1-29.溺れるご令嬢は悪役の手をも掴む。
○望○
そんなことがあって、一週間。
週が明けての月曜日。
「どうだい、調子は」
僕は最後の一時間、LHR前の短い休みに鳳凰寺君への座る席の前で止まり、そう声を掛けた。
金色に輝いていた美しいライオンは、その見る影もなく、老いて群れを追われたようだった。
髪は手入れが行き届いておらず、化粧も少し濃い。
カリスマを感じたオーラすらない。
水戸曰く変わらないのは胸のパッドだけだ。
「……なんでしょうか」
ここ一週間、女子生徒は勿論、魅力をなくした彼女には男子生徒ですら彼女に話しかけなくなった。
過去の虐めをそれとなく噂にし、世論の敵に仕立て上げたのも大きい。
インターネット上でも彼女を話題にすらしない。彼女から話しかけられても無視を決め込む。
話を聞くのは美怜だけだ。そんな様子を見た周りの生徒は美怜に対し、同情という反応をしている。
虐めを示唆した人でも、委員長だから対応しなくちゃいけないということが美怜には辛い事だと、彼女達は本人でもないのに決め付けて同情しているのだ。
――滑稽な事だ。今の美怜は全く持って虐めの事なぞ気にしていない。
さておき、鳳凰寺君の周りからは誰も居なくなり、担ぎ上げる男子も居なくなった。
今まで学校などで誰からも相手にされない状況に追い込まれたことの無いだろう鳳凰寺君にとって耐え難い一週間だったと安易に想像できる。
「僕のほうを見てきている時間が増えていた気がするからね、気になってね?」
「そんなこと……ありますわね」
彼女も僕が原因だということを薄々感じているだろうし、他にすることも無いだろうから仕方ないことだと思う。
所詮、人間は視線だけで相手を殺すことは出来ないので、余り気にも留めなかった。
「――どうだい最下層は?」
ゲジ眉も元気が無く、下がりっぱなしだ。
ゲジゲジではなく、ショボショボ眉になっている。そんな彼女は久しぶりに美怜以外と会話するからか、少しだけ嬉しそうな声色だ。
こんな状態の彼女だからだろう。気持ち悪さが湧かず、普通に喋れる。
「言った通りだろ? 君には耐えれないと」
「……やっぱり貴方が犯人ですの?」
「間接的にはね」
正直に言ってやる。
「元々、君には虐められる地盤があったのさ」
別に隠すことでもない。
「その美貌と権力、カリスマは嫉妬を煽るには十分だ。僕は嫉妬を煽った後に、君の悪意ある提言を皆で無視すれば君の強制力を無視出来るだろうとだけ助言しただけさ」
「……それだけで?」
「そうさ、そしたらどうだい、嬉々として皆で無視し、君を最下層に叩き落した。
僕は一旦、言葉を切る。
ここが重要だ。判らせて二度としないように仕向けなければいけない。
だから、理解出来るように丁寧に、そして明瞭に言わなければならない。
「目に見える被害が無いだけで立派な虐めなのにね?」
鳳凰寺君はこちらを化け物のように見てくる。
何度か、同じような視線を見ているが、相手の鼻を叩き潰すのは気持ちがいい。
「どうする?
大人にでも頼るかい?
それとも、他の策を練るかい?」
僕は見下しながら言ってやる。
「それでも君は僕には勝てないけどね」
「……完敗ですわ」
こちらを見ていた鳳凰寺君から水滴がこぼれた。
「誰もが、ソラのことを無視してきますわ……家の中では当然の事だと受け入れて、外に居場所を作ったのに今は誰も見てくれない……嫌なんです、一人は」
呟き。誰にも聞こえないようにおそるおそるの独白。
「家族のことは知らないが――虐めとは辛いものだと理解できたかね?
それが物理的に被害が無いにせよ、有るにせよね?
またそれは美怜も超えなければいけない壁ではあったのだがね」
後方の座席を向くように促す。
水戸が例の如く小牧君に叩きのめされているがそちらは本命ではない。
美怜がこちらの視線に気付いたように手を振ってくる。
「――今の美怜を見てどう思うかね?」
鳳凰寺君はそれから逃げるように、視線を逸らし、こちらへと向く。
「驚きしか沸きませんわ……前までのおっかなびっくりな態度が嘘のようで、どんな手品を?」
「ただ切っ掛けを与えただけさ、僕が守るから安心しろって」
「……羨ましい話です、ソラには守ってくれる人なんて誰もいませんから」
何かを思い出すように沈み込む鳳凰寺君だが、情報が無く意図が読めない。
家族関係に問題でもある節だ。
心の片隅に置きつつ、美怜の賞賛をすることにする。
「あれが本来の美怜だと僕は思うし、僕の助けなんか無くても生きていける筈さ。
僕と仲違いさせようとしたことも理解した上で、喧嘩をする切っ掛けを有難うと言っていたよ。
全く凄いね、マイ・シスターは」
「返す言葉もありませんわ」
素直すぎる鳳凰寺君に少し違和感を感じる。
しかし、前まで感じた鳳凰寺君の気持ち悪さではないため、それほど重要では無いと気にしないことにする。
「――助けて欲しいかい?」
「へ?」
彼女は僕の言葉を理解できないと、顔に浮かべてきた。
「――本当ですの?」
「美怜がね、君を許さないと、僕も許せなくなるってね」
僕を貶めようとした意図があったとしても、やられた本人がそういうのなら仕方ない。
本当ならここから人生の底まで落ちてもらおうかとも考えていたが、美怜にとめられたのなら仕方ない。うん、仕方ない。
だから、ケジメだけをしっかりした後、反省をしているようなら、現状からの回帰を手伝うプランを立てておいた。
想像以上にへこんでいるのが気になるが、それはまぁ、いい。
「僕に不可能は割と無い。
任せときたまえ、僕は魔法使いだ」
いつぞやのようにペンを杖のように振る。
それでも半信半疑なのか、反応に戸惑いが見える。
そりゃそうだ、こんなことを言い出すことは普通ない。
「特別だ、二度言おう。
助けて欲しいかい、鳳凰寺・ソラ君」
「……! お願い、お願いいたします……もう居場所がないのは何処にも無いのは嫌なんです!」
鳳凰寺君は藁をもすがる思いで、僕に頭を下げてきた。
その頭をくしゃっと一回だけ撫でて、
「よし――すぐ笑えるようにしてやる」
そう優しい声色をし、左耳元で囁いてやる。
ちなみに左耳から話しかけることで感性に働きかけることが出来、ボディタッチは五感に働きかけることで安心させる狙いがある。
カウンセラーの手法でこれぐらいはアフターケアサービスだ。頼まれたのならしっかりやるのが僕だ。
そして深呼吸。
大きな声だ、声を張れ、僕……!
「へー、虐めか、かっこ悪いな!」
まるで鳳凰寺君から今聞いたみたいに皆に言ってやる。
今日も声の調子がイイ。
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