1-30.転換期。

〇望〇


「へー、虐めか、かっこ悪いな!」


 鳳凰寺君は驚きを隠せず、そして次ぎに不安そうに僕を見つめてくる。

 まるで一昔前の美怜だ。


「大丈夫さ、見ていたまえ」


 だから、微笑んでやる。

 任された仕事をきっちりやる。有言実行出来なかった事はほぼほぼ無い。


「……なんだ?」「委員長、何してんの……」「?」


 突然の委員長である僕の言葉に皆が注目を集める。

 それを受けながら教壇へ。


「注目だ、皆。鳳凰寺君のことを話そう」


 何か言いたそうに僕へ視線を向けてくる女子数名。

 だが、僕がブレザーの内ポケットから携帯をチラつかせるだけで視線を背ける。骨が無い。


「皆でよってたかって無視する、これは虐めだよね?

 違うかい?

 委員長としては当然に見過ごせないね?」


 虐め=悪と言う世論が出来ているクラス内は勿論静かになり、緊張がはしる。


「さて、僕の事を睨んでいる女子数名に言おう、カルシウムを取りたまえ」


 名指しに近い形で指摘してやる。

 名指しされなかった人は安堵を浮かべながら、目線を彼女たちに向ける。


 ――お前らも同罪だがね? 


 安堵を浮かべた連中は自覚が足りないと黒い感情と苛立ちを覚えながら続ける。


「確かに僕は女子に悪意ある指示や示唆しさを皆で聞かなければいいと言った。

 当然だね、悪いことは聴く必要が無い、そうだろう?」


 正論を同義の言葉で繰り返しで強調し、同意を促し、次のステップへの壁を取り除く。

 僕の言葉を正当化する論調だ。


「しかし、皆でそれを行った人を無視しろとは言っていない。

 誤解したのなら仕方ないね?

 僕も誤解させることを言ってしまったのが悪い」


 ここが重要だ。

 角度は九〇度以上を意識し、誠意を見せつけなければならない。


「申し訳ない」


 頭を下げての謝罪だ。

 いきなりの僕の謝罪に、皆に動揺がはしる。

 当然だ、自分を正当化で準備をし、糾弾きゅうだんが出来る大義名分と委員長の立場を持った僕が、いきなり譲歩し、非を認めたのだ。


「――が、これは誰が一番に悪いんだろうね?

 誤解させた僕か?

 無視した皆か?

 それとも?」


 上半身を起こしながら、本題に入る。

 突然の手のひら返し、そして結局は一番の極悪犯人探しをされるのか、と静まる皆。

 犯人=虐め=悪という図式は安易に出来上がり、犯人に仕立て上げられれば、今度は自分の身が危ない。

 これは答えのない質問かつ、答えをひねり出すことが難しいオープンクエッションだ。

 僕が好んで使う択であるクローズドクエッションとは違い、無数にある答えから自身で創り出さなければいけない。

 そして無視と言ういじめは主体性がない反面、誰もが話さないだけで成立し、極論で言えばクラス内全員が犯人にされる可能性がある。

 答えが絶対に出ない問いは皆を不安にさせるのは簡単だ。

 その上、僕の謝罪だ。

 もしも晒上げられたらそれ以上のことをしなければ許されないというのは明白だ。

 だから、注目を浴びないように必死に自分を殺す。


「~♪」


 但し、美怜と水戸は楽しそうに僕のお芝居を見ている。

 水戸にはネタばれ済みで、美怜は僕へ全幅の信頼を示してくれている。

 ところで、小牧君は胡散臭そうなモノを見る眼で僕を見ているのは、どういう事だろうか。

 正直、一番、行動パターンが読めないのは彼女なのかもしれない。

 さておき、


「結論だけ言おう、罪の重さ軽さなんて考えるのは無駄だ」


 突然の否定に皆が唖然とする。

 頭の思考が打ち切られ、何故だという疑問がわく。


「ここでそれを責め立てた所で、未来に進むことが出来るかい?

 誰かをスケープゴートにすることで安寧を得るのかい?

 それこそ、鳳凰寺君を無視したことと変わらないね?」


 納得できる正論を述べて思考を誘導する。

 一呼吸を入れ、皆を見る。


「皆も判っていると思う、これからは皆で仲良くやれればいいだけだ」


 最期に犯人を作らない方法を具体的に提示して締める。


「どうかね、美怜?」


 その上で虐められていた美怜への同意を求めることで、皆もその方法へ同意しやすい土壌を作りだす。

 悪に虐められていた事実を受けていた美怜が許すならその悪は許されたも同然だという安堵感を伴った認識を植え込むことが出来る。


「うん、そうだね」


 呼ばれた美怜はテトテトと、しかし堂々と教壇まで歩いてくる。

 過去に皆の前でオドオドしていた少女が今は威風堂々と僕の隣に立った。

 皆の視線が美怜に釘付けになる。


「私は自身が虐められていた時、鳳凰寺さんに気遣って貰ったんだよ、その狙いがどこにあったかは知らないし、知りたくもないし、知ったところで意味もない。

 でも、事実は変わらないんだよ。

 だから、私、平沼ひらぬま美怜みれいはこの場を借りて言うよ。

 ありがとうと……そして、私が非力だから皆の虐めをどうにもできなかった、ごめんなさい」


 その目立つアルビノが皆の視線を集め、同意を求めるように、預言者に啓示する天使の様な真剣な眼で詰まることなく、皆に意見を発した。

 そして頭を下げる。

 ゴンと頭を教壇にぶつけるが、誰一人として笑うモノは居ない。

 居たら殴り飛ばしてやるがね?


「えへへー、皆で仲良くしよ?」


 頭を抑えて涙目ながら、皆に無垢なる笑顔を向けた。

 

 天使が――そこに居た。


 奇麗だ、その単語だけが脳裏に浮かんだ。

 一瞬、僕も見惚れていた。危ない危ない。

 

「……あぁ、そうだ」「そうね」「うん、無視して悪かったよ、ごめん」「私も」「いや私も」


 犯人探しをされると思っていたところに現れる答え。皆が飛びつくのは当然だった。

 皆が口々に鳳凰寺君に向かって謝罪をし始める。

 当の本人は眼を見開いて、驚きを隠せないまま、それらを受けていた。


「よし、このクラスは虐めという悪を乗り越えることが出来た。そうだね、皆?」


 皆が縦に首を大きく振る。


「そこでこれだ」


 五月の体育祭のチラシを取り出し、バンッと黒板に張り付ける。


「今、この早い時期に団結できた僕たちなら他のクラスに負けることはない。それを示そうか、皆! 同意出来たら、1、2、3、と言うから、ぉー! と返してくれ、1、2、3」

「「「ぉー!」」」


 そして、最後に新たな目的をすえて、時間を与えず強制的に同意を口にさせる。

 言葉にさせることで自覚を促す効果がある。

 すると虐めに対する皆の負い目というマイナスフラストレーションが、運動と言うプラスの発散へと皆の気持ちが向かい始める。


「なんや活気付いてると思ったら、九条、お前の仕業か――体育祭の話で盛上げてたのか?

 全部任せたから面倒を起こさないように早めに終わらせてさっさと帰ろうや」


 そんな中、城崎きのさき先生が時間通りに教室へ入ってきて、教室の窓側に置かれた教師用の丸椅子へと座る。

 相変わらずのやる気の無さで、知らぬがなんとやらだ。


「ぇえ、そうですよ。皆で精一杯やりますからご安心を」

「信頼しとるから好きにやりーや……あ、ヤニは吸わないように置いてきたんだった……寝る、終わったら起こしてや」


 そもそも煙草を探し始めるのはどうかと思うのだが、先生?

 あと教室で寝るのは仕事が無いとはいえ、どうかと思うのだが、うん。

 周りの生徒からも先生に向ける目から尊敬がドンドン失われている気もする。

 僕がそれだけ信頼されているのだろうとポジティブに考え直す。


「――美怜、黒板頼む。手が届かないときは言ってくれ」


 さておき、僕は字が汚い。唯一の弱点だったりする。


「うん、判ったよ」


 呼ばれた美怜は嬉しそうに奇麗な文字をチョークで書き始めた。

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