん、大丈夫――何の話だっけ?」


 手を差し伸べてきた望の手を握る。それはいつもの暖かさだった。

 そして助けられながら、席へと戻り、自分が聞き逃したことを質問する。

 頬の熱さは少し余韻を残す程度に静まっており、気にならなくなった。


「小牧君以外にも女子とは話すのかね? という話さ」

「望が居ない間、朝のHRや登校時に視線や言葉を向けられることが多いけど――」


 校内でのシスコン行為や過剰な感情表現で目立ちまくる望のことを私に聞いてくる人は男女問わず多い。

 本人の前で聞けないことも私を通せば聞けると思っているらしい。また、私のアルビノに興味を持ってくる人もいる。しかし、


「――旨く話せないよ……相手はそんな私を見て兎みたいで可愛いと茶化して気にしなくてもいいよと言ってくれるけど、やっぱり怖いんだよ。

 相手の機嫌を損ねていたら、そして悪意をぶつけられたらと思うと」


 現状、自分の立ち位置として相応しいと思っているポジションからかけ離れてしまっている。

 女子はカーストというモノを特に気にする傾向にあるが、自分は確実に不相応に高い位置にいる。

 その上、コミュニケーションが苦手だ。


「そうかいそうかい。

 でも、そう正直に言えるのは好ましいと思う。

 僕なんか終始、偽りのキャラを演じているのだからね?」

「偽っているようには見えないよ? 

 ……何か嘘はついてるみたいだけど」


 私が言うと望は水筒から特製どくだみ茶をコップに注ぎ、一気にあおる。

 慣れてないのか渋い顔をし、そして取り繕うように笑顔を浮かべる。


「でなければ演じている意味がない」


 もし望の演技が本当なら、本人はそれをしているのが楽しいのでは無いかなぁ……


「僕や小牧君に話しかけるように、話してみればいいのでは?」

「ムリだよ。

 素直に話しをしても相手の気分を悪くするだけだもん。

 私なんかと話してもつまらないし……すぐ、みんな話を打ち切るよ?」


 ただ、一人聞き続けてくれる人がいる。


「――でも、鳳凰寺さんは話しやすいかな?」

「どんな様子で聞いてくるのかね?」


 しまった。

 望が居ない間、例えば休み時間や着替えの間を利用し、鳳凰寺さんはちょくちょく話しかけてきてくれている。

 鳳凰寺さんが『望のことを聞くこと』は秘密にしておいて欲しいとのことで、追随するように鳳凰寺さんと話していることすらも望には話していなかった。


「……私が詰まっても真摯に聞いてくれるし、小牧さんや霞さんほどでは無いにしろ話しやすいかな?」


 嘘を混ぜずに正直に誤魔化す。約束は約束だ。


「どんなことを聞かれたのかね?

 美怜の彼女に対して評価、今はどうだい?」


 次に浮かんだ望の表情は心底楽しそうな笑み。

 しかし、何故か底知れぬ不気味さを感じるものだった。

 まるで遊び道具としての昆虫を見つけ、思い余ってそれを解体してしまうような子供特有の不気味さに近い。


「ぇっと、今日は走るコツを教えてくれたよ?」


 だから、誤魔化しの言葉を述べていた。


「……将を射んとする者はまず馬を射よ、この場合、ウサギだが。

 運動神経の優越や会話から、美怜は敵にしても仕方ないと理解した感じがあるね……だからこんなものをか……」


 そう言いながら望が取り出すのはクローバーの飾られた可愛らしい緑色の便箋だ。

 望の趣味だとしたら驚きだが、ぞく杜の兎のペー太君を飾っていることからもそういう意外性もあるのかもしれないと。

 ゲーム内でそのペー太君に何度もパシられたことはさておき、ツンデレ系なので可愛いと感じるのは正しいと思う。

 まぁ、普通に考えれば誰かからのお手紙だろう。

 ようやくコミュニケーションから開放された霞さんがそんな望を見、何かを思い出したかのように嘆息する。


「ラブレターか、やったな望! 相手は誰だ?」

「ゲジ眉君さ。

 朝、来ると下駄箱に入ってた」


 それを聞くと「うげっっ」と、嗚咽を漏らす霞さん。


「どうみても罠です、本当に有難うございました」

「罠ぐらいは判っているさ。

 無視するのが正解だね、うん」

「あんまり伝えたくなかったんだが鳳凰寺は俺にお前のこと聞いてきたぞ――答えたのはシスコンであることと日常的かつ皆が知っていることだけだ」


 何か私の知らないことが望と霞さんの間にあるようだ。少し寂しく思う。


「ゲジ眉君は学食派か」


 顎に手を当て、真面目な顔で望がブツブツと独り言と共に何かを考え始める。

 時折、確認するように霞さんへと質問し、答えを加味して、何かを頭の中で作り出しているようだ。


「――そうしよう。

 美怜、左耳を拝借」


 近づいてくる。そして耳に息が当たる距離で、


「美怜、次の月曜日は食堂で食事をしたいから、お弁当はいらない。

 だから食事をする機会を一食分潰してしまうことを今、謝罪しておこう。


色々と君に迷惑をかけることも今謝っておこう」


 耳に息が当たってモソモソとした変な気分だ。

 離れ際、こちらを見、子供のようにニコリと微笑む望にドキリとした。

 そしてゆっくりと望の膝から全身が床に畳まれ、最後にこちらへ頭をたれてくる。

 土下座だ。

 突然すぎて何が起こっているか判らず、私は呆気にとられるしかなくなる。

 たちまちクラス中の注目が集まり、私が何かをしたのかと話題の中心になり始める。


「判った、判ったから、私を注目させないで!」


 そう言うしかなかった。

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